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稲城長沼駅前のノスタルジック系駅前立ち食いそば屋「なかむら」

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
稲城長沼駅前にひっそりと営業している「なかむら」(筆者撮影)

 川崎駅(神奈川県川崎市)と立川駅(東京都立川市)を結ぶJR南武線沿線には駅の立ち食いを含む大衆そば屋が点在している。ざっと列記してみると下記の通り。今回は稲城長沼駅前にある「なかむら」を紹介しようと思う。

立川   奥多摩そば、清流そば、仲やなど

分倍河原 山長

府中本町 いろり庵きらく

稲城長沼 なかむら

稲田堤  名代富士そば

中野島  星川製麺彩

登戸   爽亭、名代箱根そば

武蔵溝ノ口(溝の口) しぶそば

武蔵新城 かしわや

武蔵小杉 しぶそば、山七(新丸子)

平間   つかさ

鹿島田  かしわや、大年

川崎   濱や、名代富士そば、新八など

(名代箱根そばは小田急線構内、しぶそばは東急線構内)

今も駅前にひっそりと営業している「なかむら」

 JR南武線、稲城長沼駅は登戸駅と府中本町の間にある快速電車の停車駅。2008年頃までは小さな駅舎の地上駅があったが、2015年頃までに高架化された。

 「なかむら」は1990年の創業当時から地上駅改札の真正面で営業していた。電車の中から営業中かどうか確認できる珍しい店だった。

 その後高架事業に伴い2014年頃にその建物が取り壊され、高架駅の北側に出てすぐの現在の仮店舗に移転した。しかも駅前広場には不動産屋の入ったビルと「なかむら」の仮店舗があるだけである。

JR南武線、稲城長沼駅(筆者撮影)
JR南武線、稲城長沼駅(筆者撮影)

稲城長沼駅北側正面(筆者撮影)
稲城長沼駅北側正面(筆者撮影)

昔の旧駅前の店舗2013年頃(筆者撮影)
昔の旧駅前の店舗2013年頃(筆者撮影)

旧稲城長沼駅舎(2002年1月)(店主撮影)
旧稲城長沼駅舎(2002年1月)(店主撮影)

現在の駅前広場と「なかむら」(筆者撮影)
現在の駅前広場と「なかむら」(筆者撮影)

現在の「なかむら」外観(筆者撮影)
現在の「なかむら」外観(筆者撮影)

天ぷらはかき揚げ1種類、「天ぷらそば」は400円

 「なかむら」は一言でいえば古き良きノスタルジック系駅前立ち食いそば屋である。そばうどんは「かけ」、「たぬき」、「わかめ」、「山菜」、「月見」、「きつね」、「コロッケ」、「カレー」、「天玉」、「天ぷら」。天ぷらは潔くかき揚げ1種類。春から秋にかけては冷しのメニューが追加となる。

 サイドメニューは「塩むすび」、「半カレーライス」、「カレーライス」。いたってシンプルなメニューだ。昔の立ち食いそば屋はどこもこんなメニューが一般的だった。

 「なかむら」のつゆは上品で口当たりがよい。天ぷらも揚げ置きしてもへたらない絶妙の揚げ具合。そしてそばうどんとつゆ、天ぷらの相性が抜群である。

 いつ訪れても、来客が途切れることはない。通勤途中のサラリーマンや商店主、カップル、若い女性客など、そのほとんどが常連なのだろう、小慣れた注文を入れている。

壁にかかったメニュー(筆者撮影)
壁にかかったメニュー(筆者撮影)

返しのムラサキが綺麗な出汁の香るつゆに感動

 最初に訪問したのは2005年頃。駅改札真正面にあった店の大きな暖簾をくぐって恐る恐る入店した。大将がひとりで黙々と天ぷらを揚げているところだった。「天ぷらそば」を注文した。そしてすぐに登場したどんぶりをもってつゆをひとくち。『おっ、これはうまいつゆだ』と心の中で叫んでしまった。返しのムラサキが綺麗なつゆで、鰹節や昆布の出汁が香る。

