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ウクライナが直面する「自国の運命は自分たちで決める権利」の厳しさ。アメリカの陽とロシアの陰

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ウクライナの海沿いの田園地帯、ハルキウ州ハリコフ(写真:イメージマート)

今回は、今の段階で筆者が思うことをコラム的に書いてみたい。

ウクライナのゼレンスキー大統領の発言が、いよいよ切迫感を帯びてきた。

2月19日に行われた恒例のミュンヘン安全保障会議での演説のことだ。

欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)に対して、ウクライナに加盟を認めるか否かの回答を求めた

そして、一刻も早く、今すぐにでもロシアに制裁をしてほしい、「100%戦争が始まると言うなら待つ必要はない」とも求めたという。

メディアの報道も、以前にも増して緊張感を帯びている。日本でもウクライナ情勢がトップニュースだったと思うが、フランスでも20日(日)には、テレビTF1の20時のニュースでは、トップニュースだった。最前線からのルポだが、銃撃(砲撃?)の音が絶え間なく響き渡り、町はどんどん無人化してきており、ほとんど戦争に近い状態であった。逃げる人々、怯える人々、兵士志願の男性たち・・・。

それでも、NATO加盟国もEU加盟国も、動かない。侵攻がまだだからという理由だけではなく、そもそも軍を、NATO加盟国ではないウクライナに投入する意志はないからだ。ウクライナ大統領の立場から見たら、叫びたくなるのも当然だろう。ウクライナがほしいのは、軍隊の支援なのだ。軍人の投入なのだ。

同盟国がないというのは辛い。

ウクライナを中立化(=フィンランド化)させるという案は、どうやらウクライナ側が拒絶したらしい。

ここでいう中立化とは、冷戦時代のフィンランドのように、軍事的にはソ連(ロシア)に逆らわないが、民主主義と資本主義経済を維持するというものだ。

もちろん、メディアや政治はソ連(ロシア)に統制される傾向にあるので、民主主義は十分なものではない。それでも当時フィンランドは、民主主義が戦車で弾圧された東欧の国々とは異なる、独自の道を歩んだのだった。

参考記事:欧州はウクライナを中立化させる?「フィンランド化」とは何か【2】EUからみたウクライナ危機

マクロン大統領がプーチン大統領をモスクワに訪問したとき、飛行機には「ル・モンド」の記者が同行していた。これは後に記者が、別記事で改めて明確にしたのだが、マクロン氏は自分から「ウクライナの中立化」という言葉を発したわけではない。記者の質問に対して「それもテーブルの上の議題の一つだ」と答えたのである。

ここに交渉の難しさがある。もしこれを大国の大統領が口にしてしまったら、それはウクライナに「あなたの国の、NATO加盟を目指すという憲法に書かれた文章を削って、事態を収めなさい」という圧力をかけることになる。ロシアの圧力に屈しなさいという意味になる。

「力によって、各国がもつ『自分の国の運命は自分たちが決める権利』を奪ってはいけない」という民主主義の価値観で、ロシアに対して団結しているはずなのに、自らそれをウクライナに行うことになるのだ。

(ちなみに、日本で使われる「力による現状変更を認めない」という言葉には、筆者は常に違和感をもっている)。

ただ、ウクライナのクレバ外相によると、マクロン氏はキエフ訪問時に、ウクライナの軍事的中立化問題は提起しなかったと発言していることは、付け加えておきたい。

一方で、フィンランドの政治家が、この問題で重要な職を辞任するに至った。

ミカ・ニイッコ議員(55)は、マクロン氏のモスクワ訪問中の2月8日、ツイッターで、フランスの大統領は「ウクライナはNATOに加盟しないことを公言するべきだ」、「そうでなければ、ロシアから見ると交渉は失敗とみなされ、結果は悲惨なものになるだろう」、「西側諸国には、ロシアを知る賢明な頭脳(首脳)はいないのか」と発言した。

この発言は党派を超えて非難され、政治スキャンダルとなり、ニイッコ議員は、議会の外交委員長を辞任することになったということだ

実際のところ、今回の戦争の危機を避けるには、ウクライナがNATOに加盟しないことを選択するしかないかもしれなかった。それを選択しなかったので、本当にこの議員のいうとおり、悲惨な結果(戦争)になる可能性が濃厚になっている。

