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このまま合意なしに突入か。イギリスの瀬戸際外交と、EUの団結:ブレグジット

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:ロイター/アフロ)

8日火曜日も合意に至らなかった。合意が見えそうな、大きな動きもなかった。9日が本当に最後というのに、こんなんでいいのか。

前日に引き続き、フランスの公共放送France Infoは、ブレグジット特設ページで1日文字ライブをやっていた。しかし火曜日は、前日よりも一層ニュースがなかった。スタッフが暇すぎるためか、アップデートをさぼっているように見えるのを避けるためか、全然ブレグジットと関係ないニュースが入ってきていた。

それでも、唯一新しい展開があった。

北アイルランド問題の回避

火曜日の一番の動きは、北アイルランドに関する条項で、両者が合同委員会を設置することに合意したことだろう。

昼食後の時間、ブリュッセルで27加盟国のEU大使が全員集まって、会議を開いた。

その時の模様を、バルニエEU交渉官がツイートした。

本日の#GAC(27加盟国大使の会議)で、全加盟国でブリーフィング。完全な団結。我々は現在のために未来を犠牲にすることはない。我々の市場へのアクセスには条件が必須である。

フロスト英首席交渉官と緊密に協力している。チームはデア・ライエン委員長とジョンソン首相の会談を準備している。

このしばらく後のことだった。「ジョンソン首相が譲歩」というニュースが入ってきたのは。国内市場法案から、国際法違反となり問題となっている条項の撤回を発表したのだ(財政法案からも撤回した)。

率直に言って、筆者はどういう意味だかさっぱりわからなかった。

前日の夜、23時頃(英国時間では22時ごろ)、下院で賛成多数で、貴族院の条項削除案を却下したではないか。半日しか経っていないのに、一体何だと言うのだろうか。

ただ、合同委員会を設置できたのは、良かったことは確かだ。とにかくアイルランドが困っていたのだ。アイルランドはEU加盟国である。それに経緯はともかく、離脱協定が守られることになったのは朗報である。

ジョンソン政権の意図はなんだったのだろうか。そしてイギリスではどういう反応だったのだろう。半日のうちに、下院の投票で結論を出したことを、英担当官がブリュッセルで覆してしまったのだ。そんなことがあっていいのだろうか。

イギリス側の意図

イギリスの反応を見ると、かなりびっくりした。

EU離脱派の牙城ともいうべき大衆紙『ザ・サン』はどう書いているのだろうか。

本日のニュースは、現在進行中のブレグジット協議を後押しするものであり、最終的には全体的な合意が成されるのではないかとの期待感を高めている。

EU・英国合同委員会の共同議長のマロシュ・シェフコビッチ欧州委員会副委員長とゴーヴ英担当相は、昨日、歴史的な合意に向けた交渉を行った。

シェフコビッチ氏は本日の合意を歓迎し、「これでFTAの議論に前向きな機運が生まれることを願っている」「我々は道筋から1つの大きな障害を取り除いたので、これによって前向きな結果が得られることを期待している」と述べた。

詳細は明日にも明らかにされる予定だが、英国当局者は、これは重要な瞬間だと述べた。

英国政府関係者は、チームは「建設的で現実的」であったと付け加えた。

彼らは「我々は、あらゆる状況で適用されるパッケージについて原則的に合意に達したことを嬉しく思う。これは、英国の税関領域における北アイルランドの地位を保護し、和平プロセスを維持し、北アイルランドの人々や企業に確実性を与えるものだ」と述べた。

英担当閣僚が妥協したことを、ちっとも怒っていないし法的にも問題視していない。すでに織り込み済みとでもいわんばかりである。それに自画自賛しすぎではないだろうか。

さらに、この合意はずっと続いているブレグジット交渉とは別のものであること、そちらのほうは行き詰まったままであると認めたのちに、以下のように続けている。

ジョンソン首相は今日、彼はまだ合意することに「希望をもっている」と述べたが、合意を得るために絶対に英国の主権を放棄しないと誓った。

さらに面白いことに、ここまでの経緯を同紙はこう説明している。

ーマイケル・ゴーヴは昨日、ブリュッセルで彼の交渉相手と会い、合意が行われた場合、離脱法の物議を醸す部分を撤回することを申し出た。合意のため、圧力を重ねるためだった。

ーしかし、国会議員は、深夜の庶民院(下院)の投票の後、国内市場法の嫌われている部分を元に戻すことに投票した。

ー首相は今日、新型コロナのワクチンの初公開を見るために病院を訪れながら話をしていた。

つまり、訳のわからない経緯になったのは、議員が政府とは違う行動をとったからで、首相は一人目のワクチン接種者のために忙しく、それどころではなかったのだーーと言いたげである。

いやいや、そんなことある訳ないでしょう・・・。すべて計算済みに決まっている。事情が段々飲み込めてきた。これは、右手で力の限り殴っておいて、左手で握手を求めるという、あの手法ではないだろうか。俗に「瀬戸際外交」と言い、日本の某隣国がよく使う手である(こちらはずっと洗練されているが)。「あの夜の下院の採決は、そういう手法の一環だったのか・・・」と思うと、合点がいく。

イギリス人の間でも、合意は必要で、イギリス側が不利な立場にあるという自覚はあるようだ。

ただ、それでもまだスッキリしない。

条件をつけた?

