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おうちプールに潜む危険とは? 安全に遊ぶための注意点や対処法を医師が解説

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:アフロ)

 猛暑が続いています。今年はコロナ禍でプールや海・川にも行けないし……ということで、代わりに自宅でビニールプールを利用される方も多いのではないでしょうか。おうちにいながら遊べるし、暑さも紛らせますね。最近はいろいろなタイプのビニールプールがあり、子どもが喜びそうなデザインのものもよく見かけます。SNSではビニールプールで遊ぶお子さんの様子がたくさんアップされていて、一部のビニールプールは品切れという話も聞くほどです。

 

 そんなおうちでのプール遊びも、気をつけていないと事故の原因となります。

 

 そこで今回は「おうちプールで安全に遊ぶための注意点や心構え、実際に事故が起きてしまったときの対処法」についてお伝えしたいと思います。

家でも子供は溺れるリスク ビニールプール事故の報告もあり

 家のプールで遊ぶことの一番のリスクは「溺れる」ことです。そんな、家のプールで溺れるなんて大げさな、と思われるかもしれません。

 しかし子どもにとって「溺れること」は決してまれな事故ではありません。厚生労働省の人口動態統計によると、子どもの事故死亡原因の中で、溺水は4歳以下で3位、5~9歳では2位、10~14歳では交通事故と同数の1位となっています(※1)。

乳幼児が溺水で死亡したケースで、最も多く事故が発生した場所はどこかお分かりでしょうか。それはお風呂です。日本ではお風呂で溺れる子が多いという事実はあまり知られていません。「自宅で水が張ってある場所には子どもが溺れるリスクがある」と知っておくことは大事です。

 とはいえ、外国の自宅に備え付けられた大きなプールはともかく、ビニールプールで事故なんて起こらないでしょ、と思われるかもしれません。しかし子ども、特に1歳以下の乳児は水深がわずか数センチであっても溺れるリスクがあります。赤ちゃんは首や筋肉を思い通りに動かせないため、少しの水でも口と鼻を覆われると呼吸ができなくなってしまうのです。

 実際に東京消防庁の報告(※2)をみてみましょう。平成26年~30年の6~9月に発生した河川やプールで溺れた事故で69名が救急搬送されています。9歳以下は14名で、このうちプールが10名ですが、うち2名は子ども用のビニールプールでした。ビニールプールで溺れる事故は多くないにせよ実際に起きているんですね。今年のように、例年よりもビニールプールで遊ぶ機会が増えた状況では、こういった事故がさらに増える可能性があります。

「音で気づく」は思い込み 子どもは静かに溺れます

 自宅プールで子どもが溺れないためにはどんな準備が必要でしょうか。

 4~5年ほど前に、あるきっかけで、米国の小児科医が「子どもが溺れるときは静かである」という情報提供をしていることを知りました。小児科の教科書に載っているわけではありませんでしたが、個人的に思い当たる節もあり周りにも聞いて回ると、似たような経験をしている知人が多いことに気づきました。そこでいろいろ調べてみると、米国の沿岸警備隊や米国陸軍のウェブサイトでも水難救助の専門家が注意喚起していることが分かったのです(※3)。

 

 そこで、わたしが住んでいる長野県佐久地域の保育園32カ所の保護者にアンケート調査を行ったところ、子どもが溺れかけた経験があると答えた保護者が821名おり、うち694名(84.5%)が、「悲鳴や助けを求める声を出していなかった」と答え、477名(58.1%)が「バシャバシャ音を立てるなどしなかった」と回答していました(※4)。保護者の記憶に頼るアンケート調査であり限界もありますが、「子どもが溺れるときは音で気づくはず」という思い込みは危険な可能性があります。それを知ることがまずは予防の第一歩と考えています。

ビニールプール溺水事故、予防のための3つのポイント

 事故を予防するお知らせには、よく「気をつけましょう!」というメッセージを目にします。しかし具体的な方策なしで事故を防ぐことはできません。ここではアメリカ小児科学会が推奨する「子どもの溺水予防のために親が知るべきこと(※5)」から、自宅のビニールプールに関係しそうな部分をご紹介します。 

1.使用後はすぐに水を空にする

 ビニールプールはたくさんの水を使います。いちいち捨ててしまうのはもったいないと思うかも知れませんが、使っていないときには必ずプールの水を抜きましょう。貯めっぱなしにしておくと、保護者の気づかない間に子どもがプールに近づき溺れるリスクが高くなります。

 また、プールを離れるときは水遊び用のおもちゃをプールに浮かべたままにしないことです。子どもは好奇心が旺盛で、親の監視していない隙に水面に浮かんだおもちゃに吸い寄せられます。おもちゃを取ろうと上半身を乗り出すと、頭が重い分バランスを崩しやすく溺れてしまうのですね。

2.子どもだけでビニールプールに近づけないようにする

 ドアロックなどで工夫して、親の知らない間に子どもだけでビニールプールに行けないようにしましょう。

3.腕が届く範囲で子どもを見守る

 事故防止ではよく「目を離すな」と言われます。でも実際に子育てしているとなかなか難しいですね。アメリカ小児科学会はプールや入浴に際しては「腕の届く範囲で子どもを見守りましょう」と呼びかけています。

