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なぜジョンソン英首相は総選挙をしようとするのか。羊の群れの議員たち:イギリス・ブレグジット問題で

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
豪雨の影響でダム決壊の恐れがあり、ジョンソン首相が8月に現地を訪問した様子。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

いよいよブレグジット問題が大詰めである。

合意なき離脱の阻止を狙う法案が、野党(労働党)を主にした超党派によって議会に提出されようとしている。

昨日3日、英下院で「合意なき離脱」を阻止する超党派の動議が行われた。328票対301票の賛成多数で可決された(棄権は17)。

これから法の成立に向けて、議会は動いていくのだろう。

内訳は以下のとおり。

◎動議に賛成(=合意なき離脱を阻止)

・労働党 240

・スコットランド国民党 34

・保守党 21

・自由民主党 15

・変化のための独立党 5

(※揺るぎのない親EUとして労働党から独立)

・プライド・カムリ 4

(※ウエールズの独立を目指す党)

・緑の党 1

・無所属 8

◎反対(=合意なき離脱もやむなし)

・保守党 286

・DUP 10

(※北アイルランドの強硬英国派)

・労働党 2

・無所属 3

ただし、時間がない。BBCニュースによると、下院でひとつの法案が審議・投票されるまでには数週間がかかるが、今週は3日間でその全てのプロセスが行われる可能性があるという。

この動議成立を受けて、ジョンソン首相はピンチだというような風潮が高まっているが、本当にそうだろうか。こういう結果になることは、首相も政府も想定済みだったという感じが、筆者はするのだが。

ジョンソン首相は9月2日、もしこの法案が可決された場合、政府は総選挙を要求する可能性があると述べている。

コービン労働党党首は、この発言を受けて同日に行った演説で、「もし総選挙がくれば喜ばしいことだ」と語ったという。

しかし、トニー・ブレア元首相(労働党)は「これは『ゾウのわな』であり、はまってはいけない」とし、総選挙を行うならブレグジット問題が解決してからだと主張している。ジョンソン首相は、総選挙を言うことで、労働党が政権を奪い返す危険性を恐れる保守党の議員を引き留めようとしているというのだ。

これは具体的にどういうことだろうか。

保守党はどのように分裂しているか

読者の方々は、3月27日に下院で行われた「8つの示唆的投票」を覚えているだろうか。その中に、「合意なき離脱」というものがあったことも。

この数字が、何が問題なのかを理解する大きなカギとなる。

今から思うと、批判はあったものの、議会が主導権を握って投票に及んだことは、実に意味があることだった。バーコウ議長はなんて優秀なことか(余談だが、昨日3日と3月27日、彼は同じネクタイーー議場の状態を表すかのようなデザインのものーーをしめていた)。

この投票は「示唆的投票」、つまり法案採択のための投票ではなく、意思表示と言うかアンケートのような投票だった。保守党は一部の閣僚をのぞいて自由投票だったし、労働党も党が提案している重要なもの(再国民投票の実施など)以外は、自由投票だった。議員の本音が出た結果になったと言えるだろう。

今年3月27日の示唆的投票の結果

保守党議員に注目してほしい。本音ベースでは、合意なき離脱に賛成157、反対94、棄権62と、全くまとまっていないのだ。

【合意なき離脱】

◎賛成 160

◎反対 400

◎棄権 79

ーーーーー

◎賛成を党別で。

・保守党 157

・労働党 3

◎反対を党別で。

・労働党 237

・保守党 94

・スコットランド国民党 34

・独立グループ党 18

(※親EUとして労働党から独立)

・自由民主党 11

・プライド・カムリ 4

(※ウエールズの独立を目指す党)

・DUP 1

(※北アイルランドの強硬な英国派)

・緑の党 1

◎棄権を党別で。

・保守党 62

・DUP 10

・労働党 3

・労働党からの独立一派 3

・スコットランド国民党 1

太字にしたところは、政権党(保守党+DUP)である。

保守党の中は、本音ベースでは全くまとまりがない。当時「保守党内では、157人も合意なき離脱でいいと思っているのか!」「それじゃあこんなにメイ首相(当時)が苦戦するのは無理もない・・・」と驚いたのを覚えている。

