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年末の衝撃!ウィグル製部品がすべての自動車メーカーへ?

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
すべての自動車メーカーはウイグル製部品に汚染されているのか(写真:イメージマート)

・戦慄の報告書「新疆ウイグル自治区における自動車産業と強制労働」

一つの報告書が業界を激震させています。タイトルは「Automotive Supply Chains and Forced Labor in the Uyghur Region(新疆ウイグル自治区における自動車産業と強制労働)」です。

英国のローラ・マーフィー教授を中心としてまとまられています。すべてを紹介できませんが、まずはご一読ください(https://www.shu.ac.uk/helena-kennedy-centre-international-justice/research-and-projects/all-projects/driving-force)。

ここでは私へのインタビューの形をとります。ただ結論では「ほぼすべての有名な自動車は新疆ウイグル自治区の強制労働と直接間接的に関わっている」としなっています。本報告書の言葉を借りればウイグル製の部材に“汚染”されています。

--これまで新疆ウイグル自治区といえば、アパレル分野や太陽電池分野とグローバルサプライチェーンの関わりが囁かれていました。

未来調達研究所の坂口孝則です。今日はよろしくお願いします。ご質問は、そうなんです。ただ、表面的には新疆ウイグル自治区の取引先と売買していなくても、上流を辿っていけば少なからぬ場合、ウイグルにつながっていくのは知られていました。それが自動車産業にも広がっているとさらされたので大騒ぎになっています。

--自動車のなかの、どんな領域ですか?

はい。それが、ほぼすべてです。鉄鋼、アルミニウム、銅、バッテリー、エレクトロニクス、その他(縫製等)となっています。米国の自動車産業は必要部材の四分の一を中国に依存しているんですね。その四分の一のすべてが新疆ウイグル自治区で生産されるものではありません。ただかなりの部分が新疆ウイグル自治区と連関性があるとされています。

--新疆ウイグル自治区では強制労働や強制収容所があったり、さらに同地区の住民を強制移送することで労働力を確保したりしていると有名ですが……。

はい、同報告書では、前述の鉄鋼からその他にいたる領域で、中国の部品産業がどれくらいのシェアを誇っているかを説明しています。さらに、新疆ウイグル自治区にどのような企業があるか固有名詞をあげ、またどのような人権蹂躙が行われているかも具体記述とともに非難しています。大変に衝撃的です。

--中国は認めているんですか?

はい、新疆ウイグル自治区での人権蹂躙ついて中国側は認めていないません。さらに当レポートで書かれた内容について、冷静に付け加えれば、私たちは現場で検証ができません。そのため保留つきで紹介しておきたいと私は思います。

・追跡不可能なサプライチェーン

--どのような影響が考えられますか?

たとえば米国では新疆ウイグル自治区が関わっていると合理的に考えられる商品を税関で止めています。日本の某企業も留保されました。もし同報告書の正しさが当局の認めるところになれば、かなりの影響は避けられません。

--なぜウイグル製は排除できませんか?

現代のサプライチェーンは複雑怪奇になっています。ただでさえサプライチェーン上は追跡が難しいんですね。取引先と、その上流の取引先を、ティア1、ティア2などと呼びます。ティア1の管理ですら大変なのに、ティア2、ティア3,ティア4……などと上流に遡れば、正直よくわからないんですよ。

正確には「調べられない」でしょうか。というのも推計で、自動車メーカーはサプライチェーンで2万社ほどの企業とつながっているとされるんですよ。新疆ウイグル自治区のメーカーが絡んでいないと断言できないんですよ。

現在、中国は新型コロナウイルスを部分的に緩和すると報じられています。ただ、それでもコロナ前に完全に戻ったわけではありません。さらに、この数年、新疆ウイグル自治区に各社が視察・監査に気軽にいけるわけではないですからね。サプライヤに訊いても「はい、人権蹂躙をしています」とは答えないでしょう。

--他国も同様ですか?

米国の例をあげましたね。EUではたとえばドイツがサプライチェーン・デュー・ディリジェンス法をもっています。これは従業員3,000名以上の会社などに、サプライチェーンにおける人権蹂躙を調査するように命じるものです。さらに「人権尊重及び環境保護に関する基本方針の策定」とともに「人権及び環境侵害の是正措置の策定及び実行」を課しています。

これを守れなければ課徴金や政府調達へ参加できなくなります。ドイツはあくまで一例で、多数の国がドイツに準じた法令を有しています。そしてEUの米国同様に人権蹂躙地域からの輸入を禁止する流れになっているんですよ。

・サプライチェーンの人権遵守方針

--日本企業はどうすればいいですか?

各企業は人権遵守を取引先に謳います。そして違反取引先からは調達禁止を盛り込みます。ペナルティを与えることによって実効性をもたせるんですね。

そしてティア1サプライヤにはティア2サプライヤにも人権遵守を求めるよう迫ります。そしてティア2サプライヤはティア3サプライヤへも人権遵守を……と隅々にまで行き広まれば、この世から人権蹂躙地域はなくなるはずです。少なくとも減少します。このような考え方が共有されてきました。

しかし冒頭の報告書が真実ならば、まだサプライチェーンの人権遵守状況は道半ばとしかいえませ。実際に同研究では新疆ウイグル自治区と直接・間接的に取引関係を有する有名自動車メーカーへ対応を質問しているんですが、やはり「サプライチェーンにおける人権遵守の基本方針を守るように再度徹底する」といった内容を各社は繰り返すしかないようです。

--ですから対応は?

対策は二つしか無いでしょうね。サプライチェーンをクリーンにするか、あるいは新疆ウイグル自治区の人権状況を改善するかです。

サプライチェーンをクリーンにするのであれば、徹底的なサプライチェーンの見える化が必要になります。ティアをどんどん深掘りしていって人権蹂躙地域との関わりがないかチェックし、さらに代替サプライヤを選定せねばならないんですよ。

--具体的にウイグルは?

中国オリンピックの決定前の数年前ならば国際的に圧力をかけて同地域等へ広く監査を受け入れるなどの方法があったかもしれません。

しかし現在は2022年です。

企業や団体が国を動かし、国際問題としてより大きくする――という途方もない長い道程が考えられます。それは無謀な試みかもしれません。しかしこの案がダメであれば、あとは中国国内での自浄作用を期待するほかありません。

ところでさきほど、「企業や団体が国を動か」す可能性についてふれました。ここで最後に一例をご紹介させてください。

それはUAW(全米自動車労働組合)です。同労組は同報告書をあげて、新疆ウイグル自治区を切り離したサプライチェーンを構築するべきだと述べ、経営側にプレッシャーをかけています。

もちろんこれは単純に受け取ることはできません。自国への部品製造回帰が起きれば雇用も生まれるし、政治的な意味合いもあります。

ただ青臭い言葉ですが、労組というものが全世界のどこにいる労働者であっても人権を守っていく理念をもつとすれば――、この発言にも意味がありますよ。自動車という高級品が世界のどこかの労働者の犠牲を強いて良いはずがありません。経営側が動かなければ労組が動いて、なんらかのポジティブな結果を導く。そう意気込むのは悪いことではないでしょう?

--果たして、日本企業は、そして日本国はどう動くのでしょうか?

SDGsにESG、CSR等々、人権の重要性を語るものは多いですよね。しかし目の前の人権蹂躙に無力ならば“言葉遊び”“建前”“フレーズ優先”と揶揄されても仕方がない。新時代を指す単語が空疎であって良いはずもないんですよ。

まずは同報告書の一読をお勧めしておきます。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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