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アメリカとEU(欧州連合)、トランプ大統領とユンケル委員長の会談で、一番驚いたこと

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ユンケル委員長とトランプ大統領。右にムニューシン米財務長官とロス米商務長官が並ぶ(写真:ロイター/アフロ)

ドナルド・トランプ大統領は7月25日、アメリカを訪問したジャン=クロード・ユンケル欧州委員会委員長との会談を行った。

会談後、両者は、今後の交渉で欧州製鉄鋼・アルミへの関税や、オートバイ、バーボンなど米国製品に欧州連合(EU)が課している報復関税の「解消」に取り組むことで合意したと明らかにした。

3月に、アメリカが鉄鋼・アルミニウムに関税をかけると表明してから始まっていた米欧の貿易摩擦と報復合戦は、この会談で一応の和解に至ったと言えるだろう(まだまだ予断は許さない状態である)。

この会談で、何よりも筆者が一番驚いたのは、ユンケル委員長がホワイトハウスを単身で訪問して、トランプ大統領とトップ会談を行って重要事項を決めてきたことだ。

驚きのポイントは「一人」で「アメリカ(外国)に行った」、そして「その会合で重要事項の決着をつけた」という3点セットだ。

「一人」というのは、EU大統領やEU加盟国の首脳(ドイツ首相やフランス大統領など)と一緒ではない、という意味である。大臣(委員)は考慮に入れていない。

まるで安倍首相やプーチン大統領、トルドー加首相などが行うようなことを、欧州委員会の委員長が行うとは・・・。

前例はあるのか

このような前例はあったかというと、似たようなものは全くないわけではない。

例えば、2007年4月末から5月頭に、一例がある。

当時は、ユンケル委員長の前の、バローゾ委員長の時代だった。バローゾ氏とメルケル独首相が、ホワイトハウスを訪問してブッシュ大統領に会った例だ。当時、ドイツはEU議長国(半年の輪番制)とG8の議長国だった。

内容は、経済協力関係の強化、イラン問題での結束、および地球温暖化問題についての歩み寄りを図るためだった。

でも、バローゾ委員長は一人ではなくてメルケル首相と一緒だった。その上内容は、1ヶ月後の6月にドイツで開かれるG8サミットのための準備という意味合いだった。

他には、2008年10月に、サルコジ仏大統領とバローゾ委員長の訪米の例がある。

米大統領邸であるキャンプ・デーヴィッドで、ブッシュ大統領と2人が会談したのだ。金融危機を最大の課題として、サミットを連続で行うことを記者会見で提唱した。

何のためなのか、今ひとつよくわからない会談だった。サルコジ大統領は、メルケル首相に遅れをとるまいと、自分もEU事項でアメリカで会談を行いたかったのかもしれない。あるいは、他に発表されていない用事があったのか。

このような例では、委員長は一人ではなかったし、内容が話し合いや提案だった。

ユンケル委員長の時代は

それでは、ユンケル委員長になってからはどうか。

2016年6月、ユンケル委員長は、ロシアを訪問してプーチン大統領に会っている。サンクトペテルブルクで行われた、ダボスのような世界経済フォーラムに出席するという名目だった。

クリミア併合以来、EUはロシアに対して経済制裁を続けているので、この訪問は批判を浴びた。でも、何か特別な取り決めをしたわけではない。「両者の緊密な関係を維持していきましょう」と合意しただけのようだ。

今年に入ってからは、バルカン半島の6カ国を訪問して、首脳会談を行っている。

これらの国は、EU加盟への道を進めている。6月にはブルガリアのソフィアで、西バルカンサミットが行われたので、その下準備のためだったのだろう。

一番記憶に新しいのは、ついこの前の7月17日、日本にやってきたことだ。でもそれは、既に交渉が終了した日本EU経済協定の署名のためだし、トゥスクEU大統領も一緒だった。

それに、トップ会談も、ブリュッセルや欧州の都市で行われたのなら、驚かない。加盟国の首脳も同じ場に来ており、前後に彼らも交えて色々と会議やら会談やらが行われているのは、よくある話だ。

でも今回は、全然違う。まるで一国の大統領や首相のように、単身で外国に赴いて、重要事項の取引と決定をしてみせたのだ。

法的には当然とはいえ

考えてみれば、法的に考えれば当然のことなのだ。何もおかしいことはない。

EUに国際法人格が与えられ、第3国と条約を締結できるようになったのは、リスボン条約からである。

この条約は、2007年12月にポルトガルのリスボンで加盟国の代表らによって署名され、2009年12月1日に発効したものだ。まだ9年弱くらいしか経っていない。

共通通商政策は、EUの排他的権限に属している。ドイツもフランスも他の加盟国も、もう貿易協定を結ぶ国家主権はもっていない。

加盟国より交渉権を委任される手続きを経た上で、欧州委員会が交渉権をもつことになる仕組みだ。いわば、欧州委員会は、EUの行政や内閣の役割ということになる。

しかも、委員長の選出は、ユンケル氏選出の時から民主的になっている。

バローゾ氏までは、加盟国首脳が密室で決めているという批判があった。でも今は、EU市民の選挙で選ばれた欧州議員がつくる欧州政党ベースで候補者が選出され、最終的に欧州議会が委員長を選出している。だからユンケル氏は、市民に選ばれた初の委員長と言えるだろう。

