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ウクライナ危機が立ち食いそばの値段に影響?

坂崎仁紀大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト
一杯のそばに忍び寄る値上げの嵐(筆者作成)

 ロシアによるウクライナ侵攻というおぞましいニュースが入ってきた。戦争はマッピラ御免である。民族的な事情が入り組んだウクライナではそう話は簡単ではなさそうだ。これ以上の紛争拡大が起こらないことを祈るばかりだ。

 なぜこんな話題を切り出すかというと、この紛争や米中の貿易摩擦が大衆そばの行末にも重要な影響を及ぼす要因になりかねないからである。

国産玄そば:海外輸入玄そば=1:3

 そば粉は北海道幌加内産、福井県大野産、茨城県常陸太田産などの国内産が有名である。しかし、国産の収穫高は大正3(1914)年に約15万トンという最高数字を出して以降、減少の一途を辿っていることは意外と知られていない。

 大正時代以降、減少していった最大の原因は日清戦争で勝利したことである。中国から安いそば粉が輸入されたのである。国内では明治時代以降、絹生産用にそば畑が桑畑に代わっていったことも減少に拍車をかけた。流通量は桁違いだが小麦もまた同様の動きを示している。

 玄そば(殻付きのそばの実)の国内収穫量はここ数年、年間約3万トン~4万トンあたりで推移している。では、どれだけ輸入されているかというと、年間約7万トン~10万トンである。

そばのムキミ
そばのムキミ写真:イメージマート

玄そばの輸入量は中国、アメリカ、ロシア

 海外のそばの生産・消費についていえばいくつかの事実が挙げられる。

・そばの生産国は1位中国、そして2位ロシア、3位フランスである(国連食糧農業機関FAO、2018年)。日本は10位あたりという意外な結果である。

・そばの消費国は1位ロシア、2位中国、3位ウクライナである。日本は5位~7位あたりを低迷している。人口1人当たりの消費量が多いのはスロベニアである。イタリア北部でもそば粉を使ったパスタなどが食べられている。

・日本の輸入量は1位中国、2位アメリカ、3位ロシアという順番である。

 つまり、最も生産(輸出)している中国と消費しているロシアはそばの値段に大きな影響を与えている。

日本のそばの収穫量・輸入量(筆者作成)
日本のそばの収穫量・輸入量(筆者作成)

中国産減少と高騰に続くウクライナ危機でさらなる上昇も

 米中貿易摩擦がトランプ政権の時に勃発し、大豆やトウモロコシの輸入価格が上昇した。そのため中国は国内のそば生産を抑制させ、補助金を出して大豆やトウモロコシの生産を増やそうとした。その結果、2020年あたりから中国から日本への輸入が減り価格の上昇が続いている。

 さらに中国の生産減少にコロナ禍による海運価格の急騰、ロシアによる2021年5月の輸出停止などが加わって、玄そば・ムキミの価格は上昇の一途をたどっている。専門家に聞くと2019年の価格を1とすると、2020年は1.5、2021年は1.7、そして現在は2になっているという。そしてこの高騰は高止まる傾向があり、しばらく続くことが予想される。

 そこに今回のウクライナ紛争が追加されたことで、ロシアがまた2022年も輸出停止する可能性や生産量を低下させることも考えられる。さらにウクライナでの生産低下も加わって、中国の輸出がロシアに向かい日本への輸出がさらに減る可能性もある。

小麦粉の価格上昇が拍車をかける

 一方、小麦の生産国は1位中国、2位インド、3位ロシア、4位アメリカでウクライナは7位である(国連食糧農業機関FAO、2019年)。ウクライナ紛争でロシア、ウクライナの生産が低迷すれば上昇傾向にあった小麦の価格も暴騰する。実際に小麦先物は歴史的高値を付けている。

 つまりウクライナ紛争の長期化によって、輸入価格のさらなる上昇が進む可能性が高い。さらに、中国、ロシア、ウクライナは小麦の生産国でもある。小麦価格の上昇がすでに起きている。つなぎとしての小麦粉の価格上昇は、その他の食用油、原材料の高騰と相俟ってさらなる価格上昇になりかねない。

