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エリザベス女王、ブレア氏へのガーター勲章問題。ダイアナ氏の死のためか、スコットランド独立問題のせいか

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
2008年聖ジョージ礼拝堂に向かうガーター騎士団正装姿の女王。Wikipedia

ガーター勲章。それは、1348年にエドワード3世によって創始された、イングランドと英国の最高勲章である。

いま、この勲章の授与について、問題がもちあがっている

首相をつとめた者には、このガーター勲章が贈られることになっている。しかし、ブレア元首相が叙勲されないために、彼の後の首相経験者たちが叙勲されないのだ。

女王エリザベス2世がブレア元首相を好いておらず、勲章授与を嫌がっているためと言われている。

爵位を与えて解決?

ブレア首相の前は、メージャー首相だった。選挙で1回しか当選しなかったが、退任から8年後の2005年にこの栄誉を授かった。

ブレア氏は10年も首相だったのに、叙勲されない。彼の後は、ブラウン首相、キャメロン首相、メイ首相と続いたが、誰も受け取っていない。

だから、ブレア氏を叙勲するかわりに爵位を与え、この問題を解決しようとしているのだという。

若き日のトニー・ブレア
若き日のトニー・ブレア写真:ロイター/アフロ

長い治世が続くエリザベス2世の時代において、歴代でガーター勲章をもたなかった首相は二人だけだ。

マクミラン首相は辞退、貴族のヒューム首相は、スコットランド人として、すでにスコットランド王国では最高の勲章だった「あざみ勲章」を叙勲されていた。

ガーター勲章を受け取る「ガーター騎士団」は、通常24人と決まっている。勲章は、君主から個人的に授与されるものだ。騎士団のメンバーは、ウィンザーの聖ジョージ・ロイヤル礼拝堂に、席が割り当てられるという。

いま、3名の空きがある。授与しようと思えば、できるのだが・・・。

女王とブレア首相とダイアナ元妃

女王がブレア元首相に叙勲したがらないのは、ダイアナ元妃が亡くなったときの、彼の発言のせいだと言われている。そのために、上位の王室の人々を怒らせ、女王と彼は緊張関係になったと考えられている。

ブレア氏は、BBC Oneのドキュメンタリー番組で、以下のように述べた。

女王がこの時に何を考えていたかを正確に把握するのは、とても困難でした。

女王は、自分が間違っていたと思わせるもの、あるいは深い個人の悲劇であるものに直面しているのに広報イベントと思わせるもの、そういうどのようなものにも、抵抗があったと思います。

ダイアナの王政との関係、そしてチャールズ皇太子との関係、国の喪失感が、怒りと悲嘆の感情に変わり、王政に対して敵対感情を抱く危険性がありました。そのため、女王との最初の会話は重要な会話でした。

彼女は、明らかにダイアナのことをとても悲しんでいました。そして君主制そのものを心配していました。女王は、世論とそれがどのように作用するかについて、非常に強い本能(直感)を持っているからです。

1997年ダイアナ元妃の死で、宮殿に集まる献花と悲しむ人々
1997年ダイアナ元妃の死で、宮殿に集まる献花と悲しむ人々写真:ロイター/アフロ

なぜ今、この問題が?

しかし、なぜまた今になって、にわかにこのような話が出てきたのだろうか。

大変不思議なので調べてみたが、直接の理由はわからず、報道されている内容から推測してみるしかない。

「政治的にバランスが悪い」

まず、「政治的にバランスが悪い」と廷臣たちが気にかけているという報道である。

英国の勲章では、4つのものが最も名誉があると言われている。

最高の栄誉であるガーター勲章、あざみ勲章、メリット勲章、コンパニオンズ・オブ・オーナー勲章だ。これら合計102の席のうち、保守党は22席、労働党は4席、自由民主党は3席を占める。

