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北朝鮮の狙いは本当にアメリカなのか。中国・ロシアの争いとウクライナと核の傘

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家
ウクライナのポロシェンコ大統領はメルケル首相と今年3回面会と頻繁だ。写真は1月(写真:ロイター/アフロ)

この記事は、東アジアに詳しい方々に、少しでも私の知識や考えが参考になってもらえればという気持ちで書く。

というのは、筆者は東アジアが専門ではないからだ。

書こうかどうか迷ったが、我が国の危機だと思うので、以下に書いて発表することにした。

ウクライナと中露対立

北朝鮮の挑発は、本当にアメリカを一番の標的にしたものなのだろうか。

筆者は、中露の対立のほうが重要という気がしてならないのだ。

どうしてこう考えるようになったか、順を追って説明したい。

筆者は今年の夏、「アジア・パシフィック EU研究大会」という学術研究会に参加した。

これは、アジアと太平洋地域(主にオーストラリア・ニュージーランド)とEUとの関係、あるいはEUそのものを研究する学会が主催している。本部はニュージーランドにある。実質的には、各国にある「EU学会」の集合体である。

今年の研究大会は7月に、東京で行われた。

ここで、中国人で日本で研究をしている方の、軍事をテーマにした大変優れた発表を聞いた。

この方は、中国の武器貿易に関する90年代以降の統計を聴衆に見せたのだが、この中で筆者が大変気になった点があった。

中国とウクライナとの武器貿易が、2012年だけはねあがっており、6億3200万USドルになっているのだ。

もちろん、ウクライナの軍需産業は、ソ連時代に培われたものである。

日本では当時まったく話題になっていなかったが、このころすでにウクライナは、EUとウクライナの連合条約をめぐって、対ロシアで緊迫感を増していた。

発表終了後、筆者はこの方に「これは何ですか」と質問した。

答えは「ホバークラフトを中国がウクライナから買った」であった。

これは、平坦な面であれば地上・水上・雪上を区別無く進むことのできる乗り物である。海洋侵略・進出を進めている中国がこういう物を大量に買うこと自体、嫌な感じであるが、この方は次に驚くべきことを教えてくれたのだ。

「中国はウクライナに対して、核の輸出の話をしていた。ところが、クリミア併合で無しになった」と。

中国とウクライナの核傘下に関する共同声明

このことを調べてみた。

確かに、2013年12月12日「ワシントン・タイムズ」の記事にこうあった。

「2013年12月5日、ヤヌコビッチ・ウクライナ大統領と習近平主席は、中国とウクライナが「戦略的パートナー」であることを正式に表明する二国間条約に調印した」。

「ウクライナが核兵器を含む攻撃に遭遇した場合、またはウクライナが核攻撃の脅威にさらされた場合、中国は無条件に、核兵器をもたないウクライナに核兵器を使ったり、使うことを脅したりしないことを誓約する。さらに中国は、ウクライナの核安全保障を提供することをさらに誓約する」

「新華社通信と環球時報(グローバルタイムズ)を含む中国の公式メディアは《中国がウクライナを守るために核の傘を誓う》との見出しで発表した」。

ロシアがクリミアを併合したのは、この二国間条約の締結から約3ヶ月後の、2014年3月のことである。

「北朝鮮のミサイルはウクライナから」と米で報道

クリミア併合から、約3年5ヶ月経った。

筆者が、学会でウクライナと中国の関係を今年7月に教えてもらって間もない、8月14日のことである。ニューヨークタイムズが、「北朝鮮のミサイルの成功は、ウクライナにリンクしている」という記事を発表したのは。

そしてそのすぐ後の8月29日、北朝鮮は弾道ミサイルを予告なく発射させ、北海道上空を通過させた。

ニューヨークタイムズの記事は、冒頭にこう書いている。

「北朝鮮が米国に到着しうる大陸間弾道ミサイルのテストに成功したのは、強力なロケットエンジンを、ロシアのミサイル計画と歴史的につながっているウクライナの工場(Dniproという場所にある)から、ブラックマーケットで買収したことによっておそらく可能になったのである。これはアメリカの諜報機関による評価を分類して公表した専門家による見解である」。

このことは、日本でも話題になり、テレビで2人の専門家が違う意見を述べていたのを見たことがある。

一人は「背後にロシアの意志があると考えるべきだ」と言い、もう一人は「ウクライナのエリート技術者は生活に困っている。冷戦の崩壊後、ブラックマーケットで機密情報を売るなどの行為は、割とあちこちで起きている」と言っていた。