その点においては、この議員の言うことは、ある種の真理を含んでいるかもしれない。

ウクライナ内部でも、様々な意見があるようだ。

ウクライナのプリスタイコ駐英大使は2月13日、BBCラジオで「戦争を避けられるならNATOに加盟しないことも、(ウクライナ政府は)検討するか」との質問に対して、「そうするかもしれない」と答えた。

筆者は、ウクライナ要人のこのような発言はこれが初めてだったので、驚いた。

もっとも、今妥協しても、果たしてプーチンがそれで最終的に満足するのかは、疑問である。相手の弱腰を見たら、さらにもっとひどい要求を突きつけてくる可能性もあるからだ。

だから結局、ウクライナ自身が選択しなければならなかった。ウクライナは「決して圧力に屈しない。NATO加盟の意志は崩さない。憲法からその文言は削除しない」と決めたのだろう。他国の軍による援助がない状況で、いかに悲壮な決意であることか。

ただ、どのような場合でも、「ウクライナ自身が選ぶ。自国の運命は自分たち国民で決める」というのが肝心なのだ。ニイッコ議員の発言が特に問題になったのは、「フランス大統領が宣言しろ」と言ったからだ。

なぜなら、そのように大国の間で何か特別な利益の協定を結ぶことは防止されるべきことであり、それがフィンランドの自由にとっての大前提であると考えられたからである。スウェーデン、ロシア(ソ連)、ドイツ(特にナチスドイツ)の間で苦しんできたフィンランドの、根幹に関わる問題とされたのである。

彼は「真のフィンランド人」党の議員。この党は、名前から想像できるように、極右と保守が混ざっている党である。反NATO、反EUの統合を掲げている。

ニイッコ議員は、自分が所属する党の議員や党首からも非難されて、発言の日にツイートを削除して、夕方に外交委員長を辞任した。

この政治家は、以前にも失言して、国民的な論争を巻き起こしたことがあるそうだ(それでも役職に就いていたということは、故・石原慎太郎氏みたいな感じ?)。

議員は「ウクライナとNATOが、加盟申請の可能性を彼ら自身で決定し、他の何者も口は出せないことは、誰もが知っている」と説明、さらに「私のコメントは、この状況ではNATOはウクライナを救うことはできないという現実の認識である」と述べた。

このように、ウクライナが「自分の国のことは自分たちで決める権利」という民主主義の原則は守られている。国連憲章の第1章第1条に書かれた「self-determination」の原則である。

でも今の状況は、妥協をしないのはあなたの自由、NATO加盟を認めずにNATO軍を送らないのはこちらの自由ーーというものになっている。ウクライナにとっては、とても酷な状況だ。

それでも自国の行く末を力で強制されないのは、世界の進歩と呼ぶべきだろうか。

これが実現したのは、舞台が欧州であり、米欧が一枚岩になっているから、特に欧州がEUという枠組みで一致しているからだろう。

そうでない以前の時代であれば、英仏独伊西あたりが、各国バラバラに、あるいは意見が同じ国とタッグを組んで、ライバルと競争しながらウクライナにアプローチしていただろう。ウクライナは翻弄され、陰では圧力を使われる事もあっただろう。

自由というのは厳しいものだ。結局、自由の素晴らしさを享受するには、強くなければいけないということなのだろうか。

アメリカの陽、ロシアの陰

今回の危機では、アメリカの陽と、ロシアの陰の対比も鮮やかだ。

アメリカの戦略が、ロシアが陰で行いメディアやネットで流布しようとした策略を、日の元に照らし出す作戦であることは明らかである。

もしアメリカが戦争するつもりならば、攻撃があることを知っていても黙っていてロシアに先に攻撃をさせた方が良いだろう。ロシアは「現地のロシア人・親露派が著しい被害にあった」というでっち上げをして、侵攻を正当化する作戦なのだ。

アメリカは「相手から仕掛けた」という形で、正々堂々と戦争を始めることができる。その後に「それは嘘だ。著しい被害などなかった」と暴けばいいのである。

実際に、真珠湾攻撃でも同じような説がある。

米政府中枢の中では、日本の暗号を解読しており、日本が真珠湾の攻撃をするのを事前に知っていた。しかし参戦派の指示で黙っていたーーという説だ。

実際に攻撃されれば、国内の介入反対派を抑えることができ、参戦に完全に正当な理由が得られるからである。

ただこれは、自国民に犠牲者が出るのを黙認したことになるので、国家機密であったという話である。

だから今回、アメリカや欧州側が戦争を望んでおらず、公開情報には一定の信用がおけるのは明らかなのだ(すべての内容をうのみにするわけではないが)。

実際に、ロシア側は「ドンバス地域で、ウクライナが大量虐殺(ジェノサイド)をしている」と主張しており、これをショルツ独首相が一言「ばかばかしい」と述べた。これに対し、ロシア外務省が「ドイツの指導者が大量虐殺の問題を茶化すようなことはするべきではない」と述べて、問題になっている。

