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日本マクドナルド株売却のいま考えたい~異物混入への私たちの反応は過剰だったか、それとも同社の責任か

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

私は調達・購買関係のコンサルタントです。「The調達2016」という冊子を配布しているのですが、もっとも反響が高かったのは、企業の商品品質をいかに適正に守っていくか、その手法についてでした。食品や杭打ち問題まで、企業の商品品質を揺らがす問題がいくつも起きています。ここでは、そのなかでもマクドナルドを取り上げます。

2014年、日本マクドナルドのサプライヤである中国の食品メーカの品質管理問題が発生しました。

調達・購買部門のサプライヤ管理責任が問われるべきですが、マクドナルドは自らを「被害者」であるともしました。日本マクドナルドが会見を開きました。事態は沈静化するどころか、その後も、次々とさまざまな異物混入の事実が報じられました。ご記憶の方も多いと思います。

報道される情報量が増えるなかで、この事件をどう捉えてよいか、わからなかったかもしれません。「混入」と伝えられた異物は、ビニール片、人の歯、発泡スチロール片、金属片と多岐に渡たり「異物混入ドミノ」と伝えられていました。報道されている内容を読むと、一連の事象を正しく理解するためには、いくつかのポイントを押さえる必要があったように思います。

マクドナルドの異物混入は多いのか

今回の報道では、最近発見された分のみならず、過去に発見された異物も含めて、多くの事実が伝えられています。異物混入はあらゆる店舗で日常的に発見されているようです。マクドナルド商品の異物混入は、果たして多いのかどうか。食品への異物混入に関する統計データはあるのかどうか、探してみました。

東京都福祉保健局「食品衛生の窓」 食品の苦情統計

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/shokuhin/kujou/

広島市 食品衛生指導に関する統計データ

http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1318992052364/

東京のデータは、23区、町田市、八王子市のデータが。広島のデータは広島市のデータが掲載されています。今回問題になっている「異物混入」に関する苦情件数は、次のデータがありました。

東京 681件(平成24年度)

広島 95件(平成25年度)

上記のデータは、飲食業の店舗だけでなく、店舗で販売された食品への異物混入の発生も母数には含まれます。そして、この統計の扱いのむずかしい点は、仮に異物を見つけても、保健所に届け出がなかった場合はカウントされていない点です。このページのグラフ(http://www.mac.or.jp/mail/140501/01.shtml)では、平成12年の東京のデータが突出して多く、苦情食品の総件数が突然増加しています。

これは、当時発生した事件が大きく影響しています。牛乳の集団食中毒事件によって、消費者の食品品質への関心が高まった時期でした。牛乳の製造会社の社長の「私は寝ていないんだよ」との発言をご記憶のかたもおられるでしょう。以降、製造側の品質意識の高まりによって、多少の増減を見せながらも、平成11年以前の発生水準には下がっていません。

日本の人口の約一割を抱える東京で年間681件とすると、日本全国では年間6000件~7000件が発生してもおかしくありません。1日に換算すれば、17.8件(6500件発生していると仮定)となります。このページによると日本の飲食店は67万店とされています。マクドナルドは、最新のCSRレポート(http://www.mcdonalds.co.jp/company/csr/pdf/csr_report2013.pdf)によると、2013年末時点で3164店。飲食店全体の約0.5%です。

もし、東京の異物混入に関わる苦情割合を、すべて飲食店で発生していると仮定して、うち0.5%がマクドナルドの店舗で発生していれば、マクドナルドにおける年間の異物混入の発生は、約30.6件となります。1ヶ月あたり2.6件。なお、この試算は異物混入の苦情がすべて飲食店で起こっていると前提を置きました。1ヶ月あたり2.6件は、多く見積もった数値です。

仮に、2.6件/月発生していたとしても、かつての報道の量は異常だったのかもしれません。「異物が混入している」と親告すれば返金を受けられるため「便乗」と思われる事態の発生も報じられています。そして、私は過去にも同じように報道された事件を思い出しました。

2002年に発生した三菱自動車製大型トラックの脱輪による死亡事故、リコール隠しの結果、同社製の車の炎上が毎日のように報じられました。炎上した現場でのインタビューでは、

「(三菱の)車が来ると、燃えそうで怖い」

こんな市民の声が伝えられていました。連日報道される炎上事故に、当時三菱車を所有していた私が感じた気味の悪さは、今でも忘れられません。

しかし、当時(2002年)の統計によると、全国の車両火災の発生件数は、8617件でした。2000年の三菱自動車の国内販売シェアが約10%。もちろん、単年度の販売台数と保有されている車の割合は異なりますが、これらの数値から、多くて8617件のうち、861.7件は三菱の車であってもおかしくないし、1日に換算すると、2.36台は車両火災を起こす可能性があると類推できます。

今回のマクドナルドも、2002年の三菱自動車の時も共通しているのは、過去と変わらない発生確率で起こった事象が、ある「きっかけ」によって注目され、従来であれば報道する価値の乏しかった出来事にもニュースバリューが生まれ、今回は特に過去にさかのぼって掘り出されて集中的に報道されている状況です。企業側に立てば、従来となにも変わっていないにも関わらず、マスコミの対応方法が変わって、自分の意志ではコントロールできずに、事態は急激に悪化してゆきます。

インターネット上で伝えられた混入されたとされる異物

インターネットで「マクドナルド