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やはり国民投票の代わりに欧州議会選挙。メイ首相の「プラン」は総選挙か:イギリスEU離脱ブレグジットで

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
4月10日。仲間達から離れるのはメイ首相も辛いだろう。後ろはルクセンブルク首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

イギリスのEU離脱の期限が、10月末までに伸びた。

27加盟国は、4月10日の大変遅い時間に、やっと合意に達した。

様々な情報から、今後の道筋を推理してみたい。

欧州議会選挙が国民投票の代わり

今後の道筋を占う上での最大のポイントは、欧州議会選挙だ。

いますでに、欧州首脳や政府の頭の中は、この選挙で占められ始めている。

まだ本格的な選挙戦は始まっていないが、先週フランスのテレビでは、党首を集めた討論会がフランス2(NHKに相当)で放送された。「いよいよ始まるのか」という感じであった。

メイ首相は「労働党との協議で、5月22日に離脱する可能性はある」と言っている。

つまり、労働党との協議で決着がつき、合意がある離脱ができれば、欧州議会選挙に参加せずに、5月22日までに離脱するのだろう(欧州議会選挙は5月23−26日)。

ではもし、協議の決着がつかなかったら? ここが焦点だと思う。

もし欧州議会選挙に参加しないというのなら、合意がなくても6月1日で離脱。

しかし、メイ内閣は、場合によっては欧州議会選挙への参加はやむをえないという姿勢で、EUに延期を申し出ていた。

つまり、協議の決着がつかなかったら、イギリスは欧州議会選挙に参加するのだ。そしてこれが、国民投票の代わりとなるのだ。

欧州議会選挙は、純粋にEUのことだけを問う選挙になることができる。

前回2014年の欧州議会選挙では、イギリスではEU離脱派のUKIPが第1党になった。キャメロン首相が焦って国民投票をしたのには、この大躍進が背景の一つにある。今回はどうなるのか。それで市民の意志が見えてくる。

このシナリオは、1カ月近く前から推測されていた。

参照記事:欧州議会選挙が再国民投票の代わり? ユンケル氏まで「ブレグジットはないかも」

国民投票そのものを再度やるには、まだ機は熟していないと感じる。再度の投票とは、一度国民が出した答えを疑うということだ。再度やるには、誰が聞いても納得できて、民主主義を傷つけない正当な理由が必要になるだろう。まだそこまで行っていないと思うし、少なくとも国民投票を主催した保守党政権ではできないだろう。

だからこそ、欧州議会選挙を利用する。経緯を見てきて、発案者はユンケル委員会のはずだ。よく考えるよなあ、欧州外交の底力はすごい、ユンケル委員長は本当に有能だと、改めて思う。

メイ首相が語った「プラン」

フランスのル・フィガロ報道によると、4月10日の23時ごろにメイ首相は「自分の計画」について話をした。その後、27加盟国の首脳たちは、議論を続けていたという。

そして、欧州外交官によると、メイ首相は「レッド・ライン」を変更したので、加盟国は延期を断ることはできなくなったという。

「計画」とは何か。「レッドラインの変更」とは何か。

EU側は、複数の要人が繰り返し「具体的なプランがなければ、延長は難しい」と言っていた。メイ首相は、それを27加盟国の首脳たちの前で語ったことになる。一体それが何だったのか。今後の報道に期待したいが、出てこないかもしれない。

筆者は、おそらく総選挙だろうと思う。

労働党との協議が不調に終わっている状態なのに、他に何をメイ首相はEU側に約束できるだろうか。関税同盟とかノルウェー型離脱とかを約束できるか。示唆的投票で一度も可決したことがないのに。仮に僅差で可決しても、党内は大紛糾するだろう。そんな中で、27カ国を納得させられる「具体的プラン」が出せるか。それを約束できるか。メイ首相が約束できるのは、総選挙の他に何があるというのだろうか。

そしてメイ内閣は、協議が不調になったら欧州議会選挙に参加するつもりだろうが、これも大紛糾するだろう。この状態によって、総選挙のタイミングが変わるのではないか。

BBC(英語版)の報道によると、総選挙は「最悪の事態の中ではマシ」と、メイ内閣では考えられているという。最悪の事態とは、合意なき離脱のことだろう。

どうしても協議で決着がつかなければ、総選挙。国民の審判を受けた新しい政府が、国民投票の代わりになった欧州議会選挙の結果を見て、行く末を決める。これがメイ内閣の「具体的プラン」であり「レッドラインの変更」なのではないか。議院内閣制では、もうほかに選択肢がない。ただし前述したように、総選挙のタイミングは不明で、欧州選挙の前か後かは状況によって変わるだろう。

