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イブプロフェンに対するスペイン・ポルトガルの反応。5月のEU機関の発表とは:新型コロナウイルス問題

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
欧州医薬品庁EMAのトップGuido Rasi氏。ローマ大学で微生物学教授だった(写真:ロイター/アフロ)

3月14日、フランスの厚生大臣オリヴィエ・ヴェラン氏が、ツイッターでイブプロフェンに対して警鐘を鳴らしたことは、既にご承知だと思う。

コロナウイルスにかかったら飲んではいけない薬:フランスの厚生大臣が発表

翌日15日(日)から、早くも近隣国の公的機関から発言が出始めた。まずはスペインとポルトガルである。

やはり同じラテン語仲間で、言語が似ているせいだろう、反応が早い。

おそらく、たった1日も経たないうちに、仏大臣の発言はものすごい勢いでソーシャルメディアで広まっていたのではないか。

参考記事:コロナウイルスにリスクのある薬、イブプロフェンをめぐる世界の情報錯綜を整理【1】ドイツとオーストリア

スペインとポルトガルの反応

スペイン医薬品・保健製品安全庁は、翌日15日に声明を発表した。スペイン厚生省のヘッダー付きである。

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3つのポイントを挙げている。

・イブプロフェンやケトプロフェンと、感染症の悪化が関係ある可能性があるかどうかは、欧州連合(EU)全体で、特定の機関(*下記参照)で、現在評価をしている最中です。

・慢性疾患で、イブプロフェンやケトプロフェンで治療を受けている患者は、やめてはいけません。

・ガイドラインでは、発熱の治療にアセトアミノフェンを使用することを最初の選択肢として推奨していますが、軽度の症状の治療におけるイブプロフェンの使用は禁忌ではありません。

さらに詳しい説明の中では、こう述べている。

現在、イブプロフェンまたは他の非ステロイド性抗炎症薬が、新型コロナウイルス感染症の悪化を引き起こす可能性があると確認できるデータはありません。

そのため、これらの薬で慢性疾患の治療を受けている患者が、これをやめる理由はありません。

ポルトガルの厚生省も、声明を発表した。ヴェラン仏大臣のツイートの2日後の月曜日だった。フランスの『リベラシオン』が報じた。

「フランスの厚生大臣が、土曜日にソーシャル・ネットワークで公開したもの」に直接答える形だった。

ポルトガル医薬品・保健製品安全庁は、イブプロフェンが新型コロナウイルスの作用を強めるという証拠がないと確信している。関係者に治療をやめないように要請する、と述べた。

そしてスペインと同じように、イブプロフェンの悪化効果については、EU機関(*)で評価中であると答えた。

欧州内の二つの異なる立場

ややこしいが、これらの欧州の国々の言い分は、どこが同じでどこが違うのだろうか。

『リベラシオン』によると、EU内には二つの異なった立場がある。

フランスは、予防策として、専門家のフィードバックを元に、コロナウイルスのような感染症の場合には、イブプロフェンを服用しないようにアドバイスしている。

一方で、スペイン、ポルトガル、そしてオーストリアは、今日の段階ではイブプロフェンが新型コロナウイルス感染症を悪化させうるという確立された証拠はないので、一般市民はイブプロフェンを使った今の治療をやめなくてもいいと言っている。

わかりにくいが、この「イブプロフェンを使った今の治療」とは、医者の処方のもとに行われる治療ではなくて、市販薬を使った治療のことを指しているのだろう(医者の処方によるイブプロフェンの投与は、フランスでも行われている)。

これは、「セルフ・メディエーション」=自分で行う治療=医者に行かずに自分の判断で薬を自由に買って飲む治療、と呼ばれる。

両者が異なっているのは、ここであると言えるだろう。一般の人が医者の指示なくして、イブプロフェンを服用していいのかどうか。

逆に、フランスも、スペインもポルトガルも一致しているのは、「発熱した場合の対処療法としては、最初の選択肢はアセトアミノフェン(パラセタモール)を使用する」という点であるという。

「エビデンスがない=安全」か

それにしても、今まで多くの公的機関が、イブプロフェンのリスク問題に対して回答を与えてきた。

そのほとんどどれもが「証拠(エビデンス)がない」「データがない」「報告がない」であった。

少なくとも筆者が見てきた範囲では「安全です」と明言していた機関は、一つもなかった。

果たして「エビデンスがない=安全である」なのだろうか。

未知のウイルスの登場で、現場は医療崩壊とまで叫ばれているほど大変なのに、確実なデータを集めて、誰もが証拠と採用できる論文なんて書けるのだろうか(厳密には、データと報告は違うだろうが)。

政治の力は大きい。フランスでは、国の姿勢が上記のとおりだし、イブプロフェンもアセトアミノフェンも薬局でカウンターの後ろに置かれるようになったので、「リスクがある」は常識となりつつある。

