トランプ政権の通商政策は、オバマ政権を一部踏襲し始めたのではないか。アメリカとEUは手を組むのか

米中経済交渉に臨むムニューシン米財務長官(右)とロス米商務長官(左)(写真:ロイター/アフロ)

「トランプ大統領の言うことが変わった」と思った読者は、かなりいるのではないだろうか。

先日7月25日、欧州連合(EU)のユンケル委員長と会談をして、トランプ大統領は、関税や非関税障壁、自動車・部品を除く製品への補助金をゼロにすることを目指して、アメリカとEUが交渉すると述べた。

「貿易戦争の回避という説明だけでは、とても足りるものではない」と思った方は多いと思う。

筆者は、今まで「米」と「欧」の分離というテーマで、何回か原稿を書いてきた(「下篇」の執筆がまだです。すみません)。しかし、それは内容が安全保障・軍事であって、貿易・通商政策の話は書いていない。

なぜ書かなかったかというと、どう捉えていいかわからなかったからだ。鉄鋼・アルミニウムの関税問題のときは、トランプ大統領の態度は、世界を相手にケンカを売っているかのようだった。しかし、その後アメリカとEUの報復合戦が始まって、この頃から何だか変だと思い始めた。「・・・なんだこれは」と。

それはどこかで見た光景、「またですか?」と思わせるもの、そう、まるでTTIP交渉の続きでケンカをやっているように見えたのだ。

この頃から、タイトルのような疑問「トランプ政権の通商政策は、オバマ政権に似てきたのではないか。やり方は乱暴だけど」という疑惑を持つようになっていった。でも、いくらなんでも乱暴すぎて、意図がわからなかった。

トランプ政権は、オバマ政権が提唱したTTIPの交渉を復活させるつもりなのだろうか。

TTIPとは何か

TTIPとは「大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定」、Transatlantic Trade and Investment Partnershipの略である。

日本人になじみが深いのはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)のほうだろう。オバマ政権は太平洋側でTPPを、大西洋側でTTIPを進め、EUと交渉していたのである。

ただし、太平洋側とは異なり、アメリカとEUの間では、もうあまり関税障壁はなかった。関税の平均は、アメリカからEUへは約3%、EUからアメリカへは約2%でしかなかった。

そのために交渉は、まだ関税が残っている分野と、米欧で規制を調和することが主な目的だった。つまり、アメリカ主導で両者が合意することで、世界の規制作りをリードするのが主な目的だったと言っていいだろう。

以下の記事で書いたように、いま世界は「規制を制するものが、世界の貿易を制する」と言っても、過言ではないのだから。

参照記事:日本とEU(欧州連合)の経済連携協定の意味を、米・欧・アジアの3極から見て考える

お蔵入りしたTTIP

しかし、2013年に始まったTTIP交渉は、欧州側の強い抵抗で難航した。

欧州と一口に言っても広い。EUは27カ国もある。国や地域、業界や項目等によって違いはある。

あくまで一般的な全体論をいうなら、日本人がアメリカと自由貿易の協定を結ぶのを身構えるように、ヨーロッパ人も身構えるのだ。「アメリカに有利になる」と反発を感じるのだ。特に農業分野での反発は必至だ。

EUでは、通商政策の主権は、もう加盟国にはない。EUに譲渡している。もし「一つのヨーロッパ」という単位で考えれば、もしかしたらEUはアメリカよりも強いかもしれないのだ。

でも、思考回路は、昔ながらの国単位の発想である。フランス人は「フランスがアメリカと協定を結んだら」、ドイツ人は「ドイツがアメリカと協定を結んだら」という発想である。

ただ、業界団体は別である。例えば加盟国の農協が集まったEU農協と言えるCopa-Cogecaという団体がある。このように各業界にEU業界団体があって結束している。

2016年8月にはドイツ政府とフランス政府が、TTIPの「事実上の失敗」を宣言している。公的には「中断」である。

そんな時に登場したのが、トランプ政権である。

実はオバマ時代から続いていた??