そば粉、小麦粉、天ぷら油、醤油、かつお節などの原材料の高騰(筆者作成)
そば粉、小麦粉、天ぷら油、醤油、かつお節などの原材料の高騰(筆者作成)

輸入物そばの今後の動向について

 そばの流通に詳しい専門家数名にそばを取り巻く最近の状況を取材した結果、いくつかの可能性がみえてきた。

■価格の上昇が今後も続く

 2020年から中国産の玄そば相場は上がり続けており、そば製粉会社は輸入そば粉の価格をお客様に転嫁できるかが経営上最も優先すべき課題になっている。現在も中国産だけではなく、ロシア産、アメリカ産も大幅な値上げとなっており、輸入物のそば粉の価格の値上げは必至の状態。大手でも今年6月より輸入そば粉の価格をキロ50円値上げすると表明し、他社も追随すると見られている。輸入そば粉を使用するそば店は影響を受けるとみられる。値上げはそば粉だけではないため、ほとんどのそば店は間違いなくメニュー価格の見直しを検討することになると思われる。

■国産そば粉へのシフトは続く可能性も

 では、高くなる輸入物のそば粉を使っているそば店が国産そば粉にシフトしていくだろうか。

 確かに輸入物そば粉の値上げによって国産そば粉との価格差は多少縮まることになるがまだ価格差は大きく、大きなシフトは見られないと予想。ただし顧客の嗜好が価格以上に高付加価値なものを求める昨今の流れから商品戦略として国産そば粉へのシフトは見られ始めているという。

■外国産そば粉を使う店も増える

 国産そばはここ数年極端な不作がなく、またコロナ禍による需要減退もあり、相場は落ち着いている。しかし、そばは台風や多雨などの天候不順に大変弱く、数年に1回、大不作に見舞われれば、国産玄そばは供給不足懸念から暴騰し、時には倍以上に跳ね上がることもあるという。そのような状況になれば、国産そば粉使用を謳っていたそば店でも国産そば粉に外国産のそば粉を混ぜていかざるを得ない状況になるという。

■輸入物のそばを受け入れざるを得ない

 そば製粉会社が最も恐れているのは日本国内のそば需要の7割を賄う輸入玄そばが高騰だけではなく、手に入らなくなること。その分を国産で賄えるかとなると、構造的に急に増やすことはできない。そうなればそば粉を供給できなくなるという状況も可能性としてはある。

 ただ今のところ、輸入物のそばの高騰を受け入れさえすれば供給されるという状況で、そば業界は受け入れざるを得ない。

コロナ禍での値上げラッシュに拍車をかけるウクライナ危機

 昨年から今年2月にかけて、製麺会社などではそばうどんの値上げを進めてきた。それに伴い大手立ち食いそばチェーンでも値上げラッシュとなっていて、ようやく落ち着いたというまさにこの時期にウクライナ危機が勃発した。さらなる値上がりで、天ぷらそば(野菜かき揚げ)が500円超えなんていう事態も近未来にやってくるのかもしれない。一刻も早い紛争の解決を期待するばかりである。

大衆そば研究家・出版執筆編集人・コラムニスト

1959年生。東京理科大学薬学部卒。中学の頃から立ち食いそばに目覚める。広告代理店時代や独立後も各地の大衆そばを実食。その誕生の歴史に興味を持ち調べるようになる。すると蕎麦製法の伝来や産業としての麺文化の発達、明治以降の対国家戦略の中で翻弄される蕎麦粉や小麦粉の動向など、大衆に寄り添う麺文化を知ることになる。現在は立ち食いそばを含む広義の大衆そばの記憶や文化を追う。また派生した麺文化についても鋭意研究中。著作「ちょっとそばでも」(廣済堂出版、2013)、「うまい!大衆そばの本」(スタンダーズ出版、2018)。「文春オンライン」連載中。心に残る大衆そばの味を記していきたい。

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