ロシアのやり方は非常にクラシックではあるが、アメリカがおそらく史上初めて行っている「情報公開と透明性」の戦略の前には、哀れなほどに古いと感じさせる。

プーチンのやり方は、メディア統制ができて、その効果が期待できる時代にしか通用しない。今はどんなにメディアを統制してもしきれずに、世界中にネットで情報が出回る時代なのだ。人々を完全に盲目にすることは難しいのだ。

アメリカやNATOの経済制裁とは「前例のないもの」になるというが、どのようなものなのだろう。個人資産にまで及ぶという話があるが、どうなるのか想像がつかない。

もし実行されるとしたら、今までの歴史になかった内容になるのに違いない。世界一の大国アメリカという国がもつ力だけではなく、そういう新しいものを創り出す力も見せられるのだろう。

おそらく政治家、官僚、ビジネス人、研究者・専門家、ジャーナリストなどが一体となって政策をつくるシステムがあるのだ。結局、史上かつてない制裁を考えるのに問われるのは、想像力ということになりそうだ。そして想像力には「自由」が不可欠なのだ。

世界は、正規軍を投入して介入したり戦争を行ったりする時代は終わってゆき、制裁型の争いになってきたと言われて久しい。もし制裁が行われたら、時代の分岐点として歴史に刻まれるエポック・メイキングな出来事になる可能性はある。

まだウクライナ問題はまったく終わりそうにない。今回は一時的に収まって、また数ヶ月後、数年後に再燃する可能性もある。それでも、ロシアの最終的な敗北は確実である。

プーチン大統領の立場や考えは、文学的な意味では理解できる。でも、政治的には敗者のあがきにすぎない。

欧州は明らかに民主化の方向に向かっている。それはロシアも例外ではない。プーチン大統領が加齢で大幅に力が弱ったあと、あるいは亡くなったあと、ロシアの民主化が進むのは間違いないのだ。ルカシェンコ大統領のベラルーシも同様である。

政治による大きな圧迫と、メディア統制の中でプロパガンダにさらされているロシア国民とベラルーシ国民であるが、彼らは私たちとは異なる人々であり、国家の威信が好きで、自由など欲しないと思うのは、大間違いである。

前進と後退を繰り返しながら、それでも少しずつ進んでいく。プーチン大統領の存在は、線香花火が落ちる前の瞬間にもっとも輝きを放つ、亡くなろうとする者が死の前に一度だけ元気になる、それと同じこと。彼は、絶望的に歴史の必然に歯向かっている。

私は数年前に、中国というのは、発展途上国にとって憧れる存在なのだろうか、国家資本主義というのは、目指したいと夢見るような制度なのだろうかと、真剣に考えたことがある。なぜなら、人々が憧れる存在、真似したい存在ーーそれが文明であるからだ。文化と文明の違いは、人々のあり方を変える力である。つまりこの問いは、中国の国家資本主義は文明になりうるかという問いだった。

でもその後、一帯一路による「債務の罠」に反発する声が高まってゆき、そして今、このウクライナ危機でロシアを見ていて、答えは「NON」であると明らかになっていくように感じている。彼らは古くて暗くて閉じている。アメリカ文明は、数々の偽善をもちながらも、「自由」という普遍性と明るさをもっている。

それはアメリカがリードして創設された国際連合の、憲章の最初に書かれている「自国の運命は自分たちで決める権利」なのだ。

まだまだ事態は動いていくし、難問にもぶつかるだろう。でも、勝つのは必ずアメリカである。

欧州に残されるのは、EUは何をやったのか、何ができたのか、アメリカという同盟国を前に自分たちヨーロッパ人は一体何なのだろうかという問いだろう。

そして日本人にとっては、欧州は良くても、自分たちは中国や北朝鮮という野蛮と戦わなければならない。欧州とロシアの変化の大きな波が、どのように東に進んで、中央アジアを経て東アジアと日本に影響するのか、見極めることが強く必要になるだろう。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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