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分かりづらい子どもの「お腹のケガ」実は死亡リスクも 水筒の運び方や自転車ハンドル等の対策と受診の目安

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(写真:イメージマート)

 まだまだ暑い日が続きます。水筒を持って登園・登校されるお子さんもまだまだ多いかと思います。水筒と言えば、最近消費者庁が、水筒を持ち歩くときの転倒事故について注意を呼び掛けています(1)。転倒したときに水筒がお腹に当たり、内臓損傷に至る事例が報告されており、それを踏まえた注意喚起です。

 この注意喚起を機に、いくつかのニュースで水筒のリスクが大きく取り上げられ、水筒をたすき掛けにしないことなどが呼び掛けられました。一方、お腹のケガにはどんなリスクがあるのか、また、いざというときの受診目安などに詳しく触れた記事は少ない気がします。そもそも、水筒に気を付けてさえいればお腹のケガは防げるのでしょうか。

 実は水筒以外でも注意すべき状況が知られています。今回は、お腹のケガについて、起きやすい場面や受診の目安、そして予防について考えていきたいと思います。

 なお、本記事内では、腹部打撲・腹部鈍的外傷等のお腹まわりの外傷・ケガをまとめて「お腹のケガ」と表記いたします。

お腹のケガは分かりにくい

 実はお腹のケガは分かりにくいのです。悲しい事故をひとつ紹介します(2)。

公立保育園に通っていた6歳の男の子が、16時頃、園庭で追いかけっこをしていた時にデッキに置いてあるサッカーゴールの網に足を取られて転倒(転倒の様子は直接誰も見ていなかった)。転倒後に見守りをしていた保育士が駆け寄り「大丈夫?」と聞くと「うん」と答えた。「どこか痛いところある?」と聞くと「お腹かな」と答えた。お腹を手で確認したが気になる部分はなく、受け答えもできたため室内で安静にしていた。その後児は寒さを訴え、「眠い」「のどが痛い」と言い眠ったため、保育士は普段と様子が異なると考え保護者に連絡しお迎えを要請。18時頃保護者に引き渡したが、19時頃容態が悪くなり病院搬送。腹部打撲による臓器損傷が原因の出血性ショックと診断され、治療されたが、翌日5時に搬送先の病院で死亡した。

                            <資料(2)より>

 この事例から、お腹のケガは外から見ただけでは分からないことがある点、一方で見過ごされると命にかかわることもある点がお分かりいただけると思います。

 手遅れにならないためにも、我々はお腹のケガについて知っておく必要があります。

お腹の表面を見ただけでは分からない 内蔵損傷もありうる「腹部鈍的外傷」とは

 腹部鈍的外傷とは、お腹に直接的な打撃を受けたり(蹴られる、物がお腹に強くぶつかる)、高所からの転落や交通事故などの高エネルギー外傷で複数の場所にケガを負ったりするときに起こるケガです。一見外から見るとお腹の表面に大きなケガはなさそうに見えますが、内臓を損傷してしまうケースがあります。損傷する臓器としては、わが国の報告では、子どもの腹部外傷の入院例のうち、肝臓が26%、脾臓と腎臓が12%だったとの報告があります(3)。いずれも言わずと知れた重要な臓器で、傷つくと大量出血のリスクもあり、命を脅かす可能性があるケガと言えます。また十二指腸や小腸など消化管を損傷すると穴が開く(穿孔)可能性もあり、これも緊急手術の適応となります。

お腹のケガは子どもに多い、そのわけは

 このようなケガは大人より子どもに多いことが分かっています。

 子どもの日常のケガでもっとも多いのは転倒や転落です(4)。こどもは大人より転びやすく、転んだ際に上手に受け身を取ることができないため、お腹にケガをしやすいのです。また、大人よりも筋肉や皮下脂肪が薄いので衝撃から内臓を十分に守れないこと、成人と比べて肝臓や脾臓が胸郭より相対的に大きいため、肋骨で守られていない部分が多いことなども、お腹をぶつけた時に内臓を損傷しやすい理由とされています(5)。

どのような場合に起きやすいのか?

 お腹のケガの原因として、最近は水筒が大きく取り上げられました。水筒がお腹に当たることにより内臓が損傷するケースは医療機関からいくつか報告されており、日本小児科学会も注意喚起をしています(5)。細長い形状をしているため外力が1点に集まりやすく、小さな力でも内臓損傷に至りやすいのです。

 しかし、水筒に限らず、転んだ時、お腹の前方に固いものがあれば、どんな場合でもリスクがあります。最初にご紹介した事故は転倒によるものでした。それ以外には、例えば空手などの運動時のお腹へのパンチやキックによるケガや(6)、ブランコや鉄棒への強打、跳び箱の角にぶつけたケースが報告されています(3)。