あまりにも不均衡なので、廷臣たちは、労働党の政治家にも勲章を与えようとしているのだそうだ。

例えば、ブレア首相の元で副首相と副党首をつとめたプレスコット卿、ブランケット卿、そして女性・平等担当大臣をつとめたハーマン氏などの名前があがっている。

前者二人の男性は、労働党の貴族院議員、ハーマン女史は王璽尚書(君主の御璽の管理をする閣僚)をつとめたことのある人物だ。

叙勲されていないブレア氏もブラウン氏も労働党である。

でもこれは、今に始まったことではない。

2013年にサッチャー首相が亡くなって、空きが一つできたときも、「いよいよブレア元首相に叙勲するときが来たのか」と報道されていた

このとき既に、2011年にグラフトン公爵が、2012年にリドリー子爵が死去していたために、3つの空席できていた(通常は二人ずつ任命されているという)。

ただ、バッキンガム宮殿の広報担当者は、「前任者の死後すぐに空席が埋まるのは異例のこと」と述べていた。

それからもう7年も経っている。何をしていたのだろうか。党のバランスの悪さは「なぜ今?」という問いの答えになっていない。

あざみ勲章の行方

次に気になるのは、「ブラウン氏にはあざみ勲章を授ける案がある」という内容だ。

前述したように、あざみ勲章は、スコットランド王国では最高の勲章だった。あざみは、王国時代からの国花。今も伝統を引き継いでいる。

あざみ勲章を身につけるウイリアム王子
あざみ勲章を身につけるウイリアム王子写真:ロイター/アフロ

今、英国ではイングランドのガーター勲章が最高の勲章だが、あざみ勲章は最も名誉ある4つの勲章の一つである。

ブラウン氏はスコットランド人だが、なぜガーター勲章ではなくて、あざみ勲章なのか。

前述したように、歴代首相のうち、貴族のヒューム首相は、スコットランド人としてあざみ勲章を叙勲され、ガーター勲章は受けていない。前例があるので、それほど非常識ではないのだろうが・・・。

理由として、「ブラウン氏とメイ氏には叙勲しなければ」という声があるが、ブレア氏には爵位は与えられても叙勲はされないのだから、一人だけ飛ばしてガーター勲章授与という恥ずかしい思いをさせないために、ブラウン氏にはあざみ勲章を、と廷臣たちは考えているーーという報道がある。

(キャメロン氏は? 人気がないのだろう。EU離脱の国民投票を行ったせい?)

でも、それもどうだろうか。

エリザベス首相は、ウイリアム王子とケイト・ミドルトンさんの結婚式に、ブレア氏をブラウン氏を招待しなかった。女王は彼らに好意を持っていないために、ガーター勲章を与えるのが避けられているだけかもしれない。

うがった見方をするなら、ガーター勲章の空き席は3つ。ブレア氏は除外されるとして、ブラウン氏・キャメロン氏・メイ氏と、「元首相」は3人いる。

他にも叙勲に価する、軍隊や外交で功績のあった人はいて、候補者に名前は挙がっている。それなのに、元首相で全部埋めるのはいかがなものか・・・という考えもあるのではと邪推してみる。

スコットランド独立問題との関係

最後に、筆者が考えるのは、ブレア氏もブラウン氏も、二人ともスコットランド人であるということだ。そして二人とも労働党である。

女王がブレア氏を嫌うのは、おそらくダイアナ元妃のせいだけではない。ブレア氏は、貴族院の大改革を行った人物だ。

歴史的に貴族が貴族院議員の地位を世襲で受け継いできた制度を、ほとんど壊すくらいに変えた。そのような世襲議員の人数を厳しく制限したのだ。今では、爵位を与えられて貴族になった一代貴族が、貴族院の大半を占めている。

だから女王は、ブレア氏も、彼に続いて労働党政権を担ったブラウン氏も、好きではないのではないだろうか。

そんなブレア氏に「爵位を与える」と考えるほうも考えるほうだが、もしそうなったら貴族たち、特に世襲議員の地位を奪われた貴族たちはどう反応するのだろうか。そしてブレア氏は受けるのかどうかも、興味深いところだ。

もともと労働党と勲章は相性が悪い。労働者階級のヒーローだったビートルズの面々は、(リンゴ・スター以外)勲章を紙のコースターと同じであるかのようにバカにしてみせたこともあるくらいだ。

