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EU機関がコロナ感染症でイブプロフェンのリスクを認める:取説書の内容変更を指示。

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
(写真:アフロ)

イブプロフェンは、新型コロナウイルス感染症が心配なときに、服用してもいいのだろうか。

3月15日にフランスの厚生大臣がツイッターで発信して以来、誰もが気楽に買うことができる市販薬に含まれているイブプロフェンは、世界中で大問題となっていた。

参考記事:コロナウイルスにかかったら飲んではいけない薬:フランスの厚生大臣が発表

5月11日、欧州連合(EU)の機関である「欧州医薬品庁」(EMA)が、正式な結論を公式ホームページ上に発表した。

正確には、この中にある「欧州医薬品安全対策リスク評価委員会」(PRAC=The Pharmacovigilance Risk Assessment Committee)の仕事である。

「イブプロフェンおよびケトプロフェン:そして固定(一定)投与の組み合わせがもたらす、深刻な感染症の症状の憎悪(悪化)について」というタイトルがついていた。結論は以下のとおりである。

「合併症のリスクは除外できない。感染症の症状を隠してしまうことにより起こる合併症は、イブプロフェン、およびケトプロフェンを含む製品の使用と密接に結びついている。よって、製品情報の注意書きを修正しなければならない」。

というわけで、今後EU加盟国でイブプロフェン(とケトプロフェン)が含まれた薬を市販で売る際には、中に入っている取り扱い説明書に、新たな注意書きを載せなければいけないことになった。

欧州医薬品庁の決定の訳

それでは、誤解がないように、欧州医薬品庁の決定部分を以下に訳すことにする。

原典:欧州医薬品庁の公式サイト(Ibuprofen; ketoprofen; and fixed-dose combinations -- Serious exacerbation of infections)

1.2. イブプロフェンおよびケトプロフェン:そして固定(一定)投与の組み合わせがもたらす、深刻な感染症の症状の憎悪について

勧告

「欧州医薬品安全対策リスク評価委員会」は、有効なデータに基づいて、結論を出した。

合併症のリスクは除外できない。感染症の症状を隠してしまうことにより起こる合併症は、イブプロフェン、およびケトプロフェンを含む製品の使用と密接に結びついている。よって、製品情報の更新が必要だとみなされる。

感染の兆候と症状をマスキングすること(隠すこと)は、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)のよく知られたリスクである。いくつかの研究データが示しているのは、そのリスクは、臨床的には、細菌性の市中肺炎(CAP)と水痘の合併症に主に関連している。

したがって、このリスクについて現在の注意書きを更新する必要がある。

イブプロフェンおよびケトプロフェンを含有する医薬品の市販承認取得者(MAH)は、系統生産の製品情報を以下のように修正するために、バリエーションを6カ月以内に提出しなければならない。

このテキストは、イブプロフェンおよびケトプロフェンを含む医薬品の製品情報に載っている既存の言葉に、国レベルで適合させるべきものである。

(「製品の特性のまとめ」の所は、以下とほとんど同じなので、訳を省略する)

箱の中の説明書

2. 警告と注意

次の場合は、薬剤師または医師にご相談ください。

[中略]

感染症にかかっている場合は、下記の「感染症」の見出しを参照してください。

[中略]

感染症

【製品名】は、発熱や痛みなどの感染症の兆候を隠す場合があります。したがって、【製品名】が感染症の適切な治療を遅らせ、合併症のリスクを高める可能性があります。これは、水痘に関連する細菌性の皮膚感染症と細菌によって引き起こされる肺炎で見られます。感染症にかかっている状態でこの薬を服用し、病気の症状が持続または悪化した場合は、直ちに医師の診察を受けてください。

大きな進歩

天下のEU機関が「(新型コロナウイルスを含む)感染症では、イブプロフェンの服用は気をつけるべきものだ」と公式に認め、一般の市販薬に注意書きを義務付けたことは、大きな進歩だと思う。