 ここで、特に知ってほしい例としてもう一つ、自転車のハンドル外傷をご紹介したいと思います。

自転車のハンドル外傷は手術が必要なケースも多い

 自転車のケガの中には、運転中にバランスを崩して前輪が子どもの体と垂直方向に回転し、ハンドルの先端が胸やお腹にぶつかるハンドル外傷があります。ハンドル外傷は男児に多いこと、ハンドル以外の自転車に関連する外傷と比べて、腹部にケガを負うリスクが高いこと、手術治療を必要とする可能性が高くなること、一方で、外からの見た目ではあまり重症に見えないため、家族などが最初に状態を過小評価しやすいリスクがあることが報告されています(7)。

 またハンドル外傷では医療機関までの受診が長めである点も指摘されています。ある調査では自転車のハンドル外傷は受傷から来院まで平均3.5時間(範囲:30分~36時間)かかったと報告しています(8)。受診が遅れがちな理由として、ハンドル外傷は単独事故が多いため、親が外見で大きなケガがないと判断した場合、ケガが過小評価される可能性や、子ども自身がケガを隠そうとして発見が遅れる可能性が考えられます。このように自転車ハンドル外傷には重症化リスクがある点はもっと知られるべきだと思っています。

重篤な「お腹のケガ」を防ぐために

 このような危険な「お腹のケガ」を防ぐ対策を考えてみたいと思います。

水筒によるお腹のケガの予防としては、転んだ時にお腹の正面に水筒が来ない対策が必要です。

・子どもが肩から水筒をぶら下げて移動する場合,水筒のぶら下げひもを斜めがけにしない

・斜めがけにする場合には水筒が腹部正面に来ないようにぶら下げる高さを工夫する,

・水筒をぶら下げたまま走らない。

は対策のひとつと言えます(5)。

 自転車のハンドル外傷については、企業側が自転車のハンドルの形状を工夫して外力が1点に集中しないような形にするなどの製品開発も有効かもしれません。

 しかし、気を付けていても転倒を完全に防ぐことはできず、お腹のケガを完全に防ぐことは難しいでしょう。腹部外傷は内臓を傷つけやすい一方、一見元気で症状もなく、時間がたってから痛みや嘔吐などの症状が出ることがあります。子どもはうまく症状を伝えることができない点も、受診が遅れやすい要因と言えます。

 それでは、手遅れにならないためにどう対処すればよいのでしょうか。受診の目安をまとめました。

元気でもぶつけた痕がついていたり腹痛が続く場合は受診を

・直後、もしくはぶつけて1,2時間以内に吐いた

・症状はなく元気だが、お腹にぶつけた跡がついている

・お腹をぶつけた後に顔色が悪い

おしっこの色がいつもと違う

・ケガの後お腹の痛みが続いている

 元気であっても、上記に当てはまるようなら、また普段と様子が違うなど気になる点があれば早めに病院受診を心掛けていただきたいと思います。

子ども自身がぶつけた状況を伝えられるように

 また、子ども自身がお腹のケガのリスクを知っておくことも大切です。

・おなかにはたくさんの大切な臓器が入っていること

・転んだ時にお腹を強くぶつけると、時間が経ってから具合が悪くなることがあること

・転んだ時、体のどこに何をぶつけたのか、どんな風に転んだかをすぐに大人に伝えること

 これらを改めてこどもに言い聞かせておくことも大事だと思います。

 今回は子どものお腹のケガについて説明しました。お腹のケガは外から見ただけでは必ずしも分かりにくいですが、注意が必要だということをご理解いただければ幸いです。

参考文献

1.消費者庁. 子ども安全メールfrom消費者庁 vol.635「水筒を持ち歩くときの転倒事故に注意!」. 2023.

2.葉山町特定教育・保育施設など重大事故検証委員会. 葉山町特定教育・保育施設など重大事故検証委員会報告書. 2018.

3.浮山越史, 伊藤泰雄ほか. 【小児腹部救急診療のコツ】小児腹部外傷診療のコツ. 日本腹部救急医学会雑誌. 2009;29(1):63-8.

4.東京消防庁. 救急搬送データからみる日常生活事故の実態(平成30年). 2018.

5.日本小児科学会子どもの生活環境改善委員会. Injury Alert(傷害速報):No.59.水筒による膵外傷. 2016.

6.那須亨, 上田健太郎ほか. 小児鈍的外傷性十二指腸穿孔の3例と画像診断のタイミング. 日本外傷学会雑誌. 2017;31(3):405-9.

7.廣瀬智也, 小倉裕司ほか. 小児自転車ハンドル外傷の特徴に関する検討-非ハンドル外傷例との比較-. 日本救急医学会雑誌. 2013;24(11):933-40.

8.Karaman I, Karaman A, et al. A hidden danger of childhood trauma: bicycle handlebar injuries. Surg Today. 2009;39(7):572-4.

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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