仏厚生大臣のツイッターの後、しばらくは「慢性疾患があって、医師の処方でイブプロフェンを服用している人は、勝手に服用をやめないで、必ず医師に相談してください。勝手にやめると、持病の疾患のほうに悪い影響を与える可能性があります」と、盛んに情報発信が行われていた。

「医者から処方されているが、恐くて飲めない」という人々が続出したのだろう。まったく同じ反応が、日本で筆者の一報の後に起こった(責任の重さに心臓が縮みました・・・)。

しかし、最近ではまた別の流れがある。

3月22日、南仏のニースで28歳の男性が、新型コロナで亡くなった。当時は最も若いフランスの犠牲者だったこともあり、ニュースになった。

急速に発症した急性呼吸窮迫で、救急車がかけつけたのだが、間に合わずに自宅で亡くなった。検査で新型コロナウイルスの陽性反応が出た。彼は、最近椎間板ヘルニアを患っており、イブプロフェンで痛みを和らげていた。

これを受けて、ニース中央病院の医療委員会長であるティエリ・ピシェは、地元紙『ニース・マタン』で、抗炎症薬とコルチゾンの使用は「新型コロナウイルスを保有する人にとって、呼吸器症状の悪化の原因となる、非常に現実的なリスク」を提示していると警告した。

彼の死は、医師の処方であっても服用には注意を払い、少しでも異常を感じたら医者に相談するべきだという教訓になっているだろう。

ちなみに、これに合わせて筆者の原稿でも、警告文を書き換えている。

筆者が「おや?」と思ったのは、この若い男性は間に合わなくて自宅で亡くなったのに、コロナ陽性と判明している。ということは、死後に検査が行われたのだろうか。

もし検査が行われなかったら、コロナによる死亡の人数に加わらなかったのではないか。フランスの国の指針として「イブプロフェンのリスク」が言われているので、医療崩壊の危険にさらされている中、死後の検査は行われたのだろうか・・・もしそうなら、政治は「事実」を変えると言えるだろう。ぜひ知りたいところである。

政治は社会と人々の意識を変える力がある。権威は人々を従わせる力がある。だから責任はとてつもなく重い――特に生命がかかわる場合には。

薬の評価の難しさ

今回スペイン当局は、大変興味深いことを明言している。

入手可能な情報では、イブプロフェンは、感染症の初期症状を治療するために使用されるため、関連性が存在するのかどうかを判断するのは複雑です。因果関係を構築するのは、簡単ではありません。

初期症状とは、発熱とか咳とか、そのようなものを指すのだろう。

フランスの『フィガロ』が以下のように述べていたのは、以前の記事でも紹介した。

情報は現在、集中治療室入院をした患者に対する観察のみに基づいています。

医師達は、そこで「大量の非ステロイド系抗炎症薬の服用」について報告しています。特に併存疾病のない若者で、重篤な状態になった患者についてです。

しかし、重篤な状態の患者が、他の患者よりも多くの非ステロイド系抗炎症薬を服用したかどうかは、不明です。

これらの製品は、非常に広く自己判断で使用されています。非ステロイド系抗炎症薬を服用していても、(集中治療室に入らない)命にかかわらない状態の患者は、おそらく医療関係者のレーダーの下を通りすぎるだけでしょう。

そのため、これらの薬が本当にこういった重篤な状態の原因かどうかを知ることは、現状では困難です。

「EU機関の評価待ち」とは何か

欧州には欧州にしかない特徴がある。それはEU機関(*)の存在である。

スペインもポルトガルも「EU機関で現在検証中」と挙げている。

5月に結果が出る予定である。

EU機関とは「欧州医薬品庁」(EMA)のことで、正確には、この中にある「欧州医薬品安全対策リスク評価委員会」で行われる。(PRAC=The Pharmacovigilance Risk Assessment Committee)

この評価とは、フランスの医薬品・保健製品安全庁の要請により行われている最中である。

スペインやポルトガルは「今のところ確たるデータはないが、ここでの結果を待つ」と言っている。

EUというのはそういう所だ。自分の国で良い政策が実現すれば、それを今度はEUの決まりにしようとするのである(いずれはEUの力で世界のスタンダードにすることも視野に入っているだろう)。

ただし、このリスク評価要請は、新型コロナウイルスを受けてのものではない。

もともとフランスは、新型コロナウイルスの発生前から、イブプロフェンやケプトプロフェンが感染症を悪化させる可能性がある、これらの薬を自由に買えるような場所に置いて売るべきではない――と主張していたのである。

フランス厚生大臣がツイッターで警鐘を鳴らしたのは、一般的に「感染症」の際にイブプロフェンに注意するべきだという文脈であり、まだ効果が解明されていない新型コロナウイルスに固有というわけではないと、『リベラシオン』は説明している

