プチデモン・カタルーニャ州首相よ、貴殿はブリュッセルで何をやっている?

10月2日カタルーニャ独立投票後、ブリュッセルの欧州委員会前で抗議するレイモン氏(写真:ロイター/アフロ)

プチデモン・カタルーニャ州首相がブリュッセルに現れた。

ここ数年、EU(欧州連合)関連で、これほど面白いニュースはなかった。

心臓部に殴り込みだ。

まるで(高倉)健さんが、敵のヤクザの本拠地に単身で乗り込んでいった映画を観ているようなワクワク感を覚えた(変な例えですみません)。

筆者はネットで第一報を知ったのだが、すぐにフランスの他のニュースを見ると、やはり朝っぱらから盛り上がっている。自分の感覚は間違っていなかったと確信した。

サッカーの勝利を祝った直後

10月29日(日)、ジローナFC(カタルーニャ州ジローナのサッカークラブ)がリアルマドリッドに勝利した。独立派にとっては、象徴的な試合となった。

プチデモン氏は、同日にツイッターで勝利を祝ったあと、音沙汰がなくなった(ちなみに彼は、ジローナ市長だった)。

そして翌日30日(月)には、ヨーロッパの首都、ブリュッセルに現れたのだった。

なんという劇的な。

彼は、マルセイユまで「ひっそりと」車で移動したあと、飛行機でブリュッセルに入ったという。

懐に飛び込んだ

「ベルギーへ亡命」「逃亡」と一部メディアでは語られているが、何を言っているのやら・・・。

そもそもEU内でEU市民は、移動も引っ越しも居住も自由である。居住している場所で、選挙権も被選挙権もある。国政選挙は無理だが、地方議会選挙では可能であると、EU法で決まっている。

繰り返すが、もしEU側が、カタルーニャが主張していたに違いない「カタルーニャが独立しても、EUを脱退なんてしませんよ。1984年にスペインがEU加盟してから、ずっといます。これからもね。分離独立したからって、なぜ新たにEUに加盟申請しなければいけないのですか」という論理を認めていたら、カタルーニャはマドリッドの政府など無視して、とっくの昔に独立していたに決まっているのだ。

そもそも、カタルーニャが独立したがるのは、EUが築いた大きな平和と、自由と、市民権があるからだ。

問題はEUだ。心臓部はここなのだ。

第一、地中海の隣人である、あんなに小さいマルタという国が、加盟国なのだ。EU28加盟国の一員として、フランスやスペイン、ドイツと対等に肩を並べている。EU機関ではマルタの国旗が翻り、EU首脳会議には、27人(英国除く)のうちの一人としてマルタの首相が参加する。2017年1月には、初めてEU理事会の議長国を務めた。それなのにカタルーニャがダメだとは、あまりにも理不尽ではないか、と思っても無理はない。

「討ち入り」は大臣たちと一緒

彼は、5人のカタルーニャ「大臣」と一緒だという。

現段階で確かなのは、ベルギーの弁護士ポール・ベカエール(ベカルト)氏を法律顧問に指名したことだ。彼は「プチデモン氏はいま、ベルギーにいる」「彼は亡命申請のためにブリュッセルにいるのではない」「プランについては何も決まっていない」と、ベルギー・フランドル地方のテレビVRTに語ったという。

ベカエール氏は、スペイン・バスク地方の分離独立を求める武装組織「バスク祖国と自由(ETA)」と思われるメンバーたちが、ベルギーに政治亡命を申請した際に弁護をした経験もあるという。

一方で、ベルギー政府は狼狽している。

内務大臣のヤン・ヤンボン氏は、プチデモン氏の動静について「知らない」とし、「何のコンタクトもない」と語っている。また、首相官邸は、すべてのコメントを拒否している。