つまり、前者はロシアという国家によるウクライナを利用した軍事戦略、後者は個人の行為だと言っているのだが・・・。

この点に関しては、謎である。

ただウクライナは、当時も今も、首都キエフの政権こそ親EU・親西側になっているが、国全体では一枚岩ではない。親ロシアの地域もある。分裂しており大変不安定である。

ニューヨークタイムズの記事の中には、以下のような記述もある。

「・・・ウクライナの親ロシア大統領、ヤヌコビッチが2014年に職を追われてから、ユジマシュと呼ばれる国有工場は苦しい時期に落ちいった。 ロシアは核艦隊の改良を取りやめた。 工場は活用されず、請求書は未払いで、モラルは低下した。 専門家達が信じているのは、これが2017年7月に(北朝鮮が発射した)2つのICBMテストに使われたエンジンの最も有望なソースであることだ。そしてこれは、精密技術あるいは弾頭技術ではないにしても、北朝鮮がアメリカの都市を脅かす可能性があると示唆した最初のものであった」

「(The International Institute for Strategic Studiesのミサイル専門家)エルメール氏はインタビューで述べた。《おそらく(北朝鮮のミサイルの)エンジンはウクライナから来ていると思われます。最も重大な疑問は、一体彼らがどれだけ多く持っているのか、そしてウクライナ人達が今彼らを助けているかどうかです。 私は非常に心配しています》」。

「北朝鮮が6年前に、ウクライナの複合施設からミサイルの秘密を盗み出そうとした」

「国連の報告書によれば、2人の北朝鮮人が捕らえられた。彼らが盗もうとした情報は先進的なミサイルシステム、液体推進エンジン、宇宙船、ミサイル燃料供給システムに焦点が当てられていたという」。

北朝鮮と不安定なウクライナの間には、かなり前からコンタクトがあったことだけは、間違いがなさそうだ。

中国と北朝鮮の対立

なぜ、北朝鮮は、ウクライナからのミサイル技術を欲したのか。

複数の東アジアの専門家やジャーナリストが「北朝鮮が一番怒っているのは中国である」と述べている。

それは自然に納得できる話である。

冷戦時代は、中国と北朝鮮 VS アメリカと韓国 というわかりやすい構図だった。それが完全に崩れてしまった。

中国が、大国アメリカに接近するのは、まだ少しは我慢ができるのかもしれない。

しかし習近平主席は、韓国のパク・クネ大統領と「親密な」関係を築いた。北朝鮮の頭上を飛び越えて。

以下の記事に、興味深い証言がある。

北朝鮮労働党幹部が明かした「中国・ロシアとの本当の関係」。さらには日本の「標的」についても(週刊現代)

ここで、北朝鮮労働党幹部が「わが国のミサイルは、いつでも向きを変えて北京を狙えるようにしてある」と言っている。

元々そちらが目的なのでは・・・と思わずにはいられない。

ちまたでは「北朝鮮の崩壊Xデーにそなえて」などという言論が飛び交うようになってきたが・・・。

これはアメリカ側がもくろむシナリオ??という仮説も成り立たないでもない。だから北朝鮮は反発して、あのような行動を繰り返しているのだーーと。

しかし筆者にはどうしてもピンとこない。トランプ大統領側にその考えがないとはいいきれない。でも、そんな単純な話ではないと思う。「漁夫の利」を狙うのは、ロシア側ではなくて、アメリカ側ではないのかという印象が、どうしてもぬぐえない。

ともあれ、北朝鮮が相変わらず強気なのは、背後にロシアがあるからなのは間違いないと言って良いだろう。

そして中露の対立は、一般に思われているよりももっと深刻なのも、間違いない。

頭を整理して考えてみると

さまざまな疑問を踏まえつつ、上記報道がすべて本当だったとすると、以下のような話になりそうだ。

中国はウクライナに目をつけた。核兵器・核の傘をも使って、この地域に軍事的に食い込もうとした。

動機は要検証であるが、対欧州と考えるよりも、対ロシアと考えるのが自然に見える(あるいは黒海の利権?)

当時のヤヌコビッチ・ウクライナ大統領は、親ロシアとされている人物だった。

しかしEUと連合協定を結ぼうとしていたのは、彼である。

連合協定というのは、EUの加盟国候補になるための、初めの1歩となる協定である。ウクライナはEUに加盟したかったのだ。

実際のヤヌコビッチ大統領は、かなり右往左往していた印象がある。

不安定なウクライナは、EUとロシアのはざまに立ち、安全保障がほしかった。

そもそも欧州にはEU軍がない。西側と東側にはさまれて、だれも頼れない。だから中国を頼りにした。

しかし、ロシアはEUとの連合協定を阻止しようとした。ヤヌコビッチ大統領は、紆余曲折を経ながら自分で進めてきた連合協定を、プーチン大統領の意向に従って、署名を拒否しようとした。