確かに、「それで、どうすればいいの?」という思いは残らないでもない。

今回の決定は、新型コロナウイルスを含むが、感染症一般に対するものである。ところが、目下の新型コロナウイルスでは、「感染症にかかっている状態でこの薬を服用した場合は」と言われても、かかっているのかいないのか、わからない、簡単に検査もできない、そしてまだ決定的なワクチンも治療薬もない、という所に問題があるからだ。

でも、EUが明確な指針を出して市販薬にも注意を促してくれるのは、大変ありがたい。イブプロフェンでは、世界中が何を信じていいのかわからなくて、不確かさに振り回されていたのだから。

以前スペインとポルトガルの反応を紹介したが、EU27加盟国は、今後「欧州医薬品庁」の決定に従うことになる。こうしてEU加盟国では、コロナを含む感染症において、イブプロフェン(とケプトプロフェン)を含む薬の使用と取り扱いが、ますます注意深いものとなって、規制がかかっていくだろう。

今回の改正はEUの話で、日本ではないが、このEUの決定は、間違いなく日本にも影響を及ぼしていくに違いない。ヨーロッパから直接的に日本の医薬学会や厚労省に、または「医薬品規制調和国際会議」の場で。

世界の基準づくり

世界では、「誰が世界の標準・基準をつくるのか」で大きな競争がある。基準をつくった者が、その業界を支配、あるいはリードできるからだ。

「医薬品規制調和国際会議」では、アメリカとEUと日本が三巨頭となっている。特に米と欧が強い。

あらゆるジャンルで、アメリカとEUは協力しながらも、世界のルールづくりのリーダーとして激しく争っている。

そして現在では、EUの決定が「世界の標準」に及ぼす影響は、とてつもなく大きくなっている(このことは、筆者のソルボンヌ大学の修士論文のテーマだった)。先進国が多く、27カ国で結束しているからである。

アメリカとEUは対照的である。

アメリカは、自由を重んじる国だ。スーパーでも薬を買える国であり、国民皆保険制度が存在しない。

そして、ハイリスク・ハイリターンをいとわない。よく「アメリカだと◯◯の治療を受けられるから、大変高額だけどトライしたい」という重症患者の声を聞くだろう。このようなことは、日本やヨーロッパでは、あまり期待できない。

アメリカの思想は、新薬開発には向いている。もしかしたらコロナの特効薬はアメリカで生まれるかもしれない。

でも、一般市民が平等に健康、既存の薬のリスクといった話は、EUのほうが向いていると思う(このように自由と平等は、両立は理論的には不可能である。民主主義国は、この両極の間のどこかでバランスを取っている)。

日本人は、今回のEUの決定に耳を傾けて、決して損はないはずだ。これが後々世界標準になる可能性は、極めて高いからである。

警告に感謝

最後に。

フランスのヴェラン厚生大臣には感謝したいと思う。大臣のツイッターは、世界中の人々に「自分の飲む薬にもっと注意を払うべきだ」という大きな警告を与えてくれた。

国を問わず多くの一般人は(筆者もそうだが)、アセトアミノフェンとイブプロフェンのリスクの違いなど、よく知らない。日本では、ただ薬の箱に書かれていることと、キャッチコピーのイメージで、ドラッグストアで自由に薬を買っている状態なのだ。

しかも、同じ製品シリーズ名なのに、こちらはアセトアミノフェン、あちらはイブプロフェンで、実は根本的な成分とリスクが全く異なるなど、紛らわしいことこの上ない。

今回のEUの決定に対する医学的批評は専門家に任せるが、世界中から情報を集められる現代において、一般人もウカウカしていられない。

私たちは、「情報を判別する能力」(情報リテラシー)を身に付けていくことが、厳しく求められる時代に生きていることを、忘れてはならないと思う。今回のコロナ問題ほど、この能力が自分の身を守ることにつながると、思い知らされたことはなかった。

世界的に解除の方向に向かうのは嬉しいことだ。これからも油断せずに、危機を乗り越えていきたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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