メイ氏とジョンソン氏の戦略の違い

メイ前首相は、「EUと合意した内容を、なんとしても議会で通過させる」ことを目指していた。「合意ある離脱」側に軸足があった。そして、合意なき離脱の賛成派や棄権の人をとりこんでいく戦術だった。つまり、少数派に軸足があったのだ。

ジョンソン首相のしていることは、真逆である。「合意がなくても離脱はする」のほうに軸足があり、「合意が絶対なければいけない」派や棄権の人を取り込んでいこうとしている。ただし、彼は「合意なき離脱」は辞さないと派手なパフォーマンスをしているものの、それを望んでいるとは言っていないが。

戦略として見た場合、現首相の立ち位置はそれほど悪いとはいえないのではないか。なぜなら、合意なき離脱賛成のほうが、保守党内は多いのだ。反対94と棄権62の両方を合わせても、156である。賛成の157に1票(一人)及ばない。多数派に軸足があるほうが、安定する。

そのうえ首相は、党議拘束をかけて、野党が提案しようとする「離脱延期案」に賛成、または棄権する保守党議員は、除名にするという。これは相当重い。

確かに、「国家の危機」として、野党と協力してでも合意なき離脱を阻止しようとする一派は、保守党の中にいることはいる。フィリップ・ハモンド前財務相は代表格だ。

しかし、どれほどの議員が、欧州連合(EU)に対して確固たる信念をもっているのだろうか。はっきり迷いなく常に明確な「Yes、またはNo」をもっているのだろうか。この曖昧さには、証拠がある。

羊の群れの議員たち

メイ前首相は、最終的に議会での採択に失敗したものの、3度の投票ではどんどん味方を増やしていった。

メイ首相のEUとの合意案に対して保守党議員はーー

第1回目 賛成196 反対115

(※1月15日)

第2回目 賛成235 反対75

(※3月12日)

第3回目 賛成277 反対34

(※3月29日)

おかしな話といえば、あまりにもおかしい。

本音を言えば「合意なき離脱をしろ!」「合意なき離脱でかまうもんか!」と考えていた保守党議員は、157人もいたはずなのだ。それなのに、第1回目の投票で既にEUとの合意反対は115人のみ、終いには34人になっていた。つまり157−34で、123人もの保守党議員は「本当は合意なき離脱でもいいと思っているが、政府の方針に従って合意がある離脱に賛成」したのだ。

一方、本音を言えば「合意なき離脱は反対」と思っていた議員は94人いたはずなのに、昨日の動議では21人しかいなかった。つまり94−21で、73人の保守党議員が「本当はEUとの合意をもって離脱するべきだと思っているが、政府の方針に従って、合意なき離脱もやむなしに賛成」したのだ。

そしてトータルで筆者が声を最大にして言いたいのは、メイ前首相による3回目の採決では277人が合意ある離脱に賛成、半年後の今回の動議では286人が合意なき離脱もやむなし(=動議に反対)・・・。何なのだろうか、この人たちは。

こう言っては何だが、議員の投票なんて、こんなものなのだろう(日本だって同じに違いない)。議員といえども羊の群れ、政府の方針に順々だる。強いリーダーが求められるとは、こういうことなのだろう。

議員は各選挙区で、ブレグジット問題を叫んで当選したわけではない。長い待ち時間が問題になっている医療に、教育に雇用・経済・・・国民の関心が高い、重要で身近な課題は他にいくらでもある。

これはEU全体に言えることだ。人々は、EUの問題よりも、自分の生活に直結する問題が一番大事である。そこを見て議員や党を選ぶ。

だから多くの議員は、欧州・国際問題に詳しくもなく、ブレグジットに対する自分の意見なんて、一応あっても大して強くもない。だから首相や政府、党議拘束に従順だったり、説得に応じたりする。それがたとえ、国の運命を左右する真逆の内容にかわってもだ(きっと「どうするべきか、わからない」のだろう)。

