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「ロナウドはモロッコ人!」ジダンも巻き込んでネットで盛り上がるW杯 ポルトガル VS モロッコ戦

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
6月15日のスペインVSポルトガル戦でのロナウド。ロシア・ソチのスタンドにて。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

この記事は、よもやま話として読んでほしい。

ポルトガル VS モロッコ戦を明日20日にひかえて、「ロナウドはモロッコ人だ! ;-) 」と盛り上がっているフランス語のフォーラムがある。

最初の投稿は「ロナウドはマディラ島生まれだ。ポルトガルよりモロッコのほうが近い。だから彼は200パーセント、モロッコ人の血が入っている。2人の最も偉大な選手、ロナウドとジダンは、両方ともマグレブ(北アフリカ)人だ」だった。

北大西洋マカロネシアの地図。紫部分がマディラ諸島。メインの島がロナウドが生まれたマディラ島。wikipediaより
北大西洋マカロネシアの地図。紫部分がマディラ諸島。メインの島がロナウドが生まれたマディラ島。wikipediaより

これに対しての反応は。

「ロナウドの母親は、モロッコ人のおっかさんに似ている」

「ポルトガルという国名だって、アラビア語の『オレンジの木』という意味だもの」

「ちょっと待て。私の父はモロッコ人だけど、君たちが言うことは完全にばかげている、モロッコは主に文化と国籍の問題であり、この観点からは彼はモロッコのものではない」

「彼はカーボヴェルデの起源だよ。フェイクなしだ」

「アラブ人(イスラム教徒)なら、クリスティアーノという名前のわけがないだろ」

「マディラ島はモロッコのものなのに、ポルトガルに植民地化されたから、ロナウドはモロッコ人だ。あはは」

「最初はベジータ、日本の漫画のキャラクター(ドラゴンボール)で、今はロナウドか。たとえ俺たちの国にサッカーの才能がなくても、右左あっちこっちを使えるということだな」

「マディラ島は、ベルベル人の軍隊の管理下にあったんだよ」

「ジダンはアルジェリア人だからな。みんな知ってるぞ」

「ロナウドはベルベル人で、アラブ人じゃないぞ」

「おまいらはアラブの血を引いているとか言うが、じゃあジダンやロナウドがスペイン人の血を引いているとは言わないのか?」

「じゃあ南仏のニース人はイタリア人なのか」

「最高の選手はメッシだろ。メッシはイタリア北部とカタルーニャの起源をもっているが、だから必然的にフランス人の血があるということだな。きみ怒った?」

「僕はポルトガル人だけど、容姿はモロッコ人に似ている。こういう話はやめようよ。元カノは、モロッコ人だったけど、容姿はヨーロッパ人だった。僕の母はアフリカ系だけど、父は北欧系だよ」

とまあ、いろいろな投稿がとびかっている。

ネットの発言が愛国的になるのは日本も同じだが、日本と違ってずいぶん国際的だなあと思う。

マディラ島のロナウド・ミュージアム

ここに出てくる様々な話が本当かどうかは、「?」ということにしておくが、聞きなれない名称が出てくるので、解説が必要になると思う。

まず、ロナウドがマディラ島生まれなのは事実である。昔はポルトガル領、今は自治領である。

初めてポルトガル人がこの島に到達したとき、無人島だったと記録が残っている。今は観光が盛んで、パリから格安飛行機が直行便で飛んでいるくらいだ。

島には、ロナウド・ミュージアムがある。150ものトロフィーが展示されているという。

ロナウドの曽祖母は、もっと南の島、カーボヴェルデ諸島出身の黒人ということだ(上記地図の緑部分)。この島は奴隷貿易で栄えたのに対し、マディラ島はさとうきび栽培で栄えた。そのためにたくさんの人が入植して、キリスト教文化の島となった。コロンブスも航海の途中に立ち寄った。

からみあう複雑なアイデンティティ

これらの発言には、様々な対照軸がある。

◎植民地をもった側(ポルトガルやフランス)と植民地になった側(モロッコやアルジェリア。両者はフランスの植民地だった)。

◎ヨーロッパとマグレブ(北アフリカ)。地中海をはさんで向こうとこちら。

◎アラブ人とベルベル人

などである。

一番考えさせられたのは、次のコメントだ。

「突然マグレブ(北アフリカ)はコミュニティとして描かれているな。事実ジダンはフランスで有名になったら、突然マグレブのすべてを背負うことになった。ジダンはフランス人と呼ばれている。なぜなら彼はワールドカップを持って帰ったからね。そうでなければ、彼は(フランス人ではなく)粗暴なマグレブ人だったんだ」

