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英首相官邸のネズミ捕獲長ネコ「ラリー・ザ・キャット」10周年のお祝い:28枚の写真でつづる

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ウイリアム王子婚礼の日。ラリーも装ってお祝い。2011年4月28日(写真:ロイター/アフロ)

ダウニング・ストリート10番地、英首相官邸。

ここに現在「首相官邸ネズミ捕獲長」を務めるラリー(Larry)がやってきてから、10年が経とうとしている。

彼はもともと、ロンドンの通りに住んでいる野良猫だったが、2011年1月に、アニマルシェルター「Battersea Dogs & Cats Home」に連れてこられた。

そして2月15日、シェルターから首相官邸に養子に出されたのだった。

10年前の2月15日、初めて首相官邸に連れられてきた時のラリー。アニマルシェルターのCEOクレールさんが一緒だ。
10年前の2月15日、初めて首相官邸に連れられてきた時のラリー。アニマルシェルターのCEOクレールさんが一緒だ。写真:ロイター/アフロ

初日から報道陣の注目を浴びる。上の写真は報道陣を「何あれ?」と眺めていたのかも?
初日から報道陣の注目を浴びる。上の写真は報道陣を「何あれ?」と眺めていたのかも?写真:ロイター/アフロ

ダウニング街の公式ウェブサイトによると、ネズミ取りの腕前が評価されて選ばれたという。キャリアアップに、野良の経験が役立ったようだ。

そして「首相官邸ネズミ捕獲長」の地位を得て、公務員(?!)になったということだ。ちゃんと役職付きで、お仕事があるのだ。

英国政府は「女王陛下の政府」である。ジェームズ・ボンドが「女王陛下の007」なら、ラリーは「女王陛下のネズミ捕獲長」といえるかもしれない。

クレールさんがラリーを抱いて首相官邸でお披露目。当時3歳から5歳くらいと見られていた(だから4歳ということになったらしい)。今と違って(?)顔つきに野性味があって精悍だ。
クレールさんがラリーを抱いて首相官邸でお披露目。当時3歳から5歳くらいと見られていた(だから4歳ということになったらしい)。今と違って(?)顔つきに野性味があって精悍だ。写真:ロイター/アフロ

これから自分の家になる首相官邸、1日目。首輪はもらったけど、なんだか落ち着かない感じ?
これから自分の家になる首相官邸、1日目。首輪はもらったけど、なんだか落ち着かない感じ?写真:ロイター/アフロ

同じく初日の様子。シェルターから首相官邸というシンデレラのような大出世なのに、やっぱり元野良としては、自由が恋しくて外を眺めてしまうのか。
同じく初日の様子。シェルターから首相官邸というシンデレラのような大出世なのに、やっぱり元野良としては、自由が恋しくて外を眺めてしまうのか。写真:ロイター/アフロ

しかし、ラリーから見て「初代」首相のデビッド・キャメロンは、彼は初期の数ヶ月間に3匹のネズミを捕まえたが、それ以来、ずっと「戦略的な計画段階(つまり、もっともらしい言い訳をつけて何もしない)」のままであり、失望していると語った。

その後は「殺し屋としての本能が欠ける」と言われ、タブロイド紙に「Lazy Larry(怠けラリー)」という、ニックネームをつけられたりした。

2015年6月、「スタートアップ・ブリテン」という政府が起業家を支援する政策で、ダウニング街がイベントを開催した時のカップケーキ。官邸と国会議事堂とキャメロン首相(ハンサムすぎ?)と共に。
2015年6月、「スタートアップ・ブリテン」という政府が起業家を支援する政策で、ダウニング街がイベントを開催した時のカップケーキ。官邸と国会議事堂とキャメロン首相(ハンサムすぎ?)と共に。写真:ロイター/アフロ

パーマストンとの因縁の戦い

すぐ近くにある外務・英連邦省にも、ネズミ捕獲長がいた。

ラリーより後の2016年にその職についたパーマストン(Palmerston)という猫だ。年下である。二匹が毛を逆立てた、たいへん非外交的で無愛想なケンカをしたことは有名だ。

結局彼は、4年強の務めののち、尻尾を巻いて(?)政治を辞め、2020年には「脚光を浴びることから離れて、もっとリラックスした時間を過ごす」ために、田舎に引退した。

首相官邸の前でにらみあうラリーとパーマストン。首相官邸 VS 外務省の争い? 2018年1月29日。
首相官邸の前でにらみあうラリーとパーマストン。首相官邸 VS 外務省の争い? 2018年1月29日。写真:ロイター/アフロ

左に首相官邸敷地内にいるラリー、右に外務・英連邦事務所の側にいるパーマストン。国境ならぬ境界で対峙する二匹。2016年9月14日。
左に首相官邸敷地内にいるラリー、右に外務・英連邦事務所の側にいるパーマストン。国境ならぬ境界で対峙する二匹。2016年9月14日。写真:ロイター/アフロ

