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大雨による水害 地方都市で多発しているのに大都市部では生じにくいのはなぜか

櫻井幸雄住宅評論家
巨大な神殿のような首都圏外郭放水路。2006年完成で、洪水を防いできた。(写真:y.tanaka/イメージマート)

 東京五輪が無事終わった直後からの大雨で、各地に大きな被害が生じている。多くの場所で水害が生じた様子がテレビで報じられ、「10年に1度」とされるような大雨が毎年のように起き、その都度大きな被害が生じていることに恐怖を感じている人、そして心を痛めている人は多いはずだ。

 この大雨による浸水被害が地下鉄と地下街が発達した東京・大阪の中心部で起きたら、とんでもないことになるはず。が、幸いなことに、そのような事態は起きておらず、被害は地方都市の郊外部に位置する場所に目立つ。

 その理由は、記録的大雨が地方に多く発生していることもあるだろうが、水害対策の違いにもありそうだ。

 その違いとは何か、そして、地方でも同じような水害対策が取れないのか、さらに水害が増えたことで地方で起きている現象を分析したい。

大都市部の水害対策で代表的な2つとは

 東京、大阪といった大都市部では、以前から水害対策に力が入れられていた。人口が多く、地下利用が進んでいる大都市部で浸水被害が生じたら、大変なことになることが分かっていたからだ。

 水害対策の代表は2つある。

 1つはダムに加えて、遊水池・遊水地、地下放水路などを建設し、短時間に大量の雨が降ったとき、一時的に雨水を溜めておく場所を設けていることだ。冒頭にも掲げた首都圏外郭放水路は2006年に完成した地下の巨大な放水路だ。

大雨が降ったとき、巨大な調圧水槽となる首都圏外郭放水路。あまりの巨大さに地下神殿に例えられることが多い。
大雨が降ったとき、巨大な調圧水槽となる首都圏外郭放水路。あまりの巨大さに地下神殿に例えられることが多い。写真:y.tanaka/イメージマート

 首都圏外郭放水路は、国道16号線の地下に設けられ、直径約10メートルで延長約6.3キロメートルに及ぶ巨大な“水槽”と呼ぶべき地下空間。大雨のときは、ここに大量の水を溜め、少しずつ放流することで、川から水があふれることを防いでいる。

 首都圏外郭放水路の利用が始まったのは2006年6月。その前年の2005年9月、台風14号によって都心部に大きな水害が発生していた。新宿区内の神田川流域では3500戸を超える浸水被害が生じ、都心部で救命ボートが出動した光景を覚えている人も多いだろう。しかし、この10年ほど、JR山手線内側に大きな浸水被害は起きていない。

 首都圏では、首都圏外郭放水路のような巨大な“水槽”をいくつもつくってきた。環状7号線の下にも水を溜める施設がある。地下に設けるだけでなく、横浜国際総合競技場(日産スタジアム)のように、地上に広大な遊水池を設けるケースも多い。

横浜国際総合競技場(日産スタジアム)周辺が巨大な遊水池になっていることを示す注意書き。
横浜国際総合競技場(日産スタジアム)周辺が巨大な遊水池になっていることを示す注意書き。写真:アフロ

 規模の大きな住宅地を開発する場合、最初から遊水池を設けるようになっている。水害対策が広まっているのだ。

 そして、住宅地内の遊水池は、平常時にテニスコートや運動公園などに利用され、有効活用の途が広がっている。

横浜国際総合競技場の遊水池は、通常は多目的公園として利用される。
横浜国際総合競技場の遊水池は、通常は多目的公園として利用される。写真:アフロ

横浜国際総合競技場に隣接する鶴見川の水位が上昇すると、多目的広場に水が入る。2019年ラグビーワールドカップのときも台風19号の大雨で遊水池に水が入り、試合開催が危ぶまれたことがあった。
横浜国際総合競技場に隣接する鶴見川の水位が上昇すると、多目的広場に水が入る。2019年ラグビーワールドカップのときも台風19号の大雨で遊水池に水が入り、試合開催が危ぶまれたことがあった。写真:アフロ

 広い遊水池は、非常時だけでなく、日常的に利用されているわけだ。

 さらに、横浜市内の住宅エリアでは、遊水池に蓋をして、その上に分譲マンションを建設した例もある。

 遊水池は、広い面積を必要とするが、決してムダにはされていないわけだ。

 問題は、遊水池の建設と活用にはお金がかかるということである。

もう1つの水害対策がスーパー堤防の設置

 建設にお金がかかるのは、もう1つの水害対策も同様。それは、スーパー堤防を設置することである。

 スーパー堤防とは、以前からある堤防の高さの30倍程度の幅を緩やかに盛り土して、決壊も越水もしないように施工されたもの。地震にも強いので、高規格堤防とも呼ばれている。

荒川に設けられたスーパー堤防。幅広の堤防の上が大島小松川公園として活用されている。
荒川に設けられたスーパー堤防。幅広の堤防の上が大島小松川公園として活用されている。写真:アフロ

 スーパー堤防は、水害を防ぐ効果が大きいため、東京や大阪で幅広く活用されている。が、これも建設するのにお金がかかる。

 結局、お金をかけて建設した遊水池や地下放水路、スーパー堤防のおかげで、東京、大阪の中心地は大きな水害に遭わずに済んでいる側面がある。

 同様の遊水池やスーパー堤防を日本全国でつくれば、各地の水害も未然に防ぐことができるだろう。が、問題はお金。東京、大阪のように人口が多く、活動する企業も多い場所であれば、費用を捻出しやすい。が、人口の少ない地方都市の郊外エリアで、そのような費用を捻出することは簡単ではない。

 ちなみに、冒頭の首都圏外郭放水路の建設費は約2300億円とされる。

 スーパー堤防の建設費は、1mあたり100万円以下(用地取得費用は含まない)とされるが、川に沿って両側に設置しなければならないので、総額はやはり大きくなる。

 人口の少ない場所に設置することはむずかしいのだ。

地方では水害が増え、復旧までの時間がかかるという問題も

 地方都市では大雨による水害が増えており、残念ながら、その根本的な解決策は講じられていない。そのため、たびたび水害に見舞われる場所がある。そして、もうひとつ残念なのが、地方で自然災害が生じた場合、復旧までの時間がかかることだ。

 崖崩れによって分断した道路を修復するのに必要な人手もお金も、地方では不足気味。スピーディな対応ができないケースが多い。

 その結果、住人は不自由な生活を長期間強いられることになる。

 水害の不安があり、水害に見舞われると立ち直るまでの時間がかかる。その結果、何度も水害に見舞われた後、郊外での暮らしをあきらめ、地方の中心地に移り住む人もいる。

 つまり、水害の増加で、過疎地がますます過疎化する動きも出ているわけだ。地方の過疎化にストップをかけるため、国の支援で地方にも遊水池やスーパー堤防をつくることはできないだろうか。

 地球温暖化の影響なのか、記録的な大雨が増えている今、東京、大阪だけでなく、広範囲な水害対策が求められている。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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