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日本人も明日から居住できる北極圏スヴァールバル諸島をめぐり、ノルウェーとロシアが制裁で争い

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
スヴァールバル諸島のロンギャービアンで働く人達の住居(写真:ロイター/アフロ)

ノルウェーとロシアの間に、火種が生じた。

問題は、ノルウェーに属する北極圏群島の中の、スヴァールバル諸島に関して起きた。

ロシア側は、ここに住んでいる炭鉱を掘るロシア人たちのコミュニティに対して、20トンの物資を、ノルウェーのトロムソ港で船に積み込んで送る予定だった。

ところが、港に着く前に、陸上国境通過(ストルスコグ)で阻止されてしまった。ノルウェーにとっては、ロシアに対する制裁措置に基づいた行動だった。

ノルウェーの首都オスロから、飛行機で約3時間の距離である。GoogleMap上に筆者が加筆
ノルウェーの首都オスロから、飛行機で約3時間の距離である。GoogleMap上に筆者が加筆

ロシアは6月29日、ノルウェーの駐モスクワ代理大使を召喚して、「報復措置」に言及しながら、「できるだけ早く」問題を解決するように、強い抗議を行った。

これに対して、ノルウェーのホイトフェルト外相は、このような「非友好的な行動」を非難、この貨物は「制裁措置に基づいて阻止されたもので、ロシアの貨物会社がノルウェー領内に立ち入るのを禁止している」と強調した。

明日からでも居住してビジネスができる地域

ところが、このスヴァールバル諸島というのは、大変ユニークな場所なのである。

スヴァールバル条約に署名している国の国民ならば、誰でもここに来られ、住むことができる。日本は1925年に署名しているので、明日にでもやってきて居住し、ビジネスを始めることもできるのである。

商業活動を行う権利は、条約締結国に平等に与えられている。地域の産業は、主に石炭採掘、漁業、観光業、あるいは調査・研究だ。

石炭採掘は主にノルウェー人とロシア人が行ってきたが、ノルウェーでは2014年に高汚染とコスト高を理由に、採掘をやめた。

住人は、現在は過半数がノルウェー人だが、冷戦時代はソ連人だった。

BBCの映像。英語字幕あり。(約8分)

寒い季節の様子。(約9分)

歴史をたどると、もともとは、16世紀末にオランダ人のウィレム・バレンツが発見した諸島である。セイウチ漁や捕鯨基地などが行われていた。

17世紀前半には、捕鯨権等をめぐり、英国、オランダ、デンマーク、ノルウェー間で主権争いが起き、この地域をめぐる対立があったが、どの国にも属さない状態で、ほとんど規制や法律がなかった

捕鯨はさびれたが、19世紀末ごろになると、鉱物資源が発見された。採掘や調査、観光は盛んになっていったのだが、鉱山業者と所有者の間で紛争が生じて、法規制の必要性が出てきた。

そのため、第一次世界大戦後のベルサイユ条約に向けての交渉の最中、1920年2月9日にスヴァールバル条約が調印された。

当時は締約国は14カ国だった。デンマーク、フランス、イタリア、日本、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、英国(当時は大英帝国だったので、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、南アフリカ、インドを含む)、アメリカである。現在は46カ国が署名している。

主権はノルウェーにあるが、主権の行使には一定の条件があって、ノルウェーの法律がすべて適用されるわけではない。

条約に基づくすべての国の国民およびすべての企業が、スヴァールバルに居住したり、アクセスしたりできて、漁業と狩猟の権利や、あらゆる種類の海洋活動、産業、採鉱、貿易活動を行う権利が認められている(課税はノルウェーが本土とは別会計で行う)。

スヴァールバルの住民はノルウェーの法律に従わなければならないが、ノルウェーの当局は、特定の国籍の住民を差別したり、優遇したりすることはできない。

これらを「非差別」の規則と呼ぶ。

火種は大きくなるのか

今後どうなるのだろうか。

条約は、署名した46カ国の国民が「完全に平等な立場で」、スヴァールバルの天然資源を開発する自由を、保障しているのだ。

だからロシア人は、地球最北端の地の一つであるこの地で、何十年にもわたって石炭を採掘してきたのである。

戦争のような目的でこの諸島を使うことは条約で禁じられているので、この舞台で戦争が起きる可能性は低いだろう。それに、ノルウェーはNATO加盟国である。ノルウェーに攻撃をすれば、NATOを敵にまわすことになる。

ノルウェーのホイトフェルト外相は、「我が国はスヴァールバル条約に違反していない」と主張している。でも、既に外交問題化しているし、あやうい火種であるのは間違いない。

北極を中心にみた地図。Wikipediaオープンソースに筆者が加筆
北極を中心にみた地図。Wikipediaオープンソースに筆者が加筆

北極圏の危うさ

ウクライナ戦争が始まってから、欧州の識者の間では、北極圏の問題を指摘する声が上がっていた。

ロシアの飛び地、カリーニングラードほどの明白な「火薬庫」ではないが、不安を誘う種の一つということだ。やはり問題が生じてしまった。

上記地図でわかるように、北極圏を通して、ロシアはカナダやアメリカ、ノルウェー、デンマーク(グリーンランド)等の「隣国」である。

北極の氷の下は資源が豊富で、気候変動で氷が溶けたり柔らかくなったりして、御しやすくなっていることが、問題を大きくしている。

ちなみに、諸島の中のニーアレスンドは、軍事基地以外で、人の世界最北の定住地であるが、ノルウェー、ドイツ、フランス、英国、インド、韓国など11カ国の科学者が気候変動などの問題を研究している(2015年時点)。

NATO加盟国であるノルウェーの存在は、2014年のロシアによるクリミア併合以来、重要性が増している極北の戦略的足場を、同盟に与えることにもなっている。

今回の問題で、すぐにどうという話ではないだろうが、このニュースは、北極圏に面する国々や関連国に、一定の緊張感をもたらすことにはなるに違いない。

オーロラを見ることができる。白夜と極夜を繰り返す地域でもある。
オーロラを見ることができる。白夜と極夜を繰り返す地域でもある。写真:アフロ

北極熊、北極トナカイ、セイウチなど、野生動物が住む地域である。
北極熊、北極トナカイ、セイウチなど、野生動物が住む地域である。写真:アフロ

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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