ロナウドも同じなのかもしれない。英雄でなければ「粗暴な移民」扱いだったのだろうか。

このように、ジダンに話が及ぶと、「ジダンもロナウドも二人ともマグレブ人だ!」ということで、「国境は関係ないマグレブ人」という意識が出てくる。マグレブとはアラビア語で「日が没すること、没する所」を原義とする語だという。

もともと北アフリカの地域は、サハラ沙漠も近く、遊牧民が多い。土地を国境で分けるという概念は、欧米列強が植民地化をしてもたらした比較的新しい概念なのだ。だからざくっと北アフリカの人=マグレブ人というほうが、なじみがあるのだろう。

それに、海の向こうのヨーロッパは、北アフリカを植民地にした側である。ヨーロッパに対する反感を持つとき、元植民地側の団結のような意識で「マグレブ人」と称することもあると思う。

ジダンの出身、ベルベル人の夢

ところが、マグレブ人といっても、その中には主にアラブ人とベルベル人がいる。

ジネディーヌ・ジダンはベルベル人の起源をもつ。

ベルベル人というのは、北アフリカにいる先住民族である。主に遊牧民だった(今もいる)。7〜8世紀にかけて、イスラム教徒のアラブ人がやってきてマグレブの地を征服し、イスラム教を普及させたのだった。

ジダンはフランスのマルセイユで生まれたフランス人だが、両親はアルジェリアからフランスに移民してきたベルベル人である。ベルベル人の中のカビル族の出身だ。この部族は特に、肌が白く背が高くて目が青いのが特徴だ。

これは研究者レベルの話ではなく、フランスでジダンを知るものなら、おそらく全員知っていることだ。

アラブ人とベルベル人は、同じイスラム教徒で共生している。絨毯や食器の柄には、アラブ風とベルベル風の違う模様付けが存在する。

ただ、ベルベル人にはキリスト教徒もいるのだ。マディラ島にはたくさんのベルベル人が住んでいたこと、この島はポルトガル人の植民でキリスト教文化の土地になったこと、ロナウドの名前クリスティアーノから見て、一家は伝統的にキリスト教徒だったらしいことを考えると、彼がベルベル人の起源をもつと想像するのは、突拍子もなく外れているとは言えない印象だ。

だからベルベル人にとっては、「サッカーのヒーロは、いつだってベルベル人だ!」というファンタジーがある。

もちろん「ベルベル人」を「マグレブ人」に置き換えてもいいのだが、そうするとアラブ人が含まれることになる。それを嫌がる人もいるわけだ。

しかし現代において国は存在するので、「モロッコとアルジェリア」という対照軸も出てくる。国を強く意識する人にとっては「ジダンはアルジェリアの誇り」であり、モロッコもロナウドも特に自分とは関係ない人ということになる。

でも、ジダンの親はアルジェリア生まれだが、ジダン本人はフランスのマルセイユ生まれだ。フランスは、日本のように血統主義ではなく、アメリカみたいな出生地主義の国なので、彼はまぎれもなくフランス人である。

ああややこしい!

ジダンは、フランスの英雄であり、ベルベル人の英雄であり、「マグレブ人」というくくりで北アフリカのアラブ人の英雄であり、アルジェリアの英雄となった。大変なのだ(スペインにいるほうが気楽なのは間違いないだろう)。「ロナウドはモロッコ人!」と言うことによって、二人目のジダンとなるのである。

しかし上記の投稿にあるように、「英雄じゃなかったら、粗暴な移民扱いだっただろ」というのは、かなり的を射ていると思う。

サッカーが愛される理由

このフォーラムに投稿している人は、どこに住んでいるのかはわからないが、北アフリカの人、あるいは起源をもつ人だろう(フランス語が普及している地域である)。

投稿はスマイリーが多用されており、軽いノリで話していることが見てわかる。

ちなみに「ロナウドはモロッコ人だ」ネタは、「恋人はモロッコ人男性疑惑」のときも登場したし、ちょくちょく出てくるネタである。

試合はポルトガルが勝つと思うのだが、モロッコ人はたとえ負けても、ロナウドの活躍を喜ぶのだろう。スペイン人も、ロナウドのせいで引き分けになっても、彼の素晴らしさを讃えている。

英雄パワーってすごい。みんなロナウドが大好きなようだ。

サッカーっていいなあと思う。

(しかしこのグループ分け、偶然にしてはちょっと 笑)

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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