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アフガニスタンから大量の難民が発生する。EU内で既に加盟国のいさかい。欧州人権裁判所の要請

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2021年7月、アフガニスタンのカブール郊外の道路に沿った所でパンを販売する男性(写真:ロイター/アフロ)

この原稿が公開される頃には、既にアフガニスタンの首都カブールは、タリバンによって無血開城されていることだろう。

すでに、避難して亡命しようとする人々の出国ラッシュは始まっている。空港では、アメリカのビザを求める人が、群れとなっている。もちろん、陸路で逃げる人もいる。

これから一層増えるのは明らかだろう。何千人?何万人? そのうちどのくらいの人が欧州を、日本を目指すのだろうか。

8月15日、首都開城の直前、カブールの空港に向かって歩いていく人たち。
8月15日、首都開城の直前、カブールの空港に向かって歩いていく人たち。写真:ロイター/アフロ

EUとアフガニスタンの共同宣言

この問題は既に、欧州連合(EU)では話し合われていた。そして既にもめていた。

何にもめていたかというと、「アフガニスタンへ強制帰還させる移民を、今のうちに送ろう!」とする6カ国の動きのためだった。

一体これは、何なのだろうか。

数ヶ月前の今年の4月26日、EUとアフガニスタンは、移民に関する共同宣言に署名していた。

これは主に、不法移民の撲滅と、移民の「密輸」や人身売買との闘いに関するもので、共同で努力していこうとする内容だ。

「アフガニスタン国民の自発的な帰還を促すこと、帰国者が母国で持続的に再統合できるように促すこと」が目的だという。

ーーというとわかりにくいが、要するに、欧州はこれ以上もう難民申請者を受け入れるのは無理だから、アフガン移民を母国に帰したい。ただし、強制送還ではない。人権に配慮して、ちゃんと母国で暮らしていけるように配慮して、本人が納得した上で帰国してもらおうーーということだ。

そして、すべてのEU加盟国は、非定期便による共同帰還活動に参加できるという内容も書かれている。つまり、飛行機の臨時便を出す際には、EU加盟国はアフガン移民を乗せて帰ってもらうことができますよ、ということだ。

2021年8月2日カブールの臨時議会で中央に座るアシュラフ・ガニー大統領。もう逃げてしまったようだ。
2021年8月2日カブールの臨時議会で中央に座るアシュラフ・ガニー大統領。もう逃げてしまったようだ。写真:ロイター/アフロ

6カ国の書簡が流出してバレた

ところが、アメリカ軍の撤退の決意によって、アフガニスタンの状況が急速に変化した。

首都カブールに在住しているアメリカ市民や各国の人々の撤退が始まり、各国大使館員ですら逃げ出すようになってきた。

そんな中、8月5日、オーストリア、デンマーク、ドイツ、オランダ、ベルギー、ギリシャの6カ国の大臣は「共同声明に基づいたアフガニスタン移民の帰還が、緊急に必要である」と、欧州委員会に宛てて、書簡を書いて署名した。

これが、ベルギーの報道機関に流出してしまって、大騒ぎになったのである。

もちろんだが、大きな批判が起きた。

その前の7月8日、アフガニスタンの難民・本国送還大臣は、治安状況の急速な悪化のために、EUに「口上書」を送り、3ヶ月間、強制帰還を停止するよう求めていたのだ。

そして、首都カブールにあるEU代表部(大使館に相当)も、ほぼ同時に、帰還を中止するようにEU本部に求めていた。それにもかかわらず、6カ国はアフガン難民を送り返したいというのだ。

6カ国は、もし求めに応じたら、相手に間違ったシグナルを送ることになる。これからますます状況が悪化したら、一層欧州を目指す難民が増えてしまう。だから断固として、移民はこれ以上受け入れず、帰還させる態度を示さなくてはいけないーーと考えたのである。

一方、スウェーデンとフィンランドは、この求めに応じた。

欧州人権裁判所の要請

一体誰が、書簡をベルギーのメディアに流したのだろう。わからないが、間違いなく批判したかったに違いない。

首都カブール陥落が目に見えてきて、アメリカ人もイギリス人も、軍の保護のもと脱出を始めている。ドイツも、国民に国外退去を勧告している。

フランスはといえば、7月に既に脱出済みだ(相変わらず逃げ足が早い・・・仏国民にとっては頼もしい限りだが)。

それなのに「自分たちは逃げているくせに! そんな危険な所に、欧州まで亡命してきた人々を送り返すのか!」と、人間として怒った人がいたのだろうと思う。

結局、8月2日、欧州人権裁判所からの明確な要請によって、オーストリアは、アフガニスタン国籍者の国外退去を、一時的に停止しなければならなくなった。そのような非人間的で非人道的、品位を傷つけることはできないという判断だったのだろうという。