2匹はいつもケンカする訳ではなく、共存していた。こう見るとラリーのほうが野性味があるような。さすが元野良は強い? 2017年6月12日。
2匹はいつもケンカする訳ではなく、共存していた。こう見るとラリーのほうが野性味があるような。さすが元野良は強い? 2017年6月12日。写真:ロイター/アフロ

さて、ラリーはキャメロン首相と不仲という噂が立っていた。キャメロン首相は、あまり猫が好きではないらしく、猫の毛が服に着くとか、来客がある日はキャットフードの臭いを芳香剤で紛らわさないといけないなどと報道された。

英国が欧州連合(EU)を離脱するかを問う国民投票のあと、キャメロン首相は官邸を去ることになった。首相と議員との最後の質疑応答で、キャメロン氏は、ラリーと仲良く写っている写真を掲げて、この噂を撃退しなければならなかった。そして自分が去った後も、ラリーは官邸に居続けると請け合い、連れて行けないのは「悲しみだ」と言った。

ラリーの政治家の好みは?

ところで、ラリーの政治家の好み(?)について、有名なエピソードがある。

ラリーは野外出身のせいか少し神経質というか警戒心が強いところがあるらしい。でも、オバマ大統領にはよくなついたと言われる。実際、なでなでさせてあげている。

2011年5月25日、オバマ大統領と首相官邸でお目見え。Wikipediaより。
2011年5月25日、オバマ大統領と首相官邸でお目見え。Wikipediaより。

ところが、トランプ大統領夫妻が訪れて、次のメイ首相夫妻が出迎えたときは、窓の所にいて近づかなかった。しかも、大統領専用リムジン「ザ・ビースト」の下にいて、動こうとしなかった。

ラリーはバイデン大統領はどう評価するのだろうか、楽しみだ。

2019年6月4日、メイ首相夫妻とトランプ大統領夫妻。左の窓枠でラリーはじっと物珍しそうに見つめている。Wikipediaより。
2019年6月4日、メイ首相夫妻とトランプ大統領夫妻。左の窓枠でラリーはじっと物珍しそうに見つめている。Wikipediaより。

少し雨が降ったせいか、大統領の車の下にじっとしていた。
少し雨が降ったせいか、大統領の車の下にじっとしていた。写真:REX/アフロ

2017年1月、メイ首相を訪問したボリス・ジョンソン外務大臣とご対面。2019年7月に首相となった彼に「ボリスよ、よく来た。新参者だが早く慣れてくれたまえ」と言ったかも?後ろの人の満面の笑みが可愛い。
2017年1月、メイ首相を訪問したボリス・ジョンソン外務大臣とご対面。2019年7月に首相となった彼に「ボリスよ、よく来た。新参者だが早く慣れてくれたまえ」と言ったかも?後ろの人の満面の笑みが可愛い。写真:REX/アフロ

ラブ・ロマンスはあるの?

ところで、ラリーにはロマンスはないのだろうか。

ついぞ聞いたことがないが、メス猫と一緒に首相官邸に住んでいたことはある。フレイヤ(Freya)という2歳くらい年下の猫だ。

もともとはジョージ・オズボーン財務大臣が家で飼っていた猫だった。ところがある日、姿が見えなくなってしまい、探したがみつからない。あきらめていたら、ある日妻のところに電話がかかってきて、地元で餌をもらって生きているというのだった。

2012年から14年まで2年間、ラリーと働いたフレイヤ。女の子だけど野性味抜群!Wikipediaより。
2012年から14年まで2年間、ラリーと働いたフレイヤ。女の子だけど野性味抜群!Wikipediaより。

ちょうどキャメロン首相は、ラリーに腹を立てていたところだった。報道によると、ラリーにネズミを追いかけさせようとしたが、片目を開けただけで、椅子から動くことを拒否したというのだ。そこでラリーをクビにして、新たにフレイヤをネズミ捕獲長にしようとしたという。

キャメロン首相によると、彼女の方がタフで、より通りに精通した捕獲者ということだ。そこでダウニング街10番、11番、12番のパトロールに任命した。こうしてラリーと共同で職に就いたのだった。

二匹は、たまに大げんかをするが、共存していたという。

ところがフレイヤは脱走(?)が好きで、2014年5月には1マイルほども逃走して迷子に、8月にはホワイトホールで車に轢かれてしまった。

そんな事情で、彼女はケントの田園地帯に送られ職を辞した。その後は安全に自由に動き回れるようになったという。

ネズミ捕りより重い役目

動物好きの国では、ダウニング街の猫は広報活動において重要な役割を果たしている、と歴史家のアンソニー・セルドン氏はAFP通信に語った。

この過去4人の首相の伝記を書いた歴史家は、「猫は首相を人間らしくするのに役立つ」という。

危機の時には、猫は「気晴らしとして振る舞える」とも付け加えた。

ロンドンのクイーン・メアリー大学で政治学の教授を務めるティム・ベール氏は、ラリーの役割が長かったのは、「政治家と有権者の間にある大きな断絶」の橋渡しをしたいという、首相の願望があったからだとしている。