絶妙な揚げ具合のかき揚げ天ぷら

 そばうどんは近隣の製麺所の茹麺だったが、コシもありなかなかよい。そして天ぷらが実にうまく驚いた。天ぷらはやや大き目なカットの玉ねぎ、火の入り具合がちょうどよくなるように程よい厚さと幅でカットされた人参、そして干した桜エビが入ったかき揚げである。コロモは厚くなく丁度よい揚げ具合。揚げ置きしたものだが、時間がたってもシャキッとした食感を残していた。そして、天ぷらを食べると玉ねぎの甘味、ごま油の香りが口いっぱいに広がった。

 店内は静かで電車の発車ベルだけが響いていたのが印象的だった。それ以来幾度となく訪問している。「天ぷらそば」(400円)は今も不動の一番人気メニューである。

「天ぷらそば」には一味をふって(筆者撮影)
「天ぷらそば」には一味をふって(筆者撮影)

天ぷらの揚げ具合が絶妙(筆者撮影)
天ぷらの揚げ具合が絶妙(筆者撮影)

夏には絶品「冷し天ぷらそば」を是非

 そして夏場に登場する「冷し天ぷらそば」は「なかむら」を代表する名作である。湯通しして水にさらした麺をどんぶりに入れ、それに綺麗な琥珀色の冷し用のつゆをかけ、天ぷら、ねぎをのせ、刻み海苔をかけ、最後に白胡麻をふりかけて完成する。薄口醤油を使った透き通ったつゆで、きりっと返しが利いて、出汁も十分感じられる。これを食べないと夏を迎えられない一品である。

夏に登場する「冷し天ぷらそば」(筆者撮影)
夏に登場する「冷し天ぷらそば」(筆者撮影)

こちらは「冷しコロッケ天ぷらそば」(筆者撮影)
こちらは「冷しコロッケ天ぷらそば」(筆者撮影)

人気上昇中「コロッケそば」、「カレーライス」、「塩むすび」もうまい

 コロナ禍の営業自粛期間を使って開発した新メニューが「コロッケそば」(380円)である。コロッケはサクサクに揚げられていて、若い人を中心に人気上昇中とか。

 先日食べた「半カレーライス」はかなりスパイシーでなかなかうまい。そして、自家製の「塩むすび」はそばを食べながらかじると最高だ。

若者に人気の「コロッケそば」(筆者撮影)
若者に人気の「コロッケそば」(筆者撮影)

福神漬けがのったスパイシーな「半カレーライス」(筆者撮影)
福神漬けがのったスパイシーな「半カレーライス」(筆者撮影)

「塩むすび」に沢庵(筆者撮影)
「塩むすび」に沢庵(筆者撮影)

若女将は大将の天ぷらの奥義を相伝中

 ここ数年は娘さんだろうか若女将が店を切り盛りしている。大将は天ぷらを揚げる時に登場する。「最近は大将の天ぷらの技術を習得中」と若女将がこっそり教えてくれた。大将の天ぷらの奥義は、長年のカンと経験で培ってきたもので、同じように作ってもうまく再現できないという。立ち食いそば屋の天ぷらは、高級天ぷら店のように薄いコロモで揚げても、時間がたてばへたってしまうし、揚げすぎても硬くなり味は落ちるという。「立ち食いそば屋にあった揚げ方がある」と若女将はいう。

 粉の分量、水の量、野菜のカットの方法、天水の混ぜ方、揚げ方、揚げあがりのタイミングまで、すべてがそろって今の味ができるという。小さな立ち食いそば屋であっても、いつ食べても客がおいしいと思ってくれるような天ぷらを作ろうと精進しているということは誠に素晴らしいことだと思う。

大将が作った程よい揚げ具合の天ぷら(筆者撮影)
大将が作った程よい揚げ具合の天ぷら(筆者撮影)

「なかむら」のような小さな店が長く続くことを祈る

 「なかむら」は稲城長沼駅前でひっそりと、日常に寄り添うような味、昔ながらの味を提供している。こうした小さな立ち食いそば屋がいつまでも長く続くことを祈るばかりである。コロナは少し下火になったとはいえまだまだ十分な注意が必要だ。帰りの上り電車の中から「なかむら」を見送ることができた。折を見てまた訪問しようと思う。

上り線車内から「なかむら」がみえる(筆者撮影)
上り線車内から「なかむら」がみえる(筆者撮影)

「なかむら」

住所 東京都稲城市東長沼536

営業時間 月~土・祝 7:00~18:00

定休日  日

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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