この判決のために、ドイツもオランダも態度を変えて、すべての強制帰還を一時停止した。ベルギーでは、この書簡は「恥ずべきもの」と扱われているという。

この問題は、欧州人権裁判所の要請によって、一応の収まりは見せた。でも内心不満がタラタラな加盟国政府は少なくない。これからどうなっていくのか、注目が必要だ。

どのくらいのアフガン亡命者がいるのか

それでは、いったいどのくらい同国からの亡命者がいるのだろうか。

EUの統計機関であるEurostatによると、2020年にEUに入域した亡命希望者は、全部で約41万6600人だった

そのうち、アフガニスタン人は4万4000件強で、10.6%を占めていた。

これは、シリア人(15.2%)に次いで2番目に多い。

ちなみに同年、フランスでは、アフガニスタンが亡命希望者の出身国のトップだった。8886件の申請があったのである。

そして、EU関係者によると、前述の共同宣言によって、今年に入ってから、EUからアフガニスタンに送り返されたのは1200人で、そのうち1000人は出国時に「自発的に」と説明され、残りの200人は「強制的に」出国させられたということだ。

また、いつものことながら、難民認定率にも、加盟国で大きな差がある。

2020年、アフガニスタンからの亡命者のうち、第一審で難民の地位が認められたのは、ブルガリアでは1%だったのに対し、イタリアでは93%だった。

ちなみに、日本が2020年に受けた難民認定申請者数は、全部で3936人、難民認定されたのは47人だった。

じゃあ、どうする?

今まで2014年から2020年の間に、EUはアフガニスタン、イラン、パキスタンに2億5500万ユーロを投じて、アフガニスタン避難民が現地に統合できるように、支援してきた。

イランはすでに350万人以上、パキスタンは140万人以上のアフガニスタン人を受け入れている。

これに対し、2015年以降にEUに亡命を求めた人は57万人だ。

アフガニスタンは海のない内陸国である。陸路だと日本と西欧、どちらが近いだろう。海に出ればどうだろうか。GoogleMapより。
アフガニスタンは海のない内陸国である。陸路だと日本と西欧、どちらが近いだろう。海に出ればどうだろうか。GoogleMapより。

イランやパキスタンにさらに資金援助をして、難民を受け入れてもらうようにしたいと考えている加盟国もあるという。

しかし、これらの国がすでに過重な負担を強いられていて、難しいだろうという意見がある。

EUにとっては、地中海からの移民も、続いている。移民問題は、EUのアキレス腱であり、各国で極右が台頭する最大の要因となってしまう。

さらにコロナ禍で経済が弱ってしまったので、これ以上負担は増やせないということなのだろう。

それに、実感でいうと、欧州大陸においてアフガニスタン移民は、他の人たちと異なる感じがする。それが、各国で受け入れを躊躇する原因の一つになっているのではないか。

欧州大陸の移民は、ほとんどがアフリカ大陸や、中近東からである(イギリスは違う)。フランスの例を挙げるなら、アフリカ大陸から来る人々が圧倒的に多く、彼らのことは、数世紀にわたってよく知っている。対応や受け入れ方法、フランスへの統合の仕方についても既に様々な蓄積がある。

しかしアフガニスタンの移民は、欧州大陸にとって大変新しい人たちだ。アフガニスタンや中央アジアという土地も、馴染みがない。内戦が何十年も続いてきた社会で、宗教(イスラム教)の力は大変大きい。人々の考えは極めて封建的で保守的、男尊女卑も極めて強い。統合には、大きな困難が伴うだろう。

それでもEUでは、数を制限しながらも、アフガニスタンからの亡命希望者を受け入れてきた。彼らの統合にも、努力を傾けている。

もっとも、欧州で一番受け入れが問題になるのは、イギリスだろう。大英帝国の時代からこの地域に介入し、支配もした。約40年前、アフガニスタンにソ連軍が介入した時は、アメリカと共に戦争に参加した(ソ連軍撤退以降はいったん手をひいた)。もうEU加盟国ではないが。

欧州大陸の国々がNATO(北大西洋条約機構)の枠組み(あるいは有志連合)でアフガン紛争に参加したのは、ほとんど2001年のアメリカ同時多発テロ事件(9.11)以降の話である。

徒歩で来るには、アフガニスタンから欧州は遠いが、それでもなんとか方法をみつけてやってくるだろう。ーーもちろん、日本にも。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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