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千歳烏山の裏路地にたたずむ大衆そば「ファミリー」-変わりゆく街の変わらない味と雰囲気が沁みる-

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
千歳烏山駅南側の裏路地すぐにある「ファミリー」(筆者撮影)

 京王線千歳烏山駅は東京都世田谷区の北西部に位置している。新宿発の特急に乗れば明大前の次の停車駅。新宿からの所要時間は11分。周辺は自然も豊かで住みやすい街として人気が高い。

千歳烏山駅の南側改札口(筆者撮影)
千歳烏山駅の南側改札口(筆者撮影)

千歳烏山の人気立ち食いそば屋「ファミリー」

 千歳烏山には人気の立ち食いそば屋(大衆そば屋)が駅の北側と南側に1軒ずつある。北側にあるのは「深大寺門前そば」、そして今回紹介するのが南側にある「ファミリー」である。

 千歳烏山駅南側改札を出る。人通りが多い。駅前は鉄道高架事業が徐々に進んでいるようで塀に囲われた収用空地が目立つ。令和13(2031)年には完成予定というからもう少し先である。

 南側の「えるもーる烏山通り」沿いの商店街はいつものように自転車が溢れている。スーパーシミズヤの脇の路地を入りさらにすぐ右折すると「立喰そば・うどんファミリー」が見えてくる。裏路地で目立たないが駅から至近の立地である。

南側の「えるもーる烏山通り」(筆者撮影)
南側の「えるもーる烏山通り」(筆者撮影)

スーパーシミズヤの脇の路地を入りさらにすぐ右折(筆者撮影)
スーパーシミズヤの脇の路地を入りさらにすぐ右折(筆者撮影)

裏路地にひっそり佇む「ファミリー」(筆者撮影)
裏路地にひっそり佇む「ファミリー」(筆者撮影)

ファミリーは創業37年の古参店

 ファミリーは創業37年の古参店である。ファミリーの訪問は実に3年ぶり。女将さんの倉田ふじこさんと息子の貞男さんの二人が笑顔で迎えてくれた。女将さんの挨拶は「コロナ平気だった?」である。お元気そうでなによりである。

女将さんの倉田ふじこさんと息子の貞男さん(筆者撮影)
女将さんの倉田ふじこさんと息子の貞男さん(筆者撮影)

いつも変わらぬメニューが並ぶ

 頭上のメニューを思い出したように眺めてみた。そこで、「ミニカレーセット」(550円)を注文した。ファミリーは「カレーライス」が実に美味しい。テイクアウトする客も多い。そばにするかカレーにするか悩む時にはありがたいセットである。

変わらないメニューが並ぶ(筆者撮影)
変わらないメニューが並ぶ(筆者撮影)

「肉ねぎそば」、「カレーライス」もうまい(筆者撮影)
「肉ねぎそば」、「カレーライス」もうまい(筆者撮影)

初めての方は「ミニカレーセット」がおすすめである

 すぐに「ミニカレーセット」が登場した、まずつゆをひとくち。やや甘みがあってじんわりと出汁の利いた味が沁みわたる。そばは杉並区下高井戸にある明治8年創業の池田製麺の茹麺で、少しだけ太めである。そして、玉ねぎをじっくり炒めて一晩寝かせて作る「カレーライス」は肉のうまみとほど良い辛さのカレールーが秀逸である。

「ミニカレーセット」(550円)(筆者撮影)
「ミニカレーセット」(550円)(筆者撮影)

カウンター上には食材が賑やかにそろっている

 「ゆでたまご」や「たらこのおにぎり」、「かき揚げ天ぷら」、「ちくわ天」、「コロッケ」などがずらっと並び、赤いカウンターが賑やかだ。そして、いつ来ても厨房はピッカピカに磨かれている。清潔な店内がとにかく心地よい。

「ゆでたまご」(筆者撮影)
「ゆでたまご」(筆者撮影)

「たらこのおにぎり」(筆者撮影)
「たらこのおにぎり」(筆者撮影)

「かき揚げ天ぷら」(筆者撮影)
「かき揚げ天ぷら」(筆者撮影)

「ちくわ天」(筆者撮影)
「ちくわ天」(筆者撮影)

「コロッケ」(筆者撮影)
「コロッケ」(筆者撮影)

令和13年には「ファミリー」はどうなる

 3年来ないうちに千歳烏山駅界隈も少しずつ変わって来たそうだ。駅前の空き地が増えて少し寂しいと女将さんはいう。

 店の客層も変わったそうである。常連は別として、お年寄りとパチンコの客が減ったそうだ。そのかわり近所の夫婦や学生さんなどが増えたという。

「最近は作家の平松洋子さんもお見えにならない。お忙しいのでしょう」とのこと。

 そして、令和13年になると、駅高架に伴う南口ロータリーなどの開発によりファミリーは駅前そば屋になる可能性もあるらしい。随分変貌するわけである。

「それまでやっているかわからないけどね…」と女将さんは冗談交じりに話す。とにかく女将さんと話をしていても楽しいし、常連さんとの会話に聞き耳を立てるのも心地よい。穏やかな時間が流れている。

常連さんとの会話も楽しい(筆者撮影)
常連さんとの会話も楽しい(筆者撮影)

 カップルの常連さんが入ってきたので、女将さんに別れを告げて店を後にした。千歳烏山のこの裏路地にひっそり構える「ファミリー」がいつまでも続くことを祈るばかりである。

「ファミリー」がいつまでも続くことを祈る(筆者撮影)
「ファミリー」がいつまでも続くことを祈る(筆者撮影)

足を伸ばして「そば切り寺」の散策も

 千歳烏山駅から久我山方向へ足を運べば、寺院がたくさん集まった寺町通りが続いている。1923年の関東大震災で浅草や築地界隈から移転してきた寺院が並ぶ。

 その中にある称往院は浅草にあった浄土宗の寺院で、享保年間(1716-1736)の頃、院内の庵室「道光庵」で庵主の打つそばがうまいと評判となったことから、「そば切り寺」として知られていた。しかし、あまりの評判に江戸庶民が殺到したため、その後そば打ちは禁止されたという。今も本堂前に「不許蕎麦」と刻まれた蕎麦禁制の碑がある。千歳烏山界隈の散策の折には、立ち寄ってみるのもよいかもしれない。

「立喰そば・うどんファミリー」

住所  東京都世田谷区南烏山5-11-7

営業時間 月火、木~日 10:30~20:00

定休日  水

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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