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冬の避難所で子どもを支えるためにできること~栄養や心のケア、アレルギー対策~

坂本昌彦佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医
(提供:イメージマート)

元旦に石川県能登地方はじめ北陸を襲った地震は、多くの被害をもたらしました。多くの家屋倒壊や火災などの被害を目にして心が痛みます。多くの方が避難所で過ごしているとの報道もあります。中には子連れ避難の方もいらっしゃるかと思います。災害時の子連れ避難には留意すべき点がいくつかあり、まとめてみました。少しでもお役に立てばと思います。

赤ちゃんの栄養について

安心できる環境で母乳育児を

災害時に赤ちゃんを抱えるご家族にとって心配なのは授乳についてかと思います。避難場所にいる場合は、必ず授乳スペースが必要です。特に母乳の場合は、大きなストレスがかかると母乳をぎゅっと押し出すホルモンが出にくくなり、「母乳が出にくくなった」と感じるお母さんも多いですが、母乳は作られ続けており、お母さんが安心できる環境があると母乳は出やすくなります。したがって、授乳スペースなど安心できる環境を整えることが母乳栄養を進めるためにも大切です。

なお、内閣府男女参画局が授乳アセスメントシートを作っています。支援者の方は参考になるかもしれません。

内閣府男女参画局 災害対応力を強化する女性の視点~男女共同参画の視点からの防災・復興ガイドライン~授乳アセスメントシート

ミルク栄養は消毒できる環境と液体ミルクが役に立つ

粉ミルクの場合は粉ミルク、哺乳瓶ともに殺菌が必要です。粉ミルクは70度以上(沸騰して)熱いうちに溶かす)で殺菌できます。災害時には殺菌する道具や薬品が手に入りにくいかもしれません。そのような状況下では、もし液体ミルクがあると役に立ちます。調乳の手間がなく、簡単に準備でき、また70度以上のお湯による殺菌も不要だからです。

使い捨て哺乳瓶や液体ミルクのアタッチメントが消毒できない場合には、カップ授乳のやり方を知っておくと役に立ちます。

カップ授乳の方法(教えて!ドクタープロジェクト「災害に備える」より引用)
カップ授乳の方法(教えて!ドクタープロジェクト「災害に備える」より引用)

栄養が足りているかは赤ちゃんの機嫌と排尿・排便回数で判断

赤ちゃんも、普段と違う環境ではいつもより泣いたり、おっぱいから離れなかったりするかもしれません。栄養が実際どれくらい足りているのかよく分からないこともあります。目安は赤ちゃんの元気度、おしっこや便の回数が普段と比べて減っていないかです。気になることがあれば医療者に相談してください。

子どもの心のケア~非常時における正常な行動を知る~

災害時は栄養や環境調整だけでなく、子どもの心のケアも大切です。

子どもは大人ほど語彙力もないため、自分の気持ちを上手に言葉で伝えることができません。その結果、災害時に感じたストレスは言葉の代わりに以下の言動で現れることがよくあります。

災害時にみられる子どもの反応(出典[1]より教えて!ドクタープロジェクト作成)
災害時にみられる子どもの反応(出典[1]より教えて!ドクタープロジェクト作成)

赤ちゃん返りや夜泣き、乱暴な行動など、災害時にみられる子どもの「異常な行動」は「非常時における正常な行動」です。大きく受け止めてしっかりと抱きしめてあげてください。同じ話を何度も繰り返したり災害を再現するごっこ遊びは、子どもが子どもなりに災害を受け止め、体験を消化するために必要なプロセスとされています。また子供も大変そうな親に気を遣っています。平気そうな子供ほどケアが必要、とはよく言われることです。

上記の反応が見られた場合、生活への影響が見られなければ様子を見てよく、一緒に遊んだり話をする時間を作り、抱きしめてあげてください。気になる点があれば医療者に相談してください。

赤ちゃんの環境を保つには

栄養問題と同様に、断水や停電が起こる災害時は子どもの衛生問題も課題になります。清潔な状態を保てないと病気の原因になることもあります。そこで、まずは少量のお湯で皮膚をきれいにする方法をご紹介します。もし、赤ちゃんのおしりふきがあると、体拭きや身の回りの汚れを落とすマルチグッズとして役に立ちます。

寒さ対策は「風を防ぎ、空気を貯める」

まだ年始で、被災地は非常に寒いです。一方で十分な電気もなく、寒さ対策は大きな問題です。寒さから身を守るポイントは「風を防ぎ、空気を貯め、水に濡れない」こととされています。具体的なポイントは以下の通りです。

寒さから身を守る方法(教えて!ドクタープロジェクト「災害に備える」より引用)
寒さから身を守る方法(教えて!ドクタープロジェクト「災害に備える」より引用)

