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もう逃げられないロシア人。国境を閉じるEUと、徴兵検問所が建ち始める旧ソ連国の国境

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
9月28日ロシア人の到着に抗議する人達。ジョージア国境地帯のヴェルクニ・ラースで(写真:ロイター/アフロ)

もうEU内にはロシアから通行できない

今まで欧州連合(EU)の中で唯一、陸の国境を完全には閉じていなかったフィンランドが、30日0時にロシア人旅行者の入国を禁止する。

ハーヴィスト外相が29日の記者会見で述べた。この記事が発表される頃には、もう閉じられている。

これで、ロシア人旅行者は、たとえシェンゲン・ヴィザをもっていても、もうEUに陸路で入域することはできなくなった。ロシア人に対して、EUの国境は事実上閉じられたのだ。

EUが、ロシア国民のシェンゲン・ヴィザを促進する2007年の協定を停止すると発表して、大幅な入域制限をかけてから約1ヶ月のことになる。

参考記事(8月30日):全ロシア人が欧州(EU)に入れなくなるのだろうか

バルト三国は、既に厳しい措置をとっていた。

9月7日には、ロシア国民が、シェンゲン・ヴィザを持っていても、ロシアやベラルーシから自国領に旅行することを防ぐ「原則合意」に達したのだ。このため昨日までは、フィンランドだけが、唯一EUに通行できる国となってい

ただ、この規則には「人道的な理由、家族の理由、トラックの運転手、外交官」という例外があった。ラトビアのエドガース・リンケヴィッチ外相が語った。

しかし、9月21日、プーチン大統領がロシアの部分動員を発表した後、バルト三国の政府は、ウクライナでの戦闘を避けて国外脱出を希望するロシア国民にヴィザは発給しないと発表したのだっ

つまり「戦争をしたくない」と逃れてくるロシア人は、「人道的理由」に当たらないという意味だろう。

エストニアの内相と外相は、「動員を理由に亡命を求める人々を例外化してはならないし、9月19日から実施されているロシア人の入国禁止を撤回してはならない」と述べた。

リトアニアでは、もっと怨嗟の声が上がっているという。

シモニテ首相は、公共放送RTLの報道を引用して、「ロシア市民を動員から救うのは、リトアニアや他の国家の役割ではない」と述べた。

ただフィンランドではわずかに、同国にいる家族を訪問するロシア人や、学生、仕事などの入域は、許可するとしている。

「一つの欧州」の挫折

この事態は大変大きな意味をもつ。

おおかたのEUのヨーロッパ人は、プーチン大統領やロシア政府と、ロシアの一般市民を分けて考えていた。その思いはどういうものだっただろうか。

ヨーロッパ人は、東西に分かれて壁が人々を分ける悲惨さを、身をもって知っていた。そして、EUとは、人の自由な交流こそが新しいヨーロッパをつくるのだという信念のもとにつくられている。

しかし、一般のロシア人が部分動員によって武器をもって闘う以上、もはや「政府と市民は別」などという論理は通用しなくなってしまうのだ。

これは「一つのヨーロッパ構築」の歴史に、大きな黒い影を落とすと感じる。

ただ少しの例外があるとしたら、第三国を経由した飛行機による入域だろう。

例えばトルコに飛行機で逃げて、ロシアの飛行機ではない便で、トルコから入国禁止をとっていないEUやシェンゲン加盟国に入ることは、まだ可能かもしれない。

飛行機は、荷物の量も中身も、車よりも相当制限されるが。

実際、ドイツの外務省と内務両省は22日、母国を逃れてきたロシア人がドイツ内で亡命を申請出来る可能性に言及している

フェーザー内相は地元紙「フランクフルター・アルゲマイネ」の取材に、「深刻な迫害を受ける恐れがある政府批判者らは、国際的な保護をドイツ内で原則的に受けられる権利がある」との立場を示した。

壁で分断された苦しみと長期戦略をよく知っている、力ある国の措置だと感じる。

9月23日フィンランドのヴァーリマーにあるロシアとの国境検問所。まだ安いバス「ECOLINES」は走っていたことがわかる。サンクトペテルブルクからヘルシンキまでは約9時間で80ユーロだった。
9月23日フィンランドのヴァーリマーにあるロシアとの国境検問所。まだ安いバス「ECOLINES」は走っていたことがわかる。サンクトペテルブルクからヘルシンキまでは約9時間で80ユーロだった。写真:ロイター/アフロ

旧ソ連の国境に、ロシアの徴兵登録所

それに、ロシア政府は、今週初めから、ジョージアとの国境にあるロシアの町ヴェルフニ・ラースと、フィンランドとの国境沿いにあるトルフィアンカで、国境に徴兵所を開設し始めている。

目的は、ウクライナで戦える年齢で出国しようとする者を、召喚状を手渡すなどして阻止しようとするものである。

さらに、ロシアとカザフスタンの国境にあるサラトフ州のオジンキ検問所に新しい登録事務所が開設されたと、29日午後地方当局が発表した。また、アストラハン地方の交差点にも、登録センターが開設される予定であるという。

今まで、19万4000人以上のロシア国民が隣国のジョージア、カザフスタン、フィンランドに、主に車、自転車、徒歩で避難してきた。ロシアでは、65歳未満の男性は、すべて自動的に陸軍予備役とみなされるのだ。

逃げられる人は、前述のように、飛行機を使って逃げられる人や少ない例外の、本当にごく一部の人だろう。

旧ソ連国への国境では多額のワイロが効くかもしれないが、それもロシアの徴兵検問所による取り締まりが厳しくなれば、無理になるかもしれない。

結局、逃げられるのは、社会レベルが一定以上の人になるのだろう。戦争には貧しいものから先に徴収されていくのだ。太平洋戦争時の日本と同じように。

さほどお金持ちではなくても、誰でも欧州大陸を行き来できるよう、ロシアから隣国だけではなく、車中泊で欧州の主要都市に到着するバスがたくさんあった。

多くの人や若者が、高額な飛行機ではなく安いバスを利用して、モスクワやサンクトペテルブルクからEUにやってきていたし、自家用車乗り合いシステムも利用されていた。モスクワ・パリ間は、車中数泊の夜行列車も存在した。

全部、なくなってしまった。

バス、列車、乗り合い自家用車で、可能な方法と値段を提示するサイト。モスクワ・パリ間を検索してみたら「旅行制限情報」「何もみつかりませんでした」と泣いていた。
バス、列車、乗り合い自家用車で、可能な方法と値段を提示するサイト。モスクワ・パリ間を検索してみたら「旅行制限情報」「何もみつかりませんでした」と泣いていた。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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