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イギリスとEUがついに合意。全く油断できない今後のリスク:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:ロイター/アフロ)

フランスの国際ニュース専門チャンネル「フランス24」が、欧州連合(EU)と英国が、ついに合意に達したと報じた。

英国とフランスの他のメディアもそのように報じている。

「大変ハードな交渉の後、ブリュッセルとロンドンは(現地時間)の24日(木)、暫定的に詳細を決定し、貿易協定に関する『ブレグジット後』の合意に達した。 漁業の厄介な点が、合意の発表を遅らせた」

「混沌とした離婚の予測は、ついに遠のいた。英国のEU圏からの実質的な離脱を7日後に控えて、両者は歴史的なポスト・ブレクジット協定に合意した」と報道されている。

10ヶ月間続いた交渉は痛みを伴うものであり、漁業関係の書類はすべての交渉を結晶化(結実)させたという。

フランス24では、合意の詳細な内容について、引き続き報道を続けるということだ。

今後の予定

協定のテキストは、2000ページにも及ぶ。

昨日23日水曜日の時点では、外交筋の情報として「悪魔はテキストの細部に宿っているものだ。その精査がまだ終わっていない」ということだった。

欧州委員会レベルで、その精査は完全に終わったのかどうか、報道されていない。

もともと、欧州委員会のデア・ライエン委員長とジョンソン首相は24日の午前に話し合う予定があり、ジョンソン首相は20時に何かの発表をするとの報道があったのだ。

それに間に合わせるには、もう時間切れとなったので、精査を急いで進めつつ「合意に達した」という報道を認めたという可能性が高いように筆者は感じる。

どのみち、これから27加盟国の政府で、検証が必要になる。もともと「24日」という最終期限の日付が出てきたのは、最低でも1週間は、各国での検証に必要になるからだった。

テキストで使われている言語は、英語やフランス語だろうから、各国要人が検証するには、各国語に翻訳する作業も必要になるだろう(おそらく、問題はないとされている所は、とっくに各国政府に内容が渡されているのだろう)。

もし27カ国政府が了承したら、1月1日暫定発効は、EU側ではほぼ問題ないということになるだろう(これも一波乱あるかもしれないが)。

真に正式な発効には、双方の議会での批准が必要になる。

欧州議会は、年内には難しいようである。ただ「議会が軽視された」という批判はあっても、おそらく通過するように思う。

英国は製品の47%を欧州大陸に輸出しているのに対し、EUは海峡を挟んで8%しか製品を販売していないからだ

それに、漁業問題で強固だったフランスやオランダ、デンマーク(アイルランド)などは、果たして漁業ロビーで強い力を欧州議会に対してもっているのか、という問いが必要になる。そしてこれらの国選出の欧州議員がどう反応するのかも、見る必要がある。

リスクは英国側にある?

もし大きな問題が生じるとしたら、英国側だろう。

英国側は年内の議決が可能かもしれない。ジョンソン首相は、「年内に合意がなされたら、急遽、議会を招集する可能性がある」と言っていた。

もし年内に議会が臨時招集されて、否決されたら、1月1日に暫定発効できない可能性があるのではないか。

もし議決が年明けになった場合、すでに暫定発効されているという事実は重みがあるだろうが、それでももめる可能性は残っている。

ジョンソン首相は「我々の宿願である主権を取り戻した!」と宣伝するが、フランス政府筋によると、英国はここ数日で「莫大な譲歩」をしており、特に漁業問題は最後まで問題となっていた。

実際に協定の内容を見たら、どう反応が出るのかは、未知数である。

イギリスの報道

24日木曜日の朝のイギリスのタブロイド紙では、様々な見出しが踊った。「ディールが結ばれた」とデイリー・エクスプレス紙、「ハレルヤ!」とデイリー・メール紙、「クリスマス・ディール」とデイリー・ミラー紙が報じた。

これらはやや勇み足で、実際にはちょっと早すぎたと思うが、結局は正しい報道となった。

でも「詳細を見る前に、どこがハレルヤなのか」と思う。

大衆タブロイド紙の多くは、イギリスがEUに加盟している間から、EUへの批判を煽るような報道を始終行ってきた。彼らは間違いなく、EU離脱の原動力となっている。

それが今、内容を見る前から「ハレルヤ」? よほどここ数日の孤立化の恐怖が応えたのだろうか。

筆者は以前「誰もがダメだと思った最後の最後の瞬間に踏ん張ることができる者が、勝つことができる」という、(おそらく)ナポレオンの表現を引用したことがある。

これは圧倒的に劣勢なイギリス人へのエールをこめていたのだが、どうやら、妥協しつつも最後の最後の瞬間まで踏ん張ったのはEU側なのかもしれない。しかし、とにかく内容を見てみないとわからない。内容も知らずに、何を騒いでいるのだろう。

英国の保守派中の保守派はどう動く?

真の問題は、保守党の中の超保守派だろう。

2019年に「8つの示唆的投票」というのが、英国庶民院(下院)で行われたのを覚えているだろうか。「オーダー、おぉぉぉだーーー」で有名になった、バーコウ下院議長(当時)のもとで行われた投票だ。

示唆的投票というのは、何かを採決するための投票ではなく、いわばアンケート的な投票という意味だ。

あのとき、「合意なき離脱」に賛成した保守党議員が、約160名もいた(筆者はびっくりしすぎて、強烈に覚えている)。

参考記事(2019年3月):8つの示唆的投票で、各党の投票結果と特筆すべきこと。なぜか明るい議場

その後、同年7月にメイ首相は退陣となり、ジョンソン氏が首相に就任、12月に総選挙があったので、議員は以前と全員が同じではない。しかし当時は、強硬なEU離脱を唱えるジョンソン首相には追い風が吹いており、彼が率いる保守党は、歴史的な圧勝をとげたのである。

だから、「合意なき離脱がよい」と考える保守党議員が、増えたことはあっても、減ったことはないだろう。

「保守派議員ではなくて、右翼だ」と批判されることもある彼らは、どう動くのか。彼らも多くのタブロイド紙のように、機を見るのに敏感な日和見主義なのか、それともどんなに孤立しようとも徹底して反抗する、「最後の瞬間まで踏ん張る」気骨のある人たちなのだろうか。

後者だったら、英国民にとってもEUとの未来にとっても、実に手が追えず頭が古く、現実を見ないで主義に凝り固まった厄介者だろうが、ある意味、あっぱれである。

彼らの「主義」や「思想」がどの程度のものか、今後お手並み拝見といきたいところだ。

もしも、であるけれど、彼らが暴れて協定の発効に支障が出た場合、批准の日程が遅れる欧州議会は様子を見ながら投票、ということになる可能性もないわけではない。

そうすれば、ここまで散々「合意なしの責任をとりたくない」「困るのは市民なんだから、なんとしても責任を果たさなくては」というプレシャーで必死の努力をしてきたすべての関係者は、明確にどこに問題の根本があるのか、世の中に広く知らされる状況に置かれるだろう。

そして、もし双方の議会で批准できたとしても、これから道は険しいに違いない。

※そんなに浮かれていて大丈夫かな? 以下は首相のツイートに対する返事。

それでも、本当にみなさんお疲れ様でした。

とにかく今は、「メリークリスマス!」

写真:ロイター/アフロ

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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