少量のお湯で皮膚をきれいにする方法(教えて!ドクタープロジェクト「災害に備える」より引用)
少量のお湯で皮膚をきれいにする方法(教えて!ドクタープロジェクト「災害に備える」より引用)

アレルギーがあるお子さんの避難生活の留意点

次にアレルギーがあるお子さんの留意点についてまとめます。

避難所ではアレルギー児の保護者の皆さんは「こんな時にわがままを言っているんじゃないか」「非常時なのに甘えている」と思われるんじゃないかと気にされ、「白米は食べれるからアレルギーがあるって言わないでもいいか」と遠慮されたというお話も聞いたことがあります。アレルギーは決して甘えではありません子どもを守るためにも堂々と対策を取っていただければと思います。また避難所運営側も、「アレルギーのある方は注意してください」という書き方よりも、「アレルギーのある方は遠慮なく声をかけてください」という案内にしていただければと思います。アレルギー疾患ごとのポイントをまとめます。

気管支喘息のお子さんの対策

地震などの大災害が発生すると、呼吸器感染症、天候、精神的ストレスなど、喘息症状の強力な増悪因子が増加することが知られています[2]。東日本大震災後の調査でも、喘息が悪化した原因として「感染(風邪など)」「ほこりやがれきなどの粉じん」「ストレス」が多かったとの報告があります[3]。したがって、そのきっかけを避けることが発作予防の最初のステップです。

1)発作の引き金になるものを避ける

 ホコリ、煙、がれきなどの粉じんは喘息発作の引き金になります。寝具を広げたり、たたんだりするときのホコリやがれきからの粉じん、焚き火、たばこ、蚊取り線香などの煙を避けましょう。避難所では、ホコリや風が入り込みやすい避難所の入り口から遠い位置に居住スペースを設置するなどの工夫も有用です。

2)発作予防薬を毎日続ける

喘息の発作予防薬には吸入薬もあります。電動の吸入器を使っている場合、スペーサーという補助具を使うことで電源を使う必要がなくなります。スペーサーが入手できない場合には、紙コップの底に穴をあけるとスペーサーの代わりになります[4]。なお、普段から喘息のコントロールが良好なお子さんは、災害時に症状の悪化をきたしにくいと報告されています[2]。普段からの適切な喘息治療は災害への備えとしても有用と言えます。

食物アレルギーのあるお子さんの対策

ライフラインが寸断される災害時や避難所では、アレルギー対応食も速やかに供給されない可能性があります。避難所の物資供給は菓子パンやカップ麺が多く、食べられるものがないという事態も起こり得ます。実際に、震災後の調査でも、保護者が最も大変と感じたのは「アレルゲンのない食品を探すこと」だったと報告されています[3]。

1)必ず食物アレルギーがあることを伝える。

原因となる食べ物を誤って食べさせないことが非常に重要です。食事を配る係の人に必ず食物アレルギーがあることを伝える必要がありますが、善意で他人から食べ物をもらうこともあり得ます。必ず家族と相談してから食べるルールを本人と決めておいたり、あらかじめアレルギーがあることを示すプレートなどを準備し、食べられるもの、食べられないものを分かりやすく伝える工夫をしておいたりできると、より安心です。

2)炊き出しについて

炊き出しは大量に調理するため、少量のアレルゲン物質の混入は避けられないものと考えて対応することが大事になります。

3)アレルギー疾患に対する社会の理解も大切

ところで、「アレルギーが出ても食べないよりはいいのだから食べさせなさい」等の、誤ったアドバイスがなされたり、配給時に「アレルギー食品の成分表示を見せてほしい」と尋ねたところクレームと誤解されるなど、アレルギーに対する理解が不十分なケースも散見されています[3]。食物アレルギーがあることを伝えるのは決してわがままではなく、親の過保護な行動でもありません。繰り返しになりますが命を守るために必要な行動です。

アトピー性皮膚炎のあるお子さんの対策

災害で生活環境が悪化すると、かゆみや乾燥が強くなることでアトピー性皮膚炎が悪化することも珍しくありません。自然災害によるストレスそのものがアトピー性皮膚炎の悪化につながるとの報告もあります[5]。災害時には他の疾患と比べると緊急性が低いと判断されやすく、後回しにされがちで、症状の悪化につながります。実際、震災後の調査でもアトピー患者の約半数が「悪化した」と回答していました[6]。アトピー性皮膚炎の悪化の原因として、同調査では「入浴・シャワーができなかった」が圧倒的に多く(75%)、ほかにも保湿剤など軟膏が塗れなかった(10%)、などの理由が挙げられています。

1)病状を説明して優先利用

シャワーや入浴ができる機会があれば、病状を説明して優先して利用できるかを確認しましょう。これはわがままではありません。

2)いつもより一段階上の対策を

シャワーや入浴ができない状態が続くと、肌の調子が悪くなるので、普段ステロイドを使っている人はいつもより強めのステロイドを使い、普段保湿剤のみの人は早めのステロイドを使うのが望ましいでしょう。