そんな時『ガーディアン』に興味深い記述をみつけた。注目に値すると思う。引用してみたい。

トレイをクリアにして、合同委員会は、将来のブレグジット紛争について裁定するための仲裁パネルの構成に関する決定も明らかにした。

「相互に合意された解決策に鑑みて、英国は英国国内市場法案の第44条、第45条、および第47条を撤回し、税制法案には同様の条項を導入しない」と声明は述べている。

この取り決めは、ゴーヴ氏(英側)とシェフコビッチ氏(EU側)が議長を務める英EU合同委員会の会合で決められた。この委員会は、1月に署名された離脱協定の北アイルランド議定書や他の部分を履行するために委任されたものだ。

ある政府筋によると、特に議定書の条件の下での(北アイルランドへの)国家援助の適用について、英国はEUの立場に大幅な転換を達成したと信じているという。

しかし、2つの情報筋は、デア・ライエン委員長との会談に向けて友好の「読みとりすぎ」をするべきではないと警告した。合意は追加の友好を意味するが、それはまた、合意なしの道筋もスムーズにするのだと。

「昨日、条項撤廃の条件を設定したことから、我々が望んでいたすべての分野で良い結果が得られたと推察できると思う」と政府筋は語った。

「我々は、条項はセーフティネットとして存在すると常に言ってきたが、我々が好んだのは、合同委員会を通じて、合意と現実的な解決策を見つけることだった」

間違いないのは、英国側は北アイルランド条項を「人質」にとることで、何か条件を出した。それがEU側に受け入れられたかどうかは、英国側の言うことはうのみにできず、不明である。英国側はおそらく、この「合同委員会」を何か北アイルランド議定書以外の目的に使おうという意図をもっているのではないか。

それでは、条件とは何だったのか。

北アイルランドだけではない国家の補助金に関することなのか、EUの主張する欧州裁判所での紛争解決ではなく、ここでの「仲裁型」の紛争解決を目指しているのか・・・せいぜいこの程度しか想像がつかず、よくわからない。

とにかく政府は、北アイルランドを「人質」にとって、下院の採決までも使って瀬戸際外交に臨み、何か目的を果たそうとしていたのだろう。それが合意を目指すものなのか、それとも合意をしないことを想定した上で「最低限必要な枠組み」を英国に有利につくろうとするものなのか、こちらも不明である。ただ、残された時間から考えると、後者だろう。

ごく近いうちに明らかになるかもしれない。

あと1日しかない・・・

ヨーロッパ側の認識では、ジョンソン首相が妥協をしてきたのだ。7日には、この1ヶ月で最もユーロ高ポンド安となったが、8日はまた落ち着いた。

そして双方において、今回の解決で多少は安心した雰囲気が出たとはいえ、合意に影響するとは考えにくい、それは別問題という認識は共通している。

漁業に関しては、硬直している英仏海峡沿岸部の国々に対して、スペイン外務大臣が仲裁に入っているという情報もある。

ジョンソン首相とデア・ライエン委員長は、いよいよ本当に最後のデッドラインの9日夜、会談をもつことになっている。

決着をつけるために委員長と会談を望むなんて、トランプ大統領そっくりだ。しかしトランプ氏と違ってジョンソン首相は、欧州委員会の委員長という立場がどんなものか知っているだろうに。

とまれ、あともう1日しかない。EUが「単一市場のための公正な取引条件」で譲ることは決してない。あとはもう、ジョンソン首相が譲歩するか否かだけではないだろうか。

【追記】9日(水)の最終日も、もうお昼ご飯をすぎた時間になった。あまりにも情報が入ってこない。推測だが、両者は「合意がない場合の双方の枠組み」をつくっているのではないだろうか。英国は主権を譲らないし、EUは単一市場の絶対条件である公正な競争の条件を譲らない。そういう意味では、合意はなしなのだ。

でも、両者の関係を断絶させないための枠組みはつくる。別の言い方をすれば、合意なしになったが、今まで合意がとれている膨大な条項や項目のどこを有効にし、どこを無効にするか、どこを新しい枠組みにし(双方に妥協と新しい進展があるかもしれない)、どこをこれからの課題にするか、整理して決めているのではないだろうか。

それを首脳会談で確認して、もしかしたら発表するーーそんな感じがしてならない。

ちなみに首脳会談には、バルニエ氏とフロスト氏も出席する。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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