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なぜモンテネグロが第3次世界大戦? トランプ大統領のNATO問題発言

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
世界遺産コトルの湾。国名モンテネグロは古ベネチア語で「黒い山」を意味する。(写真:アフロ)

トランプ大統領が、7月17日放映のFOXニュース番組で、またびっくり発言をした。

インタビューで「モンテネグロを攻撃から守るため、なぜ私の息子が(米兵として)行かなければいけないのか」と質問され、トランプ氏は「わかります。私も同じ質問をしたことがあります」と答えた。

そして、「モンテネグロは小さな国だが、とても強い人々がいます。非常に好戦的(aggressive)です」「彼らは好戦的になるかもしれない。そうしたら、おめでとう、第3次世界大戦です」と言った。

第3次世界大戦?! モンテネグロ発で?!

NATO(北大西洋条約機構)の有名な条約第5条「加盟国への攻撃を全加盟国への攻撃とみて対応する」を脅かすような問題発言と報じられているが、それはともかく、なぜモンテネグロなのか。そしてなぜ第3次世界大戦が起こるのか。

モンテネグロの場所。地中海のアドリア海に面した国だ。ロシアは右の黒海からマルマラ海、エーゲ海に抜けるとそれほど遠くない。
モンテネグロの場所。地中海のアドリア海に面した国だ。ロシアは右の黒海からマルマラ海、エーゲ海に抜けるとそれほど遠くない。

自分が署名したのに

まず、モンテネグロは、2017年6月5日にNATOに正式加盟した。まだ1年くらいしか経っていない、最も新しい加盟国である。トランプ大統領の就任は2017年1月20日から。つまり、自分の任期中に加盟した国なのだ。だから、NATOに批判的なトランプ大統領の、格好の批判の対象となったのだろう。

でも、アメリカ上院に批准されたのち、4月に自分で署名したではないか。だからよけいに不満なのかもしれないが・・・。

NATO加盟をめぐるいさかい

なぜ第3次世界大戦なのかというと、ロシアがモンテネグロに敵対的だからである。おそらく、アメリカがモンテネグロの味方をしたら、冷戦時のような代理戦争が起こりかねないというような意味だろう。

モンテネグロは2008年に独立したのだが、その前の5年間は、ロシアと関係が深いセルビアとゆるやかな国家連合「セルビア・モンテネグロ」を築いていた。

どんどん勢力範囲が狭まっていくロシアにとって、セルビア・モンテネグロは、自国との関係が深くて影響力を行使したい地域だった。でも、両者ともどんどんロシアから離れていこうとしている。それがロシアは不満だし、阻止したいのである。

NATOの加盟について、モンテネグロの親ロシアの政党は「2016年10月の議会選挙のときに、国民投票にかけるべきだ」と主張していた。しかし、多数派の親EUで親NATOの政党は「議会選挙の結果で十分である」との姿勢だった。脳裏にあったのは、「住民投票の結果による、ロシアのクリミア併合」だったに違いない。

そして親EU・親NATOの政党が議会選挙で勝利したので、NATOに加盟することになったのだが・・・。

この選挙は、国家を揺るがす一大事となった。

ロシアのクーデター疑惑

この選挙時に、クーデター計画があったのだ。モンテネグロの当時の首相ミロ・ジュカノヴィッチの暗殺も含むと言われている。

モンテネグロ当局者の発言によると、 クーデターの陰謀には、前にポーランドから追放されたロシアのスパイが含まれていたという。

「これまでは、ロシアの民族主義の機構が背後にあるという証拠があったが、これらはロシアの国家機関があるレベルで関与していることも示している」とMilivoje Katnic検察官が、 複数の地元メディアとのインタビューで述べた。

検察官は「アメリカと英国を含む、欧州の友好国の諜報機関が、モンテネグロの捜査を助けてくれた」とも述べた。そしてロシア当局に、陰謀に加担したと思われるロシアの「機構」の調査を依頼したのである。

余談ですが・・・ここで思い出すのは、もちろんジェームス・ボンドでしょう。ダニエル・クレイグがボンドになった1作目の「カジノ・ロワイヤル」(2006年英米合作)。舞台のカジノはモンテネグロでした。