ただしリスクはある。

イギリス側の最大のリスクは、国民投票の代わりの欧州議会選挙も、仮に総選挙をするにしても、それは方法論であって、解決策ではないことだ。そのような選挙をやった結果、さらに混乱が深まる可能性がある。

EU側のリスクは、欧州議会選挙のあとに、顔ぶれが変わることだ。今の欧州議会は、イギリスに対して比較的穏やかで優しい。でも、極右の伸長が予想される次の欧州議会では、ここまでイギリスに優しくないかもしれない。遠い先のことなので忘れられているが、どのような離脱をするか、関税同盟でもノルウェー型でも、最終的には欧州議会で可決されないといけないのだ。

半年の延長の経緯

EU首脳たちとしては、何度も短期の延期を繰り返していられないので、半年の延長になったのだという。この機動性の重さは、EUの特徴である。27カ国の首脳が時間を調整して集まるのは、大変なのだ。

また、ごく厳しい態度で望んでいたのはフランスのマクロン大統領だけだったという。トゥスク大統領は「1年」を主張していた。結果として半年になったのは、マクロン大統領の主張が通った結果であり、他の首脳たちは「合意なき離脱の責任をとりたくないという態度だった」という報道がある。

メルケル首相は、「マクロン大統領の言い分がわからない。より長く延長をすれば、より早くEUを離脱できる」と、よくわからないことを言った。

実際に1年ではなく半年になった結果を見れば、長期を避けたいメイ首相のみならず、マクロン大統領に賛同する声があったのだろう。だから半年という間をとった結果になった。マクロン大統領は「過半数が長期延期に賛成だった」と言っているが、マクロンほど厳しくはなくても、他にも長期延期に懐疑的だった首脳はいたのだ。ここの詳細は知りたいところだ。

一方で、ツイッターなどを使い自由に意見を述べて、首脳たちに手紙を送るトゥスクEU大統領の姿勢にも、疑問符があがったという。前任で、初代のEU大統領(欧州理事会議長)であったヘルマン・ファン・ロンパウは、そのようなことを自身に禁じていたという。より象徴的な、統合的な役割を自認していたのだろう。

自分の意見を個人で自由に言うといっても、EU大統領という立場では違うものになる。なんといってもEU大統領は、各国首脳や欧州議員と異なり、市民に選ばれていない。ユンケル欧州委員会委員長は、首相を選ぶようなやり方で、欧州議員に選ばれている。今回から始まった新しいやり方だ。だから彼は、巨大な権力を持ち始めた。

筆者の個人的な感想では、トゥスク大統領とうまく役割を分け合うのは、ヨーロッパを知り尽くし、EUの深化を大いに進めたユンケル委員長の思慮遠望という感じもする。

メイ内閣も含みおいたEU側の戦略

それにしても、よく妥協したと思う。

イギリスが欧州議会選挙に参加するのかしないのかで、各国の議員の割当数が変わってしまう。イギリスは73議席もっていたが、議員数そのものを減らして、27議席分を14カ国に既に振り分けることが決まっていたのだ。

加盟国側としては、自国の議員数がギリギリまで決められないという不便さを、ブレグジットのせいで強いられたことになる(比例代表制だから、調整はしやすいとしても)。それでもEU側はイギリスに配慮した。

イギリスはEUに6月に一度、報告と点検をしなければならないという。ブレグジットの行く末を見極めるーーそれがユンケル委員長の、最後の大仕事になるのだろう。

そして、新しいイギリス政府、新しい欧州委員会、新しい欧州議会ーー合意ありの離脱なら良いが、合意なき離脱をするくらいなら、時間を稼いで世論の変化を待ち、次の新しい人達にバトンタッチする、そんな戦略なのではないか。これが、ユンケル委員長も、メイ首相も「ブレグジットはないかもしれない」発言の本質なのに違いない。

参照記事

●メイ首相の「ブレグジットはないかも」発言

メイ英国首相は再び国民投票を行うのか。内閣総辞職もか。EUは強硬姿勢

●ユンケル委員長の「ブレグジットはないかも」発言

欧州議会選挙が再国民投票の代わり? ユンケル氏まで「ブレグジットはないかも」

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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