トランプ大統領は、TPPにははっきりと離脱を宣言して署名した。オバマ前大統領が署名したため必要だったからだが、TTIPのほうは何も明言はしなかった。

でも共和党に政権がうつり、しかもあれほど保護主義的なトランプ大統領なのだから、完全にTTIPは終わったと誰もが思っていた。

ところが、2017年5月、ロス米商務長官は、EUとの交渉にアメリカは「開かれている」と発表したのだ。

1ヶ月後、メルケル首相は賛意を示した。でも、同年9月にはドイツの総選挙があるので、話は保留となった。ドイツの総選挙結果は、記憶に新しい。半年近くももめて、やっと翌年2018年3月に、第4次メルケル内閣が発足したのである。

なんとか前回と同じ中道右派と中道左派の政党の連立にこぎつけたものの、極右政党の台頭のために、どちらも大幅に議席を減らしてしまった。そのため、メルケル首相の基盤はかなり弱くなっている。

このような流れで、トランプ大統領はユンケル欧州委員会委員長をEUのボスとみなし、愛想よくトップディールをした。

参照記事:アメリカとEU(欧州連合)、トランプ大統領とユンケル委員長の会談で、一番驚いたこと

ということは、実際にはトランプ政権は「TTIP交渉は葬られた」などとは一度も言っておらず、中断はしたものの、実はオバマ政権より続いているつもりであったということだろうか。

米と欧は何を交渉していたのか

オバマ政権下のTTIPの関税交渉で、目立って問題になったのは農業と自動車だった(まるで日米のようだ)。

今回の報復合戦で、出てきた項目は、再び農産物(関連商品)と自動車だった。

現地の報道はエスカレートする米欧の報復合戦に目を奪われがちだったが、ヨーロッパで「またその話?」と思った人は、相当数いたと思う。

EU側がアメリカに報復として関税をかけるのに上げた項目は、クランベリージュース、オレンジジュース、ピーナッツバター、たばこ、バーボン・ウイスキー、ジーンズ(リーバイスなど)、オートバイ(ハーレーダビットソンなど)等だった。

これらの品目に関しては、本当に不公平なのだ。

まずジュース。2003年にアメリカがイラクに侵攻したとき、フランスとドイツは参加しなかった。それに怒ったブッシュ政権が、欧州のいくつかの農産物に高い関税をかけた。その中には未発酵フルーツジュースが含まれていて、100%の関税をかけている。

次にピーナッツ。アメリカは、ピーナッツに殻付きで131.8%、殻無しで163.8%の関税をかけている。これは1993年の農業調整法に根ざしたものだという。このようにアメリカ国内で手厚く保護されたピーナッツでつくった米国産ピーナッツバター。輸出先は1位がカナダ、2位がEUとなっている。

生のたばこに至っては、なんとアメリカは350%の関税をかけている。これは1930年前後の大恐慌時代に始まった産業保護政策に由来するのだそうだ・・・。

そして自動車である。アメリカからEUに輸出するには、関税は10%である。対して、EUからアメリカに輸出するには、関税は2.5%だ。EU側は4分の1で済んでいる。

確かに、EU側はジーンズ(リーバイス)や単車(ハーレー・ダヴィットソン)などの、アメリカを象徴するようなものにも関税をかけようとしたので、かなり報復的な意味合いがある。

でも、EU側はトランプ大統領や共和党の支持基盤を狙い撃ちしてこの品目を選んだ、というのは違うような気がする。欧州委員会は、27カ国の職員が集まる巨大な役所なので、まず品目に上がってくるのは本当に不公正なものだろう。そして、今までの経緯のほうが重要なように思う。

大豆について

やや話がそれるが、ユンケル委員長はトランプ大統領との会談で、大豆の輸入拡大を約束した。

この件はそれほど問題ではない。

EUは、大豆を主にブラジル、アルゼンチン、アメリカなどから輸入している。用途は主に家畜の餌である。

でも、アメリカと中国の貿易摩擦で、中国が大豆を含むアメリカ製品に、25%の追加関税を課した。米国産大豆は、中国への輸出が難しくなったために、価格が下がってしまった。

一方で、中国はブラジルなど他の国に輸入先を求めるようになったので、逆にブラジルの大豆価格が上がってしまったのだ。

EUとしては、最大の輸入先の価格が上がって困っていたところだったので、価格が下がったアメリカの大豆を輸入するのは、好都合だったのである。トランプ大統領はアメリカの大豆生産者を救えたし、WIN-WINの取引だったと言える。

これから問題になるとしたら、遺伝子組み換え問題のほうだろうと、一消費者として思う。ヨーロッパ人は日本人のように(それ以上に)、遺伝子組み換え食品に敏感である。

ただ、今までも遺伝子組み換え大豆は輸入されていたので、貿易・外交問題というよりは、食の安全問題として取り上げられる機会が増えるように思う。

ひと昔前に逆戻り?