ソ連の影響下にあった東欧の国々は、次から次へとロシアに背を向け、親EUとなってEUとNATOに入りたがる。ロシアにとってセルビアは最後の砦といってもよく、モンテネグロはその最後の砦にくっついていた国だった。

しかもモンテネグロは、地中海という海に面している(セルビアは内陸国)。地中海に面していて、ロシアが影響力を行使できそうな国は、欧州側にはもうほとんどない。モンテネグロはほぼ最後の国だった。だからロシアは必死だったのだと思う。

トランプはプーチンの手の内?

当然のことながら、この発言に対しては、アメリカ共和党の中からすら反発が出た。

共和党のジョン・マケイン上院議員はツイッターでこう批判した。

「モンテネグロの人々は、民主主義を守るために、プーチン大統領のロシアからの圧力に果敢に立ち上がったのだ。 (米国)上院は、モンテネグロのNATOへの加盟を97−2で支持した。 モンテネグロを攻撃し、NATOにおける我々の義務に疑問を抱くことによって、大統領はプーチンの術中にはまっている」。

また、NATOの元アメリカ大使であるニコラス・バーンズ氏も、ツイッターで「トランプは、米国が自分のリーダーシップのもとにある我々の同盟国を守るかどうかについて、さらに疑問を投げかけている。 プーチンへのもう一つの贈り物だ」と批判した。

シンクタンクBrookingの専門家Tom Wright氏は、ツイッターでこう発信した。「私はトランプは予測可能だと言っているが、まさか世界平和の主要な脅威として、モンテネグロを特定するとは想像もしなかった。 気の毒な小さなモンテネグロ」。

災難続きのモンテネグロ首相

それにしても・・・モンテネグロの首相は、何かと災難をこうむっている。

去年、モンテネグロ首相ドゥシュコ・マルコヴィチは、トランプ大統領に押しのけられたことがある。

昨年2017年5月25日、初めてブリュッセルで北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席したときのこと。加盟国の首脳たちを前に、各国の分担金負担が不十分だと説教した日のことだ。

このビデオは面白いので、必見である。

わかりやすすぎるトランプの威張り方、生徒のように並んでトランプの説教を仏頂面で聞く欧州のリーダーたち、そして、これ以上ないというほど困惑した顔をしてトランプの横にいるストルテンベルグNATO事務総長・・・。マンガのようである。

ここでもEUと中国とアメリカが

モンテネグロが独立するときに争点となったのは、遠いアメリカではなくて、EUだった。独立推進派は「EUに早期加盟するには独立が近道」と言うスローガンを掲げて、独立を問う住民投票に勝ったのである。

モンテネグロは、EUに加盟していないのにユーロ通貨を使っている国としても知られている。もともとはドイツマルクが流通していたのだけど、ドイツがユーロになったので、ユーロを使うようになった。そしてここは本当に、ジェームス・ボンドの映画どおり、マフィアの跋扈する土地だったのだ。

今までは親EU=親NATOだったのに、この構図が崩れそうで、EU加盟国以上にモンテネグロも大変だと思う。

最後に付け加えると、不安定さに目をつけたのか、他のバルカン半島の国と同様に、この国にも中国は触手を伸ばしている。

以下の記事がわかりやすいので、参照していただきたい。

モンテネグロを悩ませる中国の「行き先のない高速道路」(ロイター)

最後に一言。モンテネグロの自然は、とても雄大で美しい。日本やアジアでは見たことのないような山や湖の風景だ。筆者は、この記事に使う写真を探していて、本当にその美しさと珍しさに心を惹かれた。「ぜひ一度行ってみたい!」と思った。オスマントルコ帝国やロシア帝国と難しい外交関係を保ちながら、独立を守った固有の歴史も興味深い。

観光業に力を入れれば、これからいくらでも発展できる国だと思う。地中海に面しているのも、旅行客を呼びやすい大切な要素だ。今はクロアチアが人気があるが、次を狙える国だと思う。だから、植民地化されるような政策はやめたほうがいいと、心から思う。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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