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ハード&ソフトブレグジット論への疑問ーー日EUの新しい時代を前に確認しておきたい軸

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
12月8日のブレグジット会合(写真:ロイター/アフロ)

日本とEU(欧州連合)の経済連携協定(EPA)の交渉が終わった。

最後まで残っていたISDS条項、つまり「投資家対国家の紛争解決」の条項を、切り離すことにしたのだ。日本側の要求が通った形だ。

また、英国(イギリス)とEUは、ブレグジット(英国離脱)の交渉で、第一段階の協議が合意に達した。3つの問題ーー清算金、在英EU市民と在EU英国市民の権利、アイルランドの北の国境問題ーーが片付き、これでやっと第2段階に進める。

これを機に一つ声を大にして言いたいことがあるので、言わせていただく。

それは100%無理

ハード&ソフトブレグジットでEUを論じるのをやめたほうがいいと思う。

ハードとかソフトというのは、英国の国内事情である。

英国が自分の要望を、自国の中で論じているフレーズにすぎない。

EU側には、ハードもソフトもない。交渉のみである。

(英国政府も実はそう思っているかもしれない)。

EU側から見ると「英国はそういうことを考えている」と理解するための話にすぎない。

ボリス・ジョンソン英外相が何を言おうと、「人の自由な行き来はやめたい」「でもEU単一市場へのアクセスは確保したい」の両方を実現するのは、100%不可能である。

27全加盟国が、満場一致で認めないことに同意しているからだ。

そんなEU設立の理念に基づくことを、妥協するわけがない。

単一市場に残りたいのなら、人や物の行き来の自由も認める。

人や物の行き来を認めないなら、単一市場には残れない。

極めて単純である。

よく、ノルウェーのモデルが語られる。

しかし、ノルウェーは基本的に人や物の自由な行き来を認めている。でもEU加盟国ではないので、決まりをつくる過程には参加できない。それでもEUの決定に従っている。ある意味主権を一部、EUに譲渡していると言えるのだ。人と物は不可分である。

「単一市場に残りたい。でも人の自由な行き来を禁止したい」などが可能などと、考えるのすら時間の無駄だと思う。

どのEU加盟国も、英国に出て行ってほしいとは思っていなかった。

英国自身が、自分で国民投票をして離脱を決めたのだ。

普通に想像してもらいたい。

ある人が職場を退職すると告げた。

別にいじめがあったわけでも、なんでもない。

辞める人が「私は嫌だから辞めるけど、今までここで会社員(職員)としてもっていた特権を、辞めた後も維持したい」といったって、そんなのは無理なのが当たり前ではないか。

そもそも、そんな主張をすることすらずうずうしいという意見が出るだろう。

とはいっても、私たちは21世紀に生きているし、ましてや舞台はヨーロッパで平和を望む時代だし、英国の中でも意見が分裂して困っているのもわかるので、敵ではないのだからある程度の妥協は可能である。そのために交渉している。

しかし、「辞める側が心底困って、できるだけ自分に都合がよくなるように要求を突きつけてきている」という基本を忘れてはならない。

彼ら側の発信を見ているだけでは、永久にEUの真の姿はわからない。

英国の報道寄りの日本

なぜ私がこのようなことを書くのかというと、日本語の報道が偏向していると思うからだ。

英国がEU加盟国だったときから、EUをよく知る者や学者の間では、日本のEU報道は、英国の報道に影響されすぎているというのは、承知されていることだった。筆者は、「なぜこんなに日本の報道は偏向しているのか」を真剣に考えて、日本のメディアの状況を調査した方のレポートを読んだことがある。

しかし、それでもまだ当時、英国はEU加盟国だった。

国民投票で離脱が決定した後も、英国の願望による英国での報道が色々あった。

中でも「離脱ドミノ」は、なかなか秀逸なフレーズだった。

英国の願望が顕著に表れていたフレーズで、英国内で散々叫ばれ、移民問題に直面した選挙で不安だった欧州大陸でも語られ、日本にも移植された。

でも、離脱ドミノなってまったく起きなかった。

繰り返すが、筆者が言いたいのは、「辞める側」に視点をすえてEUを論じるのはおかしい、ということだ

そういう論自体を批判しているわけではまったくない。そこは誤解しないでいただきたい。

でも、それが中心になる、ほとんどそれしかないのは絶対に変である。

ハード&ソフトブレグジット論を言うときは、「あくまで英国側の要望として・英国側の事情として・英国の立場として」という立ち位置を見失ってはいけないと思う。

繰り返すが、ハードもソフトも、EU側の話ではない。

こういうと「日本人は英語しかわからないから仕方ない」という反論がある。違う。英語が悪いのではない。EUの真の姿を知ることができる英語の情報や資料は、山のようにある。

これからEUと日本の経済協定が発効するというのに、こんなのでは本当に困ってしまう。

英国のEU報道を見ていると、なんだか退廃してきている印象を受ける。

「もしかして私が目にしているのは、末期症状というやつだろうか」とすら思う。

でも、英国がすべての分野で自分の国の判断だけで動きたいのなら、やればいいのだ。

全然珍しいことではない。

日本はやっているし、世界の大半の国はやっている。

ただ、今さら相当大変で難しいだろうとは思う。

いまEUが貿易協定を結んでいる国・地域は、数えてみたら、完全発効しているもので30(アンドラ・サンマリノ除く)。部分発効しているのは51。トータルで81国・地域である。

EU域内市場の離脱のことばかり報道されているが、こっちはどうなる。こちらも離脱になるのだ。全部と協定結び直し・・・考えただけで頭がクラクラしてくる。「コモンウェルスは?」という声が聞こえてきそうだが、英連邦特恵関税制度なんて、英国がECに加盟した、とっくの昔に消滅してなくなっている。

それでもブレグジットはたいへん興味深い世界史的実験だと思って、筆者は本気で英国の動向に注目している。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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