参照記事:「コロナウイルスで飲んではいけない薬:【2続報】フランスのイブプロフェンとアセトアミノフェン使用の指針」

待たれる5月の発表

5月の評価発表が、どのようなものになるかはわからない(現況のために遅れる可能性もあるだろう)。

新型コロナウイルスに関して何か述べられるのか、あくまで今までの感染症一般に対して結果が出るのか。

後者の場合、「新型コロナウイルスだって感染症だ。EUの評価結果は、新型コロナにも適用されるべきである」という意見と、「いや、新型は新型だ。まだはっきりと解明されていない以上、今までのものとは切り離して考えるべきだ」という意見に分かれるのではないだろうか。

いや、内部では既にこのような議論があるに違いない。

スペインは、前述の声明でこう述べている。

イブプロフェンを含む薬のテクニカル・データシートは、この薬が感染症の症状を覆い隠し、診断を遅らせる可能性があること、そのために、症状が現れるのは病気がさらに進行した段階になってしまう可能性があることを既に示しています。

このことを、スペイン医薬品・保健製品安全庁は認識しています。ただ、これは感染症一般のことであり、特に新型コロナウイスル感染症に固有のことではありません。

こうして見ると、フランスとスペインの言っていることは、それほど大きな違いはないように見える。

最も大きな違いは、一般の人が非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)を自由に服用していいのかどうか、である。

議論の焦点は、「これらの薬は、誰もが自由に買うことができる状態で販売されてもいいのかどうか」という点になるのかもしれない。

EUという場所

あくまで筆者の予測ではあるが、おそらく5月予定の結果に関して、反対する利権の力は相当不利なのではないか。

EUというのは、すごい所である。まとめるのは大変だが、まとまるとこの上なく強い。だからこそ現在、アメリカを焦らせるほどの「世界のルールづくりのリーダー」となっているのである。

もともとEU機関というのは、生命に関することには大変厳しい傾向がある(環境問題もしかりである)。これは人権意識の高さのためだと思う。

そこにきて、このコロナ危機である。

確かに、各国レベルでは利権の力は強い。そしてもちろん、利権側はEUレベルで団結した団体をもっていて、ロビー活動をしている。

しかし、反対勢力側もEUレベルで団結している。特に市民団体の力は強く、ロビー活動に対して大きな批判がある。

ところが不思議な事に、一カ国内だと、隠れた所で癒着や腐敗が進むことでも、27カ国も集まるとそういうことが起きにくいという特徴がある(無いとは言っていない。比較の問題である)。

以前読んだEUロビイストの本には、産業側のEUレベルの団体を悪の権化みたいに言う人達がいるが、決してそんなことはない――と書かれていた。

何となくわかる気がする。27カ国の違う国、違う言葉、違うが似た文化の人達が集まるので、EUは制度としてクリアさと情報公開を求める志向が大変強い。

加えて、1カ国内と異なり、この環境でコソコソやって希望を実現させるには限界があり、何かとクリアな議論になる傾向があるのだ。

これは、人命にとっても環境問題にとっても、そして産業にとっても、とても良いことではないか。

ともすれば私達は「産業側が、自分たちの利益のために正当な評価を邪魔しようとする」みたいに思いがちである。でも、「人命や環境のために」、ある物にEUで制約がかかれば(薬でも化学薬品でも)、産業側は新しい状況に対応しようと新製品を開発しようとする。

「そんなの日本だって同じだ。でも腐敗はなくならない」と思うかもしれない。確かに、日本でも欧州でも腐敗は常にある。しかし、EUが世界のルールづくりに及ぼす影響は巨大である。いち早く新製品を開発したことにより、世界の市場をリードできる可能性がより大きいのだ。ここがガラパゴス日本と、EUの政治力との最大の違いである。

国連機関はというと、加盟国が多すぎて、レベルの幅が広すぎる。結局一部の人間や、大国、金持ち国の力が大きくなる。おまけに、拘束力や罰則がほとんどない。

EUには独特の長所と力がある。

5月に欧州医薬品庁(EMA)はどのような結果を発表するのだろうか。アメリカと違って一足飛びの決断は全く期待できないが、利権にからみとられない人命を重んじる正当な評価は、期待してみてもいいのではないかと思う。

参考記事

コロナウイルスでリスクのある薬【前編】:日本薬剤師会が参照としている資料の内容とは/WHOとEMA

コロナウイルスでリスクのある薬【後編】:日本薬剤師会が参照としている資料の内容とは/フランスANSM

●EU機関「欧州医薬品庁」(EMA)の結論(同年5月):EU機関がコロナ感染症でイブプロフェンのリスクを認める:取説書の内容変更を指示。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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