3)できるだけ清潔を保つ

シャワーや入浴ができない時は、熱すぎない程度のお湯で濡らしたタオルで全身の汗やホコリを優しく拭くのが効果的です[7]。拭いた後は保湿剤やステロイド剤を塗りましょう。

避難所における子どもの安全管理

近年、災害時に子どもたちに必要な環境について、多くの提言がなされています。

避難所の子どもたちに必要な環境とは、『普段の様子』に近づける環境だと言われています。子どもにとって、「普段の様子で過ごせる」とは、「遊び場を作る」ことです。

ユニセフは避難所では子ども達が安心して安全に過ごせる場所が必要としており、その指針として「子どもにやさしい空間ガイドブック」を作成しています。

内閣府も避難所運営ガイドラインの中で、「キッズスペースの設置を検討する」と言及しています。授乳スペースの設置なども言及されています。

 また避難所では多くの方が生活するため安全管理も大切です。ポイントをスライドのまとめていますのでご紹介します。

危機的状況下のこどもの安全管理(「教えて!ドクタープロジェクト」資料より引用)
危機的状況下のこどもの安全管理(「教えて!ドクタープロジェクト」資料より引用)

危機的状況下のこどもの安全管理・保護(「教えて!ドクタープロジェクト」より)
危機的状況下のこどもの安全管理・保護(「教えて!ドクタープロジェクト」より)

自宅避難で起りやすいトラブルとは

ここまで避難所での留意点についてまとめましたが、中には自宅避難を選択するケースも多いかと思います。そこで、自宅避難の際に起りやすいトラブルについてご紹介します。

それは、断然「やけどや溺水などの家庭内事故」です。 

家庭内で起こりやすい子どもの事故については、日本小児科学会が「子どもの事故と対策」にまとめていますのでご確認ください。

日本小児科学会 子どもの事故と対策

例を挙げると、台所では電気ケトルのコンセントに足を引っかけてやけどする可能性があり、コンセントはあらかじめ抜いておく、子どもは溺れるときは静かなので浴室のお湯は抜いておく、ドラム式洗濯機に閉じ込めて窒息死した例があるので必ずチャイルドロックしておく、ベランダからの転落例(暖かい季節になると増えます)があるので、ベランダでは足場になる物を置かない、などです。

私達の「教えて!ドクタープロジェクト」では、乳幼児の災害対策について、フライヤーを何枚か制作してウェブサイトにまとめています。

教えて!ドクター 子ども・赤ちゃんと防災

改変や商用目的でなければ印刷や配布は自由にしていただいて構いません。ぜひご活用ください。

この度の地震で被害に遭われたすべての皆様のご無事と、少しでも早い復興・復旧をお祈りしています。

追記:1月3日10:00 一部情報追加しました。

   1月7日11:37 一部記事を修正しました。

参考文献

[1]村上佳津美.災害時の心のケア.小児内科, 2018:50:394-397

[2]Suzuki K, Hasegawa T, Iguchi S, Ota K, Sakagami T, Gejyo F, et al. The impact of the Chuetsu earthquake on asthma control. Allergol Int 2007;56:179. https://doi.org/10.2332/allergolint.L-06-07.

[3]山岡 明, 林 千, 渡邊 庸, 園部 ま, 長岡 徹, 三田 久, et al. 東日本大震災におけるアレルギー児の保護者へのアンケート調査(第2報) 津波の影響を受けた沿岸部の調査. 日本小児アレルギー学会誌 2013;27:93-106.

[4]日本小児アレルギー学会. 災害時のこどものアレルギー疾患対応パンフレット; 2021.

[5]Kodama A, Horikawa T, Suzuki T, Ajiki W, Takashima T, Harada S, et al. Effect of stress on atopic dermatitis: investigation in patients after the great hanshin earthquake. J Allergy Clin Immunol 1999;104:173-176. https://doi.org/10.1016/s0091-6749(99)70130-2.

[6]箕浦 貴, 柳田 紀, 渡邊 庸, 山岡 明, 三浦 克. 東日本大震災による宮城県における食物アレルギー患児の被災状況に関する検討. アレルギー 2012;61:642-651.

[7]日本新生児成育医学会「被災地の避難所などで生活する赤ちゃんのためのQ&A」

佐久医療センター小児科医長 日本小児科学会指導医

小児科専門医。2004年名古屋大学医学部卒業。現在佐久医療センター小児科医長。専門は小児救急と渡航医学。日本小児救急医学会代議員および広報委員。日本国際保健医療学会理事。現在日常診療の傍ら保護者の啓発と救急外来負担軽減を目的とした「教えて!ドクター」プロジェクト責任者を務める。同プロジェクトの無料アプリは約40万件ダウンロードされ、18年度キッズデザイン賞、グッドデザイン賞を受賞。Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2022大賞受賞。

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