マルチタスクが事故リスクに 避けるための環境づくりを

 保護者が子どものプール遊びに専念することが事故予防の第一歩。そのためには準備が必要です。それは「マルチタスクを避ける」環境の準備です。ビニールプールの事故リスクのひとつは、それが「家にある」ということです。子育て中は、家にいると、次から次にやるべきことが出てきます。子どもが楽しそうに遊んでいると、「今のうちに家事をしておきたい」という欲がでてしまうのも十分理解できます。しかし子どもは「静かに溺れる可能性がある」以上、マルチタスクをしていると溺れていることに気づけない可能性があります。

プールに入る前に家事に区切りをつけておく、プールの間はスマホから離れる、玄関のインターホンや電話には子どもをプールに残したままの状態では出ないなど、あらかじめルールを決めておくことが大切です。

溺水以外に「転落」リスクも ベランダプールに潜む危険

 この夏、マンションなどでは、ベランダの一角を使ってビニールプールを広げられるご家庭もあるようです。マンションの中でのルールやマナーなど、いろいろな課題はあるかと思いますが、私がひとつ懸念しているのは転落事故のリスクです。

 

 あまり知られていませんが、夏はもともと転落事故が起きやすい季節です。温暖なため窓やベランダが開放される機会が増えることが理由だと思われますが、プールを利用してベランダが子供の遊び場になることは、さらに転落のリスクが増えることを知っておく必要があります。足がかりになるものはベランダに置かない、置かざるを得ない場合には(エアコンの室外機など)、必ず手すりから60cm以上離すことも大切です。子どもだけベランダに出すのは非常に危険なことも知っておいてください。

 こうした理由から、私としてはベランダプールをお勧めしていません。

もしも子どもが溺れたら 心肺蘇生で命を救う

 いろいろ対策していても、万が一子どもが溺れているのを発見した場合はどうすればよいでしょうか。5分以上溺れてしまうと脳に後遺症が残る可能性があるとされています(※6)。とにかく迅速に対応しなくてはいけませんね。

 ここからは心肺蘇生のお話です。心肺蘇生を迅速に行うことで救命率を上げることができます。

【心肺蘇生の方法】

 まずは大きな声で呼びかけ、意識があるかを確認します

1)反応がある場合

 回復体位をとります。回復体位とは、体と顔を横に向け、上側の足を前に出して曲げます(足を組むような状態)。顔は少し上にそらせ、顎をあげ、手で支えます。赤ちゃんの場合には体を支えて体を横に向けるだけでも構いません。その上で体が濡れて冷えないように拭き、乾いたタオルなどで包んで保温します。

2)反応がない場合

 心肺蘇生が必要です。人を呼び、119番通報をしましょう。顎をあげ、呼吸ができるようにし(気道確保と言います)、呼吸があるかを確認します。呼吸がなければ硬く平らな平面に寝かせた上で胸骨圧迫(胸の真ん中を手のひらの付け根で押す。乳児の場合は指二本を揃えて胸の真ん中で押す)と人工呼吸を開始することになります。胸骨圧迫30回、人工呼吸2回の割合で繰り返します。電話でつながった救急隊員の指示に従い、救急車が到着するまで休まずに続けてください。

 なお、この心肺蘇生はあらかじめトレーニングしておくことで、スムーズに行うことができます。これは消防署などが行う救命講習会で身につけることができますが、今はコロナ渦でなかなか参加も難しい状況です。消防庁では応急手当の基本知識が学べる「一般市民向け応急手当WEB講習」を用意しており、PCやスマホなどでアクセス可能です。お子様の万が一に対応できるよう、視聴されておくことをお勧めします。

 

 また、よくドラマで水を吐いて息を吹き返すようなシーンがあります。以前は溺れた場合に背中から抱きかかえて両腕をお腹に回して圧迫し、水を吐かせる処置を勧められた時代もありました。しかし意識がはっきりしていないときに無理に水を吐かせると胃の中のものが逆流して気管が詰まる(窒息する)ことがありますし、心肺蘇生の開始も遅れますので、今はそのような対応はお勧めされていません。

 今日はおうちプールの注意点と、いざというときの心肺蘇生について説明しました。猛暑日が続く今夏ですが、安全におうちプール遊びを楽しんでいただければと思います。

参考文献:

(※1)厚生労働省.平成30年人口動態統計.不慮の事故の種類別にみた年齢別死亡数及び百分率.https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0003214739(2020-8-20参照)

(※2)東京消防庁広報「夏に多発する事故から尊い命を守ろう」(https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/camp/2019/201907/data/camp1.pdf)(2020-8-20参照)

(※3)Mario Vittone:“Drowning Doesn’t Look Like Drowning”. U.S.ARMY.https://www.army.mil/article/109852/drowning_doesnt_look_like_drowning(2020-8-20参照)

(※4)坂本昌彦,長村敏生ほか.子どもが溺れかけた時の反応や状況に関する保育園児の保護者に対する調査結果.日本小児救急医学会雑誌19:1-8,2020

(※5)American Academy of Pediatrics website:Drowning Prevention for Curious Toddlers:What Parents Need to Know.(https://www.healthychildren.org/English/safety-prevention/at-play/Pages/Water-Safety-And-Young-Children.aspx)(2020-8-20参照)

(※6)野上恵嗣.小児溺水の予後不良因子の検討.小児科臨床55:1517-1521,2002

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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