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ブレグジット支援のために英王軍の準備:EUとの交渉結論まであと1日

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:PantherMedia/イメージマート)

12月12日(土)も、合意の行方ついての大きな動きや発表はなかった。

この静けさは、交渉が重大な決定の前の緊張状態に入っている証拠のように見える。

報道の数は増しているが、特に新しいことは言っていない。

12日(土)に、バルニエEU主席交渉官と、フロスト英主席交渉官は、正午にブリュセルの会議センターで会合を開く予定だったと、AFPの報道が伝えている。さらに日曜日も会合がもたれると、英『ガーディアン』は伝えている。

英海軍が待機状態

そんな中でこの日一番目をひいたのは、英海軍の動きである。

ジョンソン政府は、漁業権に関する新たな合意がない場合に備えて、80メートル船4隻を待機状態にしているという。これはEUのトロール船が英国領海に入るのを防ぐためである。

英国国防省の報道官によると、「移行期間の終わりに国防が様々なシナリオに対応できるよう、集中的な計画と準備を行った」と説明し、船舶が待機していることを確認したという。

イギリスでの反応

元海軍参謀本部長のアラン・ウエスト(Alan West)退役提督は、英国海域で起こりうる緊張に備えるのが賢明だと考えた。「Royal Navy が我々の水域を保護することは、もし我々は主権国家であり、政府が他国からの漁船をそこに見たくないという立場であれば、完全に適切である」とBBCに語った。

同じく質問を受けたクリス・パッテン(Chris Patten)元欧州委員兼大臣は、この脅しを「無責任」と呼び、ジョンソン首相が「イギリスのナショナリスト」のような振る舞いをしていると非難した。

そしてパッテン氏はまた、ジョンソン氏が「英国の例外主義という暴走列車(runaway train of English exceptionalism)」に乗っていることを非難した。「見通しについて暗く感じるのが間違っていることを願っているが、ジョンソン氏は保守党員ではなく、英国のナショナリストだと思う」と述べた。

「かつて保守党が信じていたこと、例えば連合のために立ち上がるとか、我々の制度を攻撃しないとか、裁判官のようにとか、国際協力を信じるとか、すべてのことが窓から去ってしまったようだ」と語った。

また、保守党のトビアス・エルウッド(Tobias Ellwood)下院議員は、元イギリス陸軍大尉で議会国防委員会の委員長を務めている人物で、イギリスのイメージが損なわれることを懸念していた。「すでにいっぱいの王立海軍が、漁業権をめぐって、NATOの緊密な同盟国と対峙するのを目にする可能性に直面している」と嘆き、「私たちは同盟を壊すのではなく、同盟を築く必要があります」と嘆願した。

英国国防省によると、ブレグジット後の移行を支援するために、1万4000人の部隊を配備する準備ができているという。英メディアの報道によると、陸軍のヘリコプターは海岸の監視にも使われる可能性があるという。

以上、公共放送France 3と英『ガーディアン』が伝えた。

この展開は、アイスランドと主にイギリスの間に起こった、北大西洋漁業権をめぐる「タラ戦争」の悪い記憶を呼び起こしている。

「タラ戦争」とは、漁業専管水域をめぐって、アイスランドとイギリスの間に生じた紛争のこと。1972年9月にアイスランド政府がタラの漁業専管水域を 12カイリから 50カイリに拡大する宣言を行なった結果、イギリスと海上紛争が生じて断交寸前までいったが、73年10月いったん合意が成立。

75年7月にアイスランドがさらに 200カイリに拡大したため紛争が再発したが、76年までに終息した。

輸出の80%を水産物が占める水産国アイスランドが、好漁場である自国の近海の資源を守るため、領海を広げてイギリスやドイツのトロール船を締め出そうとして起きたものだ。(コトバンクより)

真意不明・・・

正直、ジョンソン政府が何を考えているのかさっぱりわからない。

今回の軍配備についてもそうだし、下院の投票も同じだ。国際法違反の国内市場法案について、貴族院(上院)が違反箇所を修正・削除する案を出したのに、下院で却下した採決のことだ。

もしこれが、EUに対する威嚇であり、何か好条件を引き出そうとするために瀬戸際外交をしているつもりなら、全くの逆効果である。

日本人も、隣国に当てはめてみれば理解できるのではないか。瀬戸際外交を繰り返す北の隣国、国際法違反の南の政府、良い印象を抱くだろうか。彼らに「そこまで迫るなら仕方ない、譲歩しよう」と思うだろうか。物事には限度というものがあり、超えてはいけない一線があるのではないか(イギリスと日本の隣国を同列にしたら、あまりにもイギリスが気の毒だが、行いの本質は同じという意味である)。

それでもまだ、今回の漁業の件は、選挙民、あるいは支持者にアピールする目的なのは明白だ。もはや漁業そのものが問題なのではない。彼らのイメージは「領土を取り戻す」である。海だから領海なのだが、イメージとしては「北方領土を取り戻せ」に近いのだろうか。

まったくわからないのは、国内市場法の下院における再採決のほうだ。

「こちらの言い分を聞かないと、下院で上院の修正・削除案を却下する採決をするぞ」とEUを脅すのまでは、まだギリギリ我慢ができたかもしれない(それでもかなりエゲツないが)。でも、実際に採決してしまったのは、一線を超えたと感じる。まだ会期中であり、あれほど急いで採決に臨む必要はないはずで、あの日程で行ったのは間違いなくわざとである。

それでいて、あっさり離脱協定を守るということになったのだから、ますますわからない。

あの行動は国内選挙民向け、あるいは支持者向けアピールになったのだろうか。イギリスのメディアを見ている範囲では、それほど感じなかった。このことは現地在住の人による客観的なレポートがないとわからない(ほとんどの日本人メディア関連者は「EU崩壊」と叫んでいたが、今はレポートをやめたのでしょうか)。それとも、保守党内の事情だったのだろうか。

上記で、ジョンソン首相がイギリスの「nationalist」のような振る舞いをしていると、そのままカタカナで「ナショナリスト」と訳したが、「国粋主義者」と訳したほうがよかったかもしれない。

とにかくはたから見て、イギリスはおかしくなっている。それだけは確かである。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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