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イギリスとEUが協定に署名。しかしスコットランド議会は否決。2020年の終わりに新しい1ページへ

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
あと1日。。。

12月30日の午後、英国庶民院(下院)で、欧州連合(EU)との協定を可決した。

賛成521票、反対73票。

ブレグジット関連の投票では今に始まったことではないが、この投票結果は深刻な分裂を見せつけた。

保守党員のほとんどが全員が賛成に投票。

その一方で、英国の地域政党がほぼすべて反対にまわったのだ。スコットランド国民(民族)党と、プライド・カムリ(ウエールズ独立を最終目的にする政党)、DUP(北アイルランドの地域政党)である。

そのほかにも、自由民主党と緑の党は、反対にまわった。

今回、もう一つの分裂を引き起こした。労働党である。

賛成162票、反対1票、棄権が36票だ。コービン前労働党党首は棄権した。

スターマー労働党党首は「賛成」を投票するように要請した。党内の議論ののち、合意なしよりはマシ、棄権は無責任という結論を出したためだ。この要請は、多くの労働党議員を怒らせた。3人の議員は投票することを拒否し、役職を辞した。

保守党議員の中でも二人が、スコットランド国民党の一人が棄権した。

こうした分裂はあるものの、保守党員はほぼ全員、党首を支持した。単独過半数の安定政権は強い。

イギリスは、このような「国難」という事態で、本来なら世論を二分する内容であっても、政党政治が機能するのだなと感じさせた。スーパーの生鮮食料品のコーナーが、都市部ではからっぽという事態では無理もない。

でも、フランス人が同じ状況になったら、ここまで政党政治が機能するだろうか、と考えざるをえない(だから大統領制なのであって、フランス人には議院内閣制は難しいかもしれない)。

この投票を受けて、ジョンソン首相は、ダウニング街10番地の首相官邸で、協定に署名した。

首相官邸で協定に署名するジョンソン首相。左はフロスト主席交渉官
首相官邸で協定に署名するジョンソン首相。左はフロスト主席交渉官写真:代表撮影/ロイター/アフロ

首相のサイン
首相のサイン写真:代表撮影/ロイター/アフロ

2部あって双方が署名して、1部は英国で保管、1部はEUが保管。
2部あって双方が署名して、1部は英国で保管、1部はEUが保管。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

一方、欧州連合(EU)側も、ブリュッセルで、欧州委員会のデアライエン委員長と、ミシェル大統領が署名した。

こうして英EUの協定は一応の決着がついた。

普通は両者の取り決めの署名なら、双方の旗が並んで立てられるのに・・・。日本とEUが協定を結んだときは、仲良く日の丸とEU旗が交互にきれいに並べられていた。今回はどちらの側も立てなかった。もうユニオンジャックとEU旗が並ぶ光景は、なくなるのだろう。

英貴族院で問題を指摘

ただ、どちらも側も問題が残っている。

英国のほうでは、貴族院(上院)の結果がまだ出ていない(原稿執筆時)。

労働党の貴族院議員が、修正案を用意しているという。

英「ガーディアン」が報じている修正案が大変参考になるので、以下に書き留めておきたい。

貴族院は、EUとの合意は、英国が「合意なし」で移行期間が終わるのを回避できたことを歓迎する。

しかし、協定にはたくさんの欠点(不備)があることを遺憾に思う。

欠点とは、官僚的負担、規制のハードル、サービス部門の相対的な軽視、資格の相互承認に関する限定的な規定、データフローの規制に関する不確実性、EU外での統合的サプライチェーンに関する限定的な譲歩である。

さらに、人々の安全を守るために必要なセキュリティと警察に関する重要な共有ツールをすべて確保できなかったことを遺憾に思う。まだ交渉されるべき、かなりの詳細があることに注意するべきだ。

そして、女王陛下の政府に対し、議会および権限を委譲された当局(スコットランド、ウエールズ、北アイルランドのこと)と協力して、(1)合意されるべき残りの領域と、すでに協定の中にあるこれらの側面の実施について、強力な監視手続きを確立すること、(2)欧州議会と共同で議会パートナーシップ協議会(assembly)を設立するために迅速に動くこと、を求める。

協定の中には、数々のイギリスに不利な問題がある。原産地規則の問題については前記事で説明した(上記の中では「EU外での統合的サプライチェーンに関する限定的な譲歩」に相当する部分だと思う)。ほかに筆者が最も気になっているのは、資格に限らない相互承認の問題である。

ただ、たとえこの案が貴族院(上院)で通過して、再度下院にまわされたとしても、「下院の優越」がある(日本の衆議院の優越と概念は同じ)。保守党が単独過半数をとっているので、行方はあまり明るくない。

それに、EUのほうは、欧州議会の批准が待っている。議会の批准をせずに署名してしまったことに関して、いくら緊急事態が重なったとはいえ、今後問題とされるのは間違いない。

スコットランド議会で否決

さらに大きな問題は、スコットランドと北アイルランドの自治議会では、この協定が否決されたことだ。

法的にいうのなら、EUとの協定は国の問題なので、スコットランド自治政府の議会の問題ではない。

ただ、セウエル協定(the Sewel convention)に従うと、ロンドンのウェストミンスター議会は、3つの自治政府に対して、権限委譲に関することに侵入する法律を可決する際には、「立法上の同意」を得ることになっている。