特に国民を二極化させている首相は、「人々に共通の何かを持っているという印象を与えるために、もちうるあらゆる機会をつかもうとする」のだそうだ。AFPが報じた。

それは筆者も実感としてわかる。

ブレグジット問題を書き続け、イギリスとEUの平和的な外交戦争は、丁々発止が面白くもあったが、時にはうんざりし、げんなりすらした。

記事を書いたものの、記事写真を選ぶのに「政治家の顔なんて、もう見たくもない」という時に使った写真が、以下のものだった。筆者の大のお気に入りだ。

2020年の10月の写真。木枯らしが吹く頃の1枚。
2020年の10月の写真。木枯らしが吹く頃の1枚。写真:ロイター/アフロ

海をはさんで大げんかする二者を前に、どこ吹く風。「あー、人間どもはくだらん」と言いたげ(?)なラリーの大あくびを使わせてもらったのだった。

ラリー10周年は、EU側の国々でも報道されている。英首相と国民どころか、イギリスとEUをもつないでくれている。英国と日本もかもしれない。君はすごい、ラリー君!

私がヌシ!

ラリーは、非公式のTwitterアカウント@Number10catを持っていて、43万3000人以上のフォロワーがいる。

AFPのジャーナリストがSNSを介して連絡を取ったアカウントの著者は、「人間の介入はない」と主張し、ダウニング街での自身の長い統治について簡単な洞察を述べた。

ラリー曰く、「重要なことだから覚えておくように。私は永久にここに住んでいるのだよ。政治家は彼らが解雇されるまでの間、少しの間だけ私と一緒に下宿しているのだ」

「遅かれ早かれ、彼らは全員、この場所を仕切っているのは私だということがわかるのだよ」

警備の警官にノックしてドアを開けてもらう。毎度おなじみの光景。2015年
警備の警官にノックしてドアを開けてもらう。毎度おなじみの光景。2015年写真:ロイター/アフロ

2016年7月。キャメロン首相は去ったが、ラリーは続投することに。当然だニャン、とゴロゴロ・・・。
2016年7月。キャメロン首相は去ったが、ラリーは続投することに。当然だニャン、とゴロゴロ・・・。写真:Shutterstock/アフロ

メイ首相の車の上で。ぴっかぴかの車に傷が??!警官に怒られる!? 2016年
メイ首相の車の上で。ぴっかぴかの車に傷が??!警官に怒られる!? 2016年写真:ロイター/アフロ

大丈夫、なでなで〜、でした。
大丈夫、なでなで〜、でした。写真:ロイター/アフロ

2019年。体のお化粧に余念がない。
2019年。体のお化粧に余念がない。写真:ロイター/アフロ

近辺をパトロール中。官邸前に張っている報道陣に一瞥をくれたのだろうか。パパラッチどもを睥睨する貫禄と余裕が感じられる。2019年
近辺をパトロール中。官邸前に張っている報道陣に一瞥をくれたのだろうか。パパラッチどもを睥睨する貫禄と余裕が感じられる。2019年写真:ロイター/アフロ

ああ、せっかく寝ていたのに、ジャリ共に目をつけられてしまった・・・2019年夏。
ああ、せっかく寝ていたのに、ジャリ共に目をつけられてしまった・・・2019年夏。写真:ロイター/アフロ

逃げるも、結局囲まれてしまった。ちょっとかなり嫌そう?
逃げるも、結局囲まれてしまった。ちょっとかなり嫌そう?写真:ロイター/アフロ

這いつくばってでも、そんなに吾輩を撮りたいのかね? 仕方ない、撮らせてやろう、とポーズをとった・・・のか?
這いつくばってでも、そんなに吾輩を撮りたいのかね? 仕方ない、撮らせてやろう、とポーズをとった・・・のか?写真:ロイター/アフロ

官邸前の大きなクリスマスツリーの下で。毎年恒例の光景。
官邸前の大きなクリスマスツリーの下で。毎年恒例の光景。写真:ロイター/アフロ

ラリーをなでようとするハンコック保健相。マスクなんて嫌? 今年1月6日。
ラリーをなでようとするハンコック保健相。マスクなんて嫌? 今年1月6日。写真:ロイター/アフロ

昨年のクリスマス。長年続いて疲れ切っているブレグジット交渉が、やっと最終決着したときのラリー。鳩をつかまえようとして、取り逃がしたのか、ちょっと遊んだだけなのか。多くの人が、このラリーと鳩の姿に、EUと英国の姿が映っているように感じたのだった(どう映ったかは、人によって違った)。

パパラッチなんてお構いなしで、目の前で披露。「やっと終わった。クリスマスだ」という、人々のほっとした気持ちと共に、大変有名になったビデオだ。

もう結構おじいさんになってしまった・・・元気で長生きしてね!

首相官邸公式サイトに掲載された正式な写真。威儀を正してこちらを見据えるポーズが決まっている。対面式の会議机の真ん中にいるのが意味深だ。
首相官邸公式サイトに掲載された正式な写真。威儀を正してこちらを見据えるポーズが決まっている。対面式の会議机の真ん中にいるのが意味深だ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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