ブレグジットで国が引き裂かれている今、労働党の功労者に勲章を与えることで、国を一つにしようとしているのだろうか。

あるいは実際には、本当に問題視しているのは、実は「二人はスコットランド人である」のほうかもしれない。

はたから見ると、まるでスコットランド人に叙勲するのを嫌がっているように見えないこともないからだ。

スコットランドは、EU離脱を問う国民投票では、過半数が残留を望んでいた。それなのに離脱になってしまい、ずっと「スコットランド人は独立を辞さない」と、英国庶民院(下院)で言い続けてきた。

スタジョーン・スコットランド自治政府首相は、来年5月のスコットランド議会選で勝利したら、独立を問う住民投票を再度行うと明言していた。コロナ禍問題の対処への不満もあいまって、独立支持派は増えている。

それでも2014年の独立を問う住民投票のときは、まだ「君主はエリザベス女王で」という、穏やかな独立の絵を提示して投票に臨んだ(そして英国残留派が勝利した)。女王に対する尊敬と愛着の念はあるようだ。もしこれが代替わりして、チャールズ皇太子とカミラ夫人が上に立ったら、スコットランド人はどう反応するだろう。

スコットランドを引き止めて、国の分裂を避けるために、王室と廷臣たちは自分たちにできることを探しているのかもしれない。

でもそれなら、ブレア氏に叙勲しろとはいわないまでも、ブラウン氏に英国一のガーター勲章を授与したほうがいいように思うのだが・・・(もっとも、あれほどはっきりイングランド旗が縫われているものを、本人が敬遠するかもしれない。前例のヒューム首相のように。下記写真参照)。しかし、やはりそれだと「一人飛ばしで露骨すぎる」と、廷臣たちは頭を悩ませているのだろうか。

94歳のご高齢

それにしても、正直言って、筆者は「何をやっているんだろう・・・」と思った。どこの国にも勲章はあり、目の色を変える人たちはいる。でも、フランスを見ていると、君主制を倒したせいか、「国に貢献した人」「フランス革命の自由・平等・博愛という精神に貢献した人」という定義がはっきりしており、国家元首の好き嫌いで、国家最高の勲章の行方が左右されることはないように見える。日本もこの点、割としっかりしていると思う。

こういう話になると生臭い話がたくさん登場する。結局女王も一人の人間であり、それを「君主制」として国の制度に取り入れるのは、いろいろ議論が出るのは無理もないのだろうと感じさせた。背負うものが多すぎるし大きすぎる女王。大変なご高齢なのに何という重荷だろう、と思う。

女王は94歳である。高齢のため引退の声もちらほら出ている。のちのち何か悪口を言われるような汚点を残さないことを考え始めているのだろうか。

女王の治世についての後世の評価のために、今問題を片付けようとし始めたのかもしれない。

ガーター騎士団。マントに白地に赤い十字形のイングランド旗が見える。後ろにチャールズ皇太子とウイリアム王子か。
ガーター騎士団。マントに白地に赤い十字形のイングランド旗が見える。後ろにチャールズ皇太子とウイリアム王子か。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

あざみ勲章を身につけたエリザベス女王(とフィリップ王配か)。マントに青地に白いクロスのスコットランド旗が見える。右から二番目の男性の緋色の衣はカトリックを連想させる。
あざみ勲章を身につけたエリザベス女王(とフィリップ王配か)。マントに青地に白いクロスのスコットランド旗が見える。右から二番目の男性の緋色の衣はカトリックを連想させる。写真:ロイター/アフロ

スコットランドに咲くあざみの花。そのトゲによって外敵から国を守ったと言われているという。花言葉は「独立、報復、厳格、触れないで」。他に「人格の高潔さ、人間嫌い」という意味も。
スコットランドに咲くあざみの花。そのトゲによって外敵から国を守ったと言われているという。花言葉は「独立、報復、厳格、触れないで」。他に「人格の高潔さ、人間嫌い」という意味も。写真:CavanImages/イメージマート

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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