「そこ」では大統領

これから、今日31日の昼間に、記者会見を開く予定らしい。

一体何を話すのか。

彼が亡命申請のために「欧州の首都」に来た訳がない。

これは戦略である。

一部のメディアで「カタルーニャの独立派は、彼の《逃亡》に怒りを覚えている」と報道している。

そんな訳がない。そういう人がもし本当にいるとしたら、よほど全体の情勢を知らないのだろう。

あるいは、マドリッド側のプロパガンダかもしれないが。

ヨーロッパ1放送は伝えている。

確かに、プチデモンの本拠地ジローナでは、彼の出奔のニュースは人々を驚かせた。しかし、住民は依然として彼をカタルーニャの大統領と考えている。 市内中心部のカタルーニャ広場のカフェでは月曜日、みんなが彼のブリュッセル行きを話題にしていた。 誰も彼がカタルーニャを離れるとは思っていなかった。

「土曜日にジローナの通りを歩いていて、人々は彼を迎えていて、彼と一緒に写真を撮りました。すべて正常でした」と、地域住民は特派員に語った。 もう一人の住人、アンドレアは「この出奔は、逃亡でもなんでもないよ」という。 彼は、ジローナの大部分の人々と同じで、プジデモン氏の決定を支持している。「小さな独房からは、彼は自国を動かすことができないからな。そこでは、彼はできるんだ。カタルーニャ政府は引き続き活動することができる。 彼がやったことは、素晴らしい戦略だ」。

何をするつもりなのか

プチデモン氏は、ブリュッセルで何をするつもりなのか。

あくまで筆者の推測だが、カタルーニャで起こった一連の事に対してスペインがとった措置が、EUの理念に照らし合せて許されるのか否か、EU法に照らしあわせて合法か否か、この2点で懐に飛び込んで戦いを挑みに来たのではないか。

前述のヨーロッパ1が暗に言っているように、「自由カタルーニャ亡命政府」を樹立するのかもしれない。

ここ最近、カタルーニャをめぐる動きは慌ただしかった。

10月27日、カタルーニャは、独立に関する動議を賛成多数で可決し、スペインからの独立を宣言した。

同日、スペイン政府は、憲法に基づいて自治権の剥奪に踏み切った。直接統治に動く。プチデモン州首相をはじめ、州政府や州警察の幹部を解任、議会も解散した。

10月30日、スペイン司法当局は、プチデモン氏を反乱などの容疑で捜査すると発表。最高で禁錮30年の判決を受ける可能性がある。

EUのトゥスク大統領は、独立投票に伴う変化は無く、中央政府のみを対応相手とする方針を示した。ユンケル(ユンカー)欧州委員長は「EUの分裂は避けねばならない」と述べ、同州の独立を否定した。

英国、フランス、ドイツ、米国は直ちに独立宣言を認めない意志を表明。内政問題として干渉しない態度であり、スペイン統一維持に向けたラホイ氏の取り組みに支持を表明した。

しかしこれらはすべて「政治判断」である。

政治判断の威力は巨大であるが、民主主義が機能した場所の法律に比べれば変えやすい。

まだプチデモンの勝負は終わったわけではない。

まだ戦える。ブリュッセルで。欧州の首都で。

法的に見てどうなのか

考えることの第一として、法律がある。

「スペイン政府のしていることは、EU法に照らしあわせて合法か否か」である。

EUにはEU法がある。

これらの事態に合致したEU法はあるのか。

ずばり、ない(またこればっかり)。

須網隆夫・早稲田大学法学部教授(EU法)の文献を引用する。

「EU法秩序は、「EU法の優位」 を中心とする憲法構造を備えている。EU司法裁判所によれば、EU法の統一的適用のために,EU法は、憲法を含む加盟国法全体に優位する。 しかし、多くの加盟国国内裁判所は,EU法の絶対的優位を必ずしも承認せず、加盟国憲法との関係では、EU法の優位を部分的に否定している。 このようなEU法と加盟国憲法の関係を如何に理解するかはEU法の根本問題であり、現状を説明し、正当化する理論として、「憲法的多元主義」が発展し、EU法の実務と理論に影響を及ぼしている」ということである。