スコットランド自治政府の動議では、この協定は「スコットランドの環境的、経済的、社会的利益に深刻なダメージを与える」として、スコットランド自治政府が「立法上の同意」を与えていないとする覚書を支持することに賛成した。

しかし、「立法上の同意」は法的拘束力のある義務ではなく、協定の文言は、状況によっては同意が必要ないことを受け入れているのだ。

「ガーディアン」は、「しかし、ブレグジットの経緯全体を通して今までそうしてきたように、英国政府はスコットランド議会を無視するだろう」と述べている。

今後どうなるのだろうか。大きな連合(European Union)を前に、小さな連合(United Kingdom)は解体していってしまうのだろうか。

2020年のEU

コロナ禍で、今年の前半は、「国家主権」が前面に出て、EUの出番は大変少ないように見えた。しかし、最初のショックが通り過ぎた後、EUは復興基金やコロナ対策に、大きな力を発揮した。

いち早くファイザー&ビオンテック製のワクチンを承認したのは英国で、他の西欧の国々も英国に遅れをとるまいと我先に承認した。でも、英国はまだ移行期間にあったので、欧州医薬品庁の定める規則にのっとって承認したのだ。

契約をして最大3億回分を一括購入したのはEUである。加盟27カ国の人口に応じて、今後域内に振り分ける。巨大な数をいち早く契約して買っているので、その価格に関して、他国と比べて安かったのでは云々と取りざたする声がある。

EUの今後7年間の予算について、EUは、基金の分配条件として、権力の乱用を法で縛る「法の支配」を条件としたが、ポーランドとハンガリーが抵抗していた。

イギリスのEU崩壊信者たちの中には、(まだ懲りずに)このことからEUは崩壊の危機に瀕し、イギリスに追随する国が現れると期待していた。しかし、最後に両国とも妥協して1億8000万ユーロの予算案、そのうち7500億ユーロがコロナ禍からの復興基金ーーが無事通過したことで、少なからぬショックを受けた、とも言われている。

イギリスが抜けた後の不安

ここからは、2020年を振り返って、私的な意見になる。

もっと昔、まだ筆者が全く力のなかった頃、ブログで「EUが崩壊するなんてあるわけない」「そんなに崩壊と叫ぶのは、EUという巨大な力への恐ろしさの裏返しだろう」「崩壊、崩壊、と叫ぶが、崩壊するのはイギリスのほうじゃないのか」と書いていたが、もちろんそんな声はまったく世の中に届かなかった。

ある出版社に「EUに関する本を書きたい」と申し出たら「EUは崩壊じゃないと売れません」と言われたことすらある。

イギリスは日本とは縁が深い。両方王室(皇室)があるという親しみもあるし、何と言っても英語圏である。「連合」や「連邦」(両方「Union」)にまったく疎い島国日本人は、ほとんどがイギリスのEU崩壊論者のいうことだけを信じ理解して、日本語に翻訳して報道していたように見えた。

それがどんなに間違っていたことが、こんな形で証明されてしまった。

筆者はイギリスもイギリス人も好きなので、ブレグジットは大変興味深くはあるけれど、かの国がこんな暗い未来しか想像ができないような状況になってしまって、悲しい。

大差で離脱が可決されたならあきらめもつくが、5年も経てば世論が変わるようなレベルの差だったのに。

EUの中は、英独仏で絶妙のバランスがあった。

法律主義で厳格でまじめで経済大国のドイツ、政治・外交大国でラテンで食料輸出国のフランス。そして大陸で社会・精神的な意味で左派が圧倒的に強い土壌がある仏独と異なり、階級が残り、アメリカの風が入ってきていて、明朗だけど老獪でもあるイギリス。3つの国のこのバランスが崩れてしまうとどうなるのだろうか。

とにかく当面は、フランスとイギリスを結ぶ交通網は、大マヒが予測される。収まる日は来るのだろうか。高齢の女王、人気のない後継夫婦を前に、連合王国を保ち続けることはできるだろうか。

イギリスの離脱が日本にどういう外交的政治的な影響を及ぼすかは、まったく想像がつかない。せめて何か良い側面があるよう、願うしかない。

何よりも不安なのは、日本では、今までほとんどがイギリス経由(特にイギリスメディア)でEUの情報を得てきたことだ。

「EU崩壊」などという、とんでもなく正しくない情報に偏っていたとは言っても、それでもイギリスはEU加盟国だった。そういう情報は人目を引いて目立っていたが、実際にはEUに関する正しい情報も、加盟国イギリスを通じて日本にたくさん入ってきていた。もうイギリスは加盟国ではない。当事者ではない。部外者である。

今後どうなるのだろうか。

アメリカと並ぶほど巨大な力になってきているのに、EUの姿の受信や発信の機会は極端に減ってしまうのではないか。

心配だ。心の底から心配である。

とまれ、これから欧州の新しい1ページが開かれるのだ。コロナ禍の中ではあるが。それが日本にどういう影響を及ぼすのか。日EU経済連携協定など、パートナーシップを通じて関係が深まっている両者が、これから一層理解と交流が深められるような時代となってほしいと願うばかりだ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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