こういう議員たちに「総選挙をするぞ。党議拘束をかけるぞ。野党と行動を共にしたら除名にしてやる」という脅しは、十分通用するに違いない。選挙で落選したら、次の日から失業者になりかねないのだから。

実際に、効果はあった。昨日3日の投票では、ここまで脅しているのに「造反」した保守党議員は、21人しかいなかった。メイ前首相が行った採択では、最後の3回目に34人、政府の方針に反する議員がいた。今回は21人になったのだ。13人減っているではないか。これは保守党内部のまとまりの点では、進歩ではないだろうか。

ジョンソン首相は、そういう議員たちの日和見主義をよく理解しているのだろう。だからこそ、10月末と期限をはっきり決めた。2つの脅しーー「合意なき離脱」という脅し、「総選挙になったら、あなたは除名されて落選するかもしれない」という脅しでもって、なんとかばらばらの党を1つにしようとしたのだろう。EUとの別の合意案も(そんなものがあるとして)、党内がまとまらなければ進めようがないではないか。

今後の不安材料は

それにしても、下院全体から見たら、たったの「半数+1」で、保守党+DUPと、野党は拮抗している。

この状況では、合意なき離脱阻止の動議は通るという前提で考えるのが普通だろう。だから政府は「合意なき離脱阻止が法案として可決したら、総選挙」と最初から言っているではないか。

メイ首相の合意案を葬ったのは、野党労働党だけではない。「絶対にEU離脱反対!」と考えていた人たちだったと言える。スコットランド国民党、プライド・カムリなどの地域政党も、この中に入っている。

彼らは今回労働党と歩調を合わせて、「合意なき離脱案を阻止」の動議に賛成した。こんなことになるくらいなら、メイ首相の合意案に賛成していればよかったのに・・・。

来るべき法案採決では、何がポイントになるのだろうか。筆者は「棄権がどのくらい出るか」だと思う。

労働党はどうだろうか。「示唆的投票」で3人の「合意なき離脱に賛成」が出たことは、当時驚きの話題になった。昨日の投票では、一人だけ保守党と行動を共にし、棄権が二人出ている。労働党が完全な一枚岩になれなかったのは、今後の法案採択で、どのような影響を及ぼすのか、及ぼさないのか。

昨日の投票で棄権した人は17人いたが、そのうちシン・フェイン党の7人はいつもいないので除く(アイルランド統一派で、議会への出席=女王への忠誠を拒否)。残り10人のうち、無所属が3人いた。与野党拮抗の今、この3人は重要な位置になるかもしれない。

DUP。北アイルランドの強硬英国派だが、3日の投票では、保守党と足並みをそろえて動議反対に投票した。しかし、法案採決の段階になったら、本当に最後まで行動を共にするのかは、注目に値する。なぜなら、彼らは「示唆的投票」では棄権していたからだ。党が違うので、党議拘束は通用しない。ここの議員は、今までほぼすべてのブレグジット関連投票で、全議員が一丸となって同じ投票行動をしている。彼らが棄権したら、保守党にとっては痛手である。

スコットランドからは、13人の保守党議員がいる。彼らはスコットランド議会においては「スコットランド保守党」という形になっている(同地議会では31議席もっている)。ここのトップのルース・ダビットソンが、8月末に「子供を産んだのに、家族に関わる時間がない」として、辞任してしまった。

(「家族と過ごす時間がない」は、ポール・マッカートニーがビートルズを脱退・解散したのと同じ理由であり、イギリスでは伝統の理由のようだ)。

あとは昨日「造反」した、21人の保守党議員の切り崩しだろう。意見を翻すことはもうないだろうが、棄権にもっていけないかどうか。

まだジョンソン首相の勝負は終わっていない。合意なき離脱の阻止は、本当に法は成立するのだろうか。

今後の日程

◎9月3日に開催予定だった議会が始まっても、9月9日の週から5週間、閉鎖するとジョンソン首相は宣言。首相は今、「9日から13日の間に閉鎖」と幅をもたせている。

◎10月14日にエリザベス女王の演説をもって再開(もし総選挙ならこの日と首相は言っている)。

◎10月17日はEUのサミットが開かれる。本当に31日に離脱するなら、これが最後の「合意がある離脱」の交渉のチャンスだ。

◎10月31日、合意があろうとなかろうと、EU離脱の予定。

EU側もうんざりしている。EU側の態度は、イギリス側から具体的な提案がない限り変わることはない。

それに、融和的なユンケル委員長が退くことが確定している中で、イギリス側から見ると、トップ不在と言えないこともなく、交渉はやりにくいだろう(といっても、ユンケル委員長が留任していたところで、彼は独断で何かを決めることはしないし、できない)。