複雑であるが、つまり「もしEU法が★★と決め、加盟国の法律が▽▽ならば、加盟国のほうが★★に改定しなければならない」ということだ。しかし、大体はそうなっているものの、加盟国が★★にすることに従わずに否定するケースがあるということである。

そもそもの法律からして矛盾をはらんでいる。

(ちなみに、EU法の上に国際法がある)

しかし、法律のどこかにプチデモンがEUの裁判に訴える余地があるのではないか、あるいは、例えば欧州議員などを通じて主張する余地がどこかにあるのではないかと思うのだ。

それがどこにあるかは、わからない。

EU法をつくった人でさえ予測していなかったことが起きているのだから、筆者にわかるわけないのだが・・・。

プチデモン一党は、それを探すに違いない。

今後の推移を見守りたい。

市民の意志を踏みにじっていいのか

考えるべきことの第二は、「EUの理念に照らし合せて、スペイン政府のしたことは許されるか否か」である。

EUの首都ブリュッセルには、ブリュッセル独自の論理がある。

EUという組織そのものが、左派思想のたまものなのだということを実感できている日本人は少ない。

EUの職員は「自分の国籍ではなく、EU人として働く」ことが職務である。

ブリュッセルは、そういう感覚をもつEU職員だけで、約5万5000人も働いている都市だ。

そして、ブリュッセルはワシントンに次ぐ世界第2のロビー地域として、多くの市民活動団体、人権団体が本拠地をおいている。

シンク・タンクや研究所も軒をつらねている。

わかりにくければ、「実際に権力がある国連」を想像すると一応は近いだろう。例えば「女性の権利・男女平等」などは、欧州の国単位ではなかなか進まかったが、EU機関で目覚ましい発展があり、それが加盟国に及んで行ったのである。

市民の意志を踏みにじっていいのか。

市民の意志が民主主義じゃないのか。

それに反対するのは、EUの設立の理念に反するのではないのか。

そんなEUのお膝元であるブリュッセルに「自由カタルーニャ亡命政府」をつくったら、一体どうなるのだろう。

あまりにも面白すぎる。

プチデモンは、ブリュッセルで「カタルーニャ大統領」として指揮をとるのだろうか。

第二次大戦中、ドイツに占領されたフランスからロンドンに亡命し、自由フランス亡命政府として「フランス国民委員会」つくったシャルル・ドゴールのように。

EUの理念との戦い

しかし、市民の意志をどこまでも尊重していくと、欧州大陸は、現在世界の単位となっている国=国民国家の存続が難しくなる。

島国で、海という天然の国境がある日本人にはわかりにくい感覚だ。

日本と違って連合王国である英国ですら、結局島国だから、EUを脱退したのだと筆者は思っている。

それほど「大陸」は、現状も感覚も異なるのだ。

だからこそ、欧州連合ができたのだが。

果たしてEUは、「ヨーロッパ合州国・合衆国」になれるのか。

EUは、フランス革命で生まれた「国民国家」を乗り越える存在である「連邦」になれるのか。

なれるわけがない。不可能だ。少なくとも筆者が生きている間は。

しかし、筆者は断言するが、ブリュッセルには必ずプチデモンの味方が現れる。

カタルーニャの独立を支持するまではいかなくても、必ずプチデモン氏の身柄を守ろうとする勢力は現れる。「人権」という名の元になるだろうが。

そしてそれは、必然的に「市民の意志を踏みにじるスペイン政府の措置は許されるか否か」「EU法のレベルで効力はあるのか」という議論に発展する。

ヨーロッパの心臓部に乗り込んだプチデモンの勝ち目は、当分はなさそうだ。

しかしこの出来事は、いま生まれたばかりの人が年取って「ヨーロッパの現代史」を編もうとするとき、大きな事件、大きな節目として描かれるのは間違いはない。

追記:プチデモンの肩書きは、スペイン政府から見れば「肩書きなし。あるいは政治犯」、独立派から見れば「カタルーニャ大統領」である。スペイン政府はカタルーニャの自治権を停止したが、一応中立的な「州首相」を使用した(正確には前州首相だが)。