すると、首都キエフで反ロシア・反政府・反腐敗、そして親EUの大抗議デモが起きる。親ロシアとされたヤヌコビッチ大統領は、職を追われてロシアに亡命した。

首都キエフの政権は、親EU・親西側となった。

ここでロシアはクリミア併合を決意。住民投票という形である。

ロシアのクリミア併合は、対EU、対NATO(西側・アメリカ)だけではなくて、対中国でもあったに違いない(実はこう考えると、筆者が当時どうしても今ひとつ腑に落ちなかったことへの説明がつくのだが)。

さらにロシアは、ウクライナに核の傘を提供しようとした中国に怒り、「敵の敵は味方」の論理に従って、中国に反発する北朝鮮に援助を始めた。

ウクライナから北朝鮮に流れたミサイル技術に関しては、真相は謎であるが「ロシアが背後にいる」と主張する専門家がいる。

そしてこれらが、日本の上空を北朝鮮のミサイルが飛ぶ事態につながった。

ーーという流れが見て取れそうだ。

今、核問題はどうなっているのか

今年5月、ウクライナで同国内のウラン鉱共同開発計画や、原発用の燃料集合体の製造について、中国が参画する準備ができていると、ウクライナのエネルギー省報道官が発表した。

ウエスチングハウス(東芝が親会社)や、フランスの企業も興味を示しているという。

ウクライナのインターファクス通信が伝えている。

中国とフランスは、英国で共同で投資して原発を建設しようとするなど、協力には例があるが・・・。

これは経済ニュース扱いなのだが、一体どのような背景なのだろうか。

謎だらけである(東芝は一体どうなってしまうのか)。

ロシアに対抗するために、ウクライナは、中国を核兵器よりは穏便な形で味方につけておきたいということか。

EUや西側は、中国の軍事的野心は知りつつも、ここはこういう形で仲間に取り込んでおいたほうが得策だし、見張りもしやすいということか。

あるいは、ウクライナはただ大国に利用されているだけなのかもしれない。

チェルノブイリ事故の犠牲になった国が、今もまた核をめぐって問題の渦中にあるのを見るのは、心が痛む。原爆投下にフクシマに、日本だって他人事ではないのだから。

ドイツ、EU、NATOと日本

最後に一つ付け加えたい。

ウクライナは、ドイツとポーランドのすぐ近くである。

現在のウクライナ・ポロシェンコ大統領(親EU・親西側)は、西方においては頻繁にメルケル首相と面会している。今年だけで、1月、5月、11月と会っている。さらに電話会談もある。

今回は安全保障のことだけを書いたが、実は経済の面では、中国の一帯一路政策、ロシア、EUの3者は、色々と複雑な関係にある。

このような情勢を最も大局的に冷酷にみつめ、中国をパートナーとして遇しもし、同時に警戒もしているのは、EUの中ではドイツなのである。

そんなドイツが、もし日本になんらかの外交協力を求めたとしても、筆者はまったく驚かない。

思えば、第二次大戦で日本とドイツが同盟を結んだのは、このような地政学的関係があったからだろう。

日本とドイツは、ロシアと中国をはさむ位置にあるのである。

つまり、もしドイツがロシアを最大限に警戒するのなら、中国を味方につけて、ドイツと中国でロシアをはさむのは悪くない。

しかし、中国をも警戒するのなら、その向こうには日本がある、という構図である。

ドイツやポーランド等から見れば、自分ののど元に中国の核の脅威・威嚇がやってきそうになったのだ。当然のことながら、地中海の港を中国が買収しているのとは、まったく異なる危機感である。

歴史は繰り返そうとしているのかもしれない。なぜなら、国がある場所が変わらないからだ。

しかし昔と異なるのは、日本側では、日米軍事同盟である。

そして欧州側では、EUの存在である。

ドイツはもはや、軍事に関しては1国では動かない。

外交ではドイツと交渉が重要になるケースがあるだろうが、軍事ではEUという単位、NATOという単位でも見ることが必須である。

EUは最近、EU独自の軍事力をもとうとする傾向が非常に高まっている(NATOの了承の上で、となっているが)。

そして日本は、朝鮮半島から来る危機に脅えるだけではなく、利用するくらいの気持ちで、一刻もはやくロシアとの講和条約を結んでほしい。(日本はいまロシアと組む絶好のチャンスだ 東洋経済)

そうすれば、日本の強力な外交カードが1枚増えるからだ。それに、ロシア人は一般的に親日家である。

我が国は、これらを全部考慮に入れながら、安全保障のために外交交渉をしていかなければならないのだ。

平和と繁栄を享受し続けたいのなら、日本は外交大国にならなくてはいけない。

筆者は、日本の教育指針では「外交大国になること」を第一の目標と掲げ、プログラムを見直すことを心から提案したい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者、作家

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。日本EU学会、日仏政治学会会員。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。前大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省関連で働く。出版社の編集者出身。 早大卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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