ジョンソン首相は、官邸前の演説で、EUとの合意を目指していること、EUとの合意には明確なヴィジョンをもっていること(どんな?)、10月末の離脱の準備を固めることを強調したが、その前に分裂する党をまとめようと必死の段階である(そして確実にまとまってきている)。

総選挙発言、2つの意図

議会を閉鎖したのは汚名を残すような措置だったが、これを除けばジョンソン首相の手法は、悪いとは言い切れないところがあると筆者は思う。

どうせ離脱を延長したところで、何の根本的解決にならないのだ。ジョンソン首相は、どうも軽くて山師的なところのある人物ではあるが、機を見るのに敏感な能力は、人並みはずれて高いと筆者は見ている。

法案が可決するかどうかはまだ確定ではないが、可決する可能性のほうが高い。それも首相と政府は想定済み、言わば負け勝負を覚悟で必死の手を打っているが、本当に負け勝負なのだろうか。

なぜこれほど「総選挙」を首相が口にするのか、首相と政府はどういう戦略なのか、考えてみた。

二つあるのではないかと推測する。

一つは、前述したように、「わからない」とうろうろしていて、日和見主義の保守党議員たちを脅して取り込む効果。

もう一つは、本当に総選挙をやろうと思っているのではないか。保守党が勝負しようとしているのは、ブレグジット党(あのファラージ党首)支持層の取り込みではないかと筆者は思っている。そのためには「保守党は合意なき離脱も辞さない党ですよ」と明確に党の色をつけることが肝心である。そしてこのことに、首相は今まで成功してきている。

総選挙があるとしたら、「もういいかげん、合意なき離脱をしてでもEUを離脱したいのか、EUに残りたいのか、はっきりしろ」と有権者に問う選挙になる可能性が高いのではないか。

こうなると、本質的なところであいまいな労働党が勝利する可能性は、極めて流動的だ(筆者は低いと思う)。態度が明確なEU残留派の自由民主党(や緑の党)が票を伸ばすのは間違いない。

ジョンソン首相は選挙戦で「私は合意なき離脱でもいいから、国民投票の結果を尊重して、離脱を実現したかった。でも10月末に約束通り離脱できなかったのは、議会の結論ですから仕方ありません」「だから私を当選させてくれたら、今度こそ必ずや離脱を実現させてみせます」「合意なき離脱を辞さないと言っているのであって、したいとは一度も言っていません。イギリスに有利な合意をつくるのです」ーーこの態度で臨み、保守党の単独過半数を狙う。単独過半数とれば、EUとの新たな関係の内容をつくり、議会で可決でき、EUとの交渉のテーブルに出せる。

今の状況は保守党の危機である。保守党内部で、あっちうろうろ、こっちうろうろしている場合ではない。ブレグジットを機に、党そのものが崩壊してしまう。

これは労働党も同じである。コービン党首は今、下院で「国民は合意なき離脱に賛成していない」と声を荒らげているが、それならなぜ労働党は、メイ首相があれほど訴えた「合意がある離脱」に賛成しなかったのか。労働党が賛成していれば、合意ある離脱ができたのに。結局、反対のための反対だったのは明白だ。あっちうろうろ、こっちうろうろ、この党も崩壊してしまうかもしれない。

イギリスの大変革を成し遂げたトニー・ブレア元首相、今でもEU側からは尊敬の念をもって見られる大物の彼は、このことをわかっているから、「総選挙はわなだ」と、コービン党首に警告しているのではないだろうか。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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