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欧州/EUはコロナウイルスにどう対処している?国境は開放したまま?:イタリアで感染者増大

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
EUの健康・食の安全担当委員ステラ・キリヤキデス。キプロス出身(写真:ロイター/アフロ)

イタリアでの感染者の増大を受けて、欧州連合(EU)はどういう対策を取っているのか。

隣国は「イタリアとの国境を閉じろ!」という要求はしないのだろうか。しているのなら、国境管理が無い移動を欧州統合の大きな柱としているEUは、どう反応しているのだろうか。

また極右が嘘の発言

極右の人たちは「国境を閉じないのはEUのせい」と攻撃する傾向がある。

フランスの極右と呼ばれる「国民連合」党のマリーヌ・ルペン党首は、相変わらずの調子だ。

「この問題で、EUが一言も言わないのが驚きだ。EUなんて何の役にも立たない。唯一言ったのは、国境管理の実施を非難することだけだ」

「EUの指導者たちは、国境がないというのが強いイデオロギーなのだ。ほとんど宗教である」と発言したという。

しかし、これは完全に間違いである。インチキ発言のたぐいである。

結論を言うと、イタリアの隣国も含めて、EU加盟国のどの国の政府も首脳も、「国境を閉じるべき」という要請をEUにしていない。

通知するだけで良い

実は、人と物の自由な移動を保証して管理する「シェンゲン協定」は、例外的な条件下では、国境管理を認めている。

しかも、EUに承認してもらう必要すらない。通知するだけで良いのだ。通知するだけで、各加盟国は、国境管理を取り戻すことができる。

具体的には「公共の秩序や、内部の安全に関わる深刻な脅威が発生した場合は、関係国は、例外的に国境管理を再導入することができる。最大30日間(規則で定められた条件下で延長可能)、あるいは重大な脅威が予見できる期間である。この手段は、最後の方法として取られるべきだ」―ーとある。(正確には、EUと欧州評議会に通知する義務がある)。

実際に、2015年11月のテロの際にフランスが、移民危機の際にはドイツ、オーストリア、デンマーク、スウェーデン(とノルウェー)が、この措置を発動して、国境管理を復活させたことがある。

「シェンゲンの危機」と呼ばれたが、その後、EU機関と関連国首脳や大臣の努力によって克服された。

党首ともあろう者が、全く無知で全くのデタラメをべらべらとしゃべるのは、本当に困ったものだ。

党首の発言というのは、それだけでニュース性がある。うっかりすると、メディア側が全くのインチキ、全くの嘘を、一般に広めてしまうことになるのだ。こういう時代には、メディア側の知識やチェック体制が、とても重要になる。

イタリアを囲んで合意済み

今回はどうだろうか。移民とウイルスは違う。

EUとイタリア、フランス、スイス、オーストリア、スロヴェニア、クロアチア、ドイツの閣僚が会合を開いた。すぐ後の2月24日、イタリアのスペランザ保健相は、イタリアの近隣国は「国境を開放したままにしておく予定である。なぜなら、閉じることは間違いであり、不釣り合いだからだ」と述べた。

さらにEUの健康担当委員(大臣に相当)キリヤキデス氏は「この状況に真剣に取り組む必要がありますが、パニックに陥ってはならないし、もっと重要なのは、誤った情報に踊らされないことです」と語った。ル・モンドが伝えた。

国境管理をしたければ、通知するだけでできるのに、どの国の政府も国境管理を厳格化して国境を閉じないのは、そういう措置をするのは非現実的だとわかっているからだろう。

日本だって同様である。島国の日本のほうがコントロールしやすいはずで、すべての飛行機と船舶を止めて鎖国状態にすれば、少なからず効果はあるように思える。

でもそんな措置をしようとはしない。日本も欧州も理由は同じである(今後どうなるかは不明)。

それにしても、ヨーロッパは大したものだ。EUという舞台があって、近隣国で民主的に話し合えるシステムが整っているのだ。東アジアはバラバラである。こんなときこそ、中国、韓国、北朝鮮、日本、香港、台湾、その他近隣国は、集まって率直に話し合って情報交換をし、協力して対策を立てるべきなのに。

集まって話す機構もないし、「自分の国だけで精一杯」と、集まろうとする意志もない。もっとも集まって話したところで、あれらの政治体制では疑心暗鬼に陥ってしまうに違いない。民主度とは、こういう時にも問題になる。

それでも、何か共通の対策くらいは立てられるはずだ。国境など関係ないウイルスを相手に、いつものごとく各国バラバラに動いている。ため息が出るばかりである。

国際的対応が速い

こんな東アジアだから、国際的な対応など望むべくもない。

この点に関してEUが取った対策は、「しかるべき機関に、大金をさっと投じる」である。

具体的には、以下のものがある。

◎1月28日 コロナウイルス危機について伝える。欧州市民が中国から帰還するために「市民保護メカニズム」を発動することを発表(日本人の帰還1機目は1月29日武漢発)。

◎1月31日 研究とイノベーションを促進するためのプログラム「Horizon 2020」において、ウイルス研究の支援プログラムに1000万ユーロ(約13億円)の助成を行うことを決定。

◎2月10日 国際協力と強調を強化することを呼びかける。

◎2月12日 「雇用、社会政策、健康、消費者」評議会(EPSCO)の臨時会議を発表。

◎2月24日  2億3200万ユーロ(約300億円)の特別基金を使うと発表。内訳は、世界保健機関(WHO)に1億1400万ユーロ、医療研究に1億ユーロ、アフリカでの疫学的調査に1500万ユーロ、そして中国からの帰還に300万ユーロ。

さらに、欧州疾病予防管理センター(EU機関。本部はスウェーデン)でリスク評価を更新し、イタリアの状況を調べ、今後のシナリオと行動を考える。

――このように、EU27加盟国で共同の措置をとるだけではなく、WHOへの緊急支援も忘れない。

そういえば、日本からの国際支援は、中国への支援はニュースになったが、他が聞こえてこない。

調べてみると、モンゴルへの支援があった。実施中の技術協力プロジェクトの枠組みで、個人防護具(総額300万円相当)を現地で調達し、モンゴル保健省に引き渡したとのこと。JICA(国際協力機構)の働きという。

こういう事態が起きると、さっと国際レベルで動くのは、EUの強みだと思う。アメリカほどの大国で、多国籍出身者が集まる国ならともかく、たった1カ国では、できることも見えることも、どうしても限られてしまう。27カ国が協調しているために、あらゆる国際舞台でEUの存在感が増すのには、もっともだと感じる。

1カ国は心細い

今後、誰がコロナウイルスに効く医薬品を開発するのだろうか。

おそらく、アメリカか欧州(EU内)で開発されるのではないか。どちらも技術力、資金力、国内と国際の両方の政治力・行動力・組織力・影響力、すべてが群を抜いているからだ。

欧州は、もしEUという機構がなかったら、ここまで大きな力は持てなかっただろう。

日本は技術力だけはあるが、その他が乏しすぎる。中国は、発生源としての特別な情報があれば、可能かもしれない。

医薬品といえば、世界でアメリカ(と日本)の団体と並んで巨大な力をもっているのは、「欧州医薬品庁」である。ヨーロッパの医薬品の行政を担当する、EU機関である。

これはイギリスにあった。しかしブレグジットで、オランダに引っ越してしまった。周りにあった関連団体もごっそりと移転。

ジョンソン首相は、独自の規制をつくると息巻いているが、医薬品もそうなのだろうか。どこまでたった1カ国でできることやら・・・。やれるものなら、お手並みを拝見したいものだ。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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