だから、理屈から言えば驚くことはないのだけど、でも驚いた。

仏独首脳の立場はどうなった

今回このようなトップ会談が実現したのは、トップディールが大好きなトランプ大統領の性格や流儀のためだと思う。

よくわからないのは、今まで力をもってきた、ドイツやフランスの首脳の位置付けだ(離脱決定前は、ここに英国も入っていた)。

歴史的に今までは、独仏首脳との会談が、大変重要な位置を占めていたはずだ。

でも、トランプ時代になってから、様子が異なってきた。

4月下旬にはマクロン大統領が訪米してトランプ大統領と会見、その数日後にはメルケル首相が同じように訪米してトランプ大統領と会見しているのだ。

3月にトランプ政権は、安全保障を理由にEUに対して、鉄鋼・アルミ製品への新たな高関税を決定した。しかし、カナダ・メキシコと共に、一時的に対象から外された。でも結局6月1日に発動されることになった。4月の仏独両首脳との会談は、貿易摩擦の解消に、何の影響も与えなかったのだろうか。

その後6月9日、カナダで先進国首脳会議(サミット・G7)が開かれた。

メルケル首相がトランプ大統領に詰め寄っている写真が、SNSで有名になったものだ。ほかにも、各国首脳が投稿したツイッターやインスタグラムが話題になった。

参照記事:サミット、写真が語る緊迫の40分 首脳宣言巡り激論

あまり知られていないかもしれないが、サミットにはいつものように、欧州委員会委員長としてユンケル氏だけではなく、EU大統領(欧州理事会議長)としてのトゥスク氏も出席しているのだ。

でもどの投稿写真にも、トランプ氏に詰め寄る人々の中に、ユンケル氏やトゥスク氏の姿は見受けられない。今回に限らず、いつもサミットで両者は、各国首脳たちの後ろにいる雰囲気で、控えめなのだ(少なくとも見えるところでは)。

こういう位置づけこそが、今までの欧州委員会委員長(やEU大統領)の立ち位置だったはずなのに。

つまり、ドイツやフランスの首脳が単独で訪米しても目に見える成果はなく、G7で大勢に詰め寄られてもトランプ大統領は動じなかった。でも、ユンケル氏が単独で訪米したら、トップディールの成果だといわんばかりに、あれほど態度を変えて見せた、ということになるのではないか。

トランプ氏は独裁型ビジネスマン出身だから、「誰に決定権があるのか」を特に明確にしたがったとしても不思議はない。氏は、アメリカを訪問したマクロン大統領に「EUを離脱したらどうか」と言った。議会が選ぶ首相ならまだともかく、大統領に貿易事項を決定する権限がないことに、同じく大統領のトランプ氏はイラついたのではないか。あるいは「信じられないことだ」と思ったのか。

トランプ氏が「決定権があるやつとだけ話をする。その人物を送ってよこせ」と要求し、今回のユンケル氏との会談が実現したと想像するのは、それほど間違っていないのではないか。

トランプが愛想が良い相手

トランプ大統領は、ユンケル委員長にあいさつのキスをするなど、やたらに愛想が良かった。呼びつけたのに成功したからかと勘ぐったが、他にも理由があるかもしれない。

彼は、プーチン大統領といい、「独仏首脳をしのぐ」ユンケル委員長といい、「強く、権限をもつ人物」には態度が異なるように見える(そういえば、ユンケル氏は、先日のNATOの会議で、トランプ大統領が叱りつけた欧州首脳群の中には入っていない)。

画像

このトランプ氏のツイッターには「ユンケル氏が代表する欧州連合と、私めが代表する米国は、お互いが大好きだ!」と書かれている(何をか言わんや・・・である)。

ユンケル委員長は、いつもはユンケル氏のほうから挨拶のキスをするのが習慣だが、トランプ氏のほうから先にやってきたと明かしている。

アメリカが知らせる欧州のボス

結局、「ぐちゃぐちゃ言うな。権限者は誰だ」と明確にしたがり、「欧州委員会の委員長であるユンケル氏が(貿易事項の)ボスである」と、EUにも世界にも示したのは、外部のトランプ氏だったと言えるだろう。

EUというのは複雑な組織で、なかなか外の人間にはわかりにくい(EU市民ですらよくわからない)。でも結局、加盟国の首脳の立場がどうとか、EU大統領(欧州理事会議長)の体面はどうとか言うのは、内部の論理にすぎない。

いったいEU内部では、どういう過程を経てユンケル氏の単独渡米の決定に至ったのか、実に興味がある。

やはり「外部」として、欧州を変えたり、しゃきっとさせたりする力があるのは、日本と同じでアメリカだなあ・・・と感じた一件だった。こういう小さな前例が積み重なって、世の中の構図は変わっていくのだろう。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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