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あなたはゆで麺派?それとも生麺派?-立ち食いそば屋の麺の変遷-

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
東京都港区西新橋「そば作」の「冷したぬきそば」は生麺使用(筆者撮影)

 「そばは手打ちで、きりっとした細麺のゆで立てが最高だ」という考えは広く受け入れられていて異論をとなえる人はまずいない。手打ち系そば屋や老舗系そば屋ではその世界で各店切磋琢磨している。

 一方、立ち食いそば屋はどうだろうか。昭和40年代頃、都市部や鉄道駅に立ち食いそば屋がたくさん誕生した。ちょうどその頃はアメリカから大量の小麦粉が日本に輸入され、そば粉も中国産が大量に流入した。都市部郊外に製麺所が誕生し大量のゆで麺が立ち食いそば屋に納品された。

 昭和45年にもし立ち食いそば屋で使用する麺を尋ねたら、ほぼ100%ゆで麺を使用していると回答されていただろう。「早い旨い」が立ち食いそば屋のモットーである。高度経済成長期、時間をかけて生麺をゆでてなんかいられない。ちゃちゃっと湯通ししてつゆをかけて、天ぷらやきつねをのせて注文から15秒で完成する。昭和45年頃はそんな多忙な時代だった。

使用しているそばの麺を全国192店で調査

 さて、2024年1月現在、立ち食いそば屋が使用する麺はどう変化しているだろうか。九州から北海道まで全国192店舗の立ち食いそば屋をピックアップして、使用している麺を調査してみたのでその一部のデータを紹介しようと思う。なお、一部ネットで入手した情報もあり、完璧に精査されたデータではないことを先にお伝えしておきます。

チェーン店も1店として計算した場合

まず、店舗名で計算した場合、つまり複数店ある場合でも1店として計算した場合のデータが下記の通りである。ゆで麺使用店が56.9%といまだに過半数を占めていて、生麺使用店が38.6%であった。10店のうち4店が生麺使用となっている。多くの古参店はゆで麺を使用し、比較的新しく登場した店は生麺を使用しているということになる。

立ち食いそば屋が使用する麺192店(筆者作成)
立ち食いそば屋が使用する麺192店(筆者作成)

のべ店舗数で集計した場合

 しかし上の数字は、チェーン店も1店と計算しているので実態をあらわしているとはいえない。そこで、のべ店舗数956店舗で集計してみたところ、面白い数字が上がってきた。ゆで麺使用店が23.0%と激減しており、生麺使用店が74.3%であった。実際に遭遇する4店のうち3店が生麺使用となっている。これはゆで太郎、名代富士そば、小諸そば、いろり庵きらくそばなどチェーン店のほとんどが生麺を使用しているためである。逆に個人店などは未だにゆで麺を使用しているということになる。さらにゆで麺使用店は大阪、神戸、北九州などに多い。これはこの地域ではうどんが主に消費されており、そばを食べる人が少ないという背景もあるようだ。

のべ店舗数でみた使用する麺956店(筆者作成)
のべ店舗数でみた使用する麺956店(筆者作成)

今後使用する麺はどうなる?

 立ち食いそば屋の個人店・小規模経営店は大阪や神戸、関東近郊、北海道などでもがんばっており、それらがゆで麺をすぐに生麺に変更することは考えにくい。供給する製麺所、仕入れの天ぷら屋、ゆで麺を使用する店舗設備や調理方法が確立されている。こうした環境がある限り、現状を続けていくことになると考えられる。

生麺使用の新店も増加する

 ただ、新規に誕生する立ち食いそば屋は小規模店でも生麺を使用する店は増えてくる可能性が高い。ゆで麺使用の立ち食いそば屋が多い大阪にもそうした店が誕生している。京阪本線天満橋駅からすぐのところに2023年1月20日にオープンした「和風出汁そばスタンド あぼす」は本格的な生麺使用の関西出汁を使ったお洒落な立ち食いそば屋である。

 また今回、立ち食いそば屋ではないので集計していないが、いわゆる街道筋などにある大箱の街そばチェーン店(あずま、八郎そば、ばんどう太郎など)はほぼ生麺提供である。こちらでは自社製麺のシステムが確立されているためと考えられる。こうした店舗が立ち食いに進出すれば生麺使用店は一気に増えていくと予想できる。

ゆで麺の良さ生麺の良さを使い分けて

 利用者によってはゆで麺のそばが好きだという常連もいる。駅そばで食べるゆで麺のかけそばは旅情が感じられ堪らないという人も多い。ゆで麺を使用する山梨県北杜市の小淵沢駅にある「丸政そば」の「山賊揚げそば」は抜群にうまいし、姫路駅のまねき食品の「えきそば」はあのゆで麺でないとしっくりこないだろう。東京都渋谷区笹塚の「柳屋」のゆで麺の「かき揚げそば」は格別だ。

東京都渋谷区笹塚「柳屋」のかき揚げそばはゆで麺使用である(筆者撮影)
東京都渋谷区笹塚「柳屋」のかき揚げそばはゆで麺使用である(筆者撮影)

 一方、生麺がいいという常連も増えている。生麺を使用する仙台の「そばの神田東一屋」の「小柱のかき揚げそば」は奥深い孤高のうまさを放っている。東京都千代田区平河町の「SOBA STANDそばうさ」のように従来と違うそばの生麺を使った斬新な店も増えている。

 利用者は余りこだわらずゆで麺の店、生麺の店を使い分けていけばいいと考えているがいかがだろうか。

仙台「そばの神田東一屋」の「小柱のかき揚げそば」は生麺使用である(筆者撮影)
仙台「そばの神田東一屋」の「小柱のかき揚げそば」は生麺使用である(筆者撮影)

「SOBA STANDそばうさ」のユニークなそばは生麺である(筆者撮影)
「SOBA STANDそばうさ」のユニークなそばは生麺である(筆者撮影)

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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