アメリカとEUの貿易を全体として見てみる。

アメリカからEUに輸出するには、免税対象となっているのは、農産物では14%、非農産物では24%である。対して、EUからアメリカに輸出するには、免税対象は農産物では23.8%、非農産物では46.9%だ(欧州議会の資料より)。

この数字から見ると、EUのほうが保護主義的で、オープンなアメリカのほうが損をしていると言えるだろう。

トランプ政権が保守主義に走っていると世界は非難はするが、俯瞰して見れば、今まで歴史上アメリカはオープンであったゆえに(寛大すぎて?)、損をこうむってきたのは否めない。ヨーロッパに対しても日本に対しても、同じだろう。

トランプ大統領の登場で、アメリカは大幅に軌道修正したように見えた。でも、欧州相手に関しては、今までの伝統的な構図「開放に積極的なアメリカと、保護的なEU」に逆戻りしてきたのではという感じが強くなった。

マクロン大統領が早々と牽制

7月21日、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開かれたG20の議論の中で、ムニューシン米財務長官は「もしEUが自由貿易を信じるならば、我々は関税なし、非関税障壁なし、補助金なしの協定に署名する用意がある」と言った。

その数日後の7月25日、トランプ大統領とユンケル委員長は、ホワイトハウスで会合をもったのだった。

もしかしたらTTIP交渉はまた始まるのか。

フランスのマクロン大統領は2日後の27日、早速ジョブをはなった。貿易戦争を回避したトランプ・ユンケル会談を評価しながらも、「私は、TTIPのような幅広い貿易協定の交渉を開始することに賛成ではない」と述べたのだ。

二人のキーパーソン

トランプ政権では、解任や辞任騒動ばかり報道されるが、通商政策の要となるロス商務長官もムニューシン財務長官も、トランプ政権発足時からずっと任務を遂行している。

そしてこの二人は、実は最初から、オバマ政権が実現しようとしたTTIPのような欧州との自由経済協定を支持していた可能性があるのではないか。

筆者は仮説を立ててみた。

この長官二人は「世界の貿易はアメリカがリードするのだ。アメリカのやり方で」という強い確信をもっている可能性がある。アメリカのやり方、それは自由主義思想に基づいている。

オバマ大統領は、自由主義思想に基づいた、一貫した貿易・通商の戦略をもっていた。

対して、トランプ大統領は、土着の不動産王である。不動産だから動かない。大物ビジネスマンといっても、世界の貿易事情には疎いはずだ。

長官二人は、トランプ大統領のやり方に反対はしない。衰退にみまわれているアメリカの産業を保護するための貿易政策には賛成である。今までアメリカは寛大すぎたことを、他国に思い出させてやるのもいいだろう。

ただ、それだけでは世界の貿易戦争に勝てない。トランプ大統領にとっても心地よいはずの「世界の大国アメリカ」「強いアメリカ」を実現するには、やはりオバマ政権が行ったような、自由主義思想に基づいた戦略が必要なのだ。限定的に、アメリカとトランプ大統領に都合のよい部分だけ、オバマ大統領の戦略を取り入れる。

「強いアメリカ」を維持するには、何としても規制づくりで世界をリードしなければならない。アメリカの規制のやり方で世界を支配しなければならない。そのためにはパートナーが必要だ。貿易というのは、最低でも2者が必要なものであり、この複雑化したグローバルな世界において、1国が単独の力で支配するのは絶対に不可能なのだ。

そのパートナーになるのは、欧州である。そう言って二人は、トランプ大統領を説得したのではないかーーという仮説を立ててみた。

なぜヨーロッパなのか。

トランプ大統領がWASPかどうかは議論があるが、少なくとも白人でプロテスタントである(ドイツ系とのこと)。しかも彼は72歳だ。ロス商務長官に至っては、80歳である。オバマ政権とは全く違う。

そんな彼らにとって、選ぶパートナーが欧州になるのは、自然の成り行きなのではないか。

戦略が現れてきたのか

確かなことは、日本とEUが経済協定を結んだことは、より一層アメリカを欧州に近づける効果があっただろうということだ。

ただこの接近は、伝統的な友好関係というよりは、これ以上世界におけるEUの力が強くならないうちに、まだアメリカのほうが強いうちに、なんとか欧州を取り込んでしまえという考えである可能性がある。

トランプ政権に対しては、「がちゃがちゃしていたトランプ大統領の政治だが、そんな中にも戦略が現れるようになってきた」という評価がある。きっと、そうなのだろう。

上記の仮説が正しいかどうか、筆者もまだ頭が混乱しているので、これから推移を見守りたい。アメリカ専門の研究者やジャーナリストによる、トランプ政権内部の動向に関する発信を待つことにする。

そして、米欧関係がどのように日本やアジア、太平洋地域に影響を与えていくかを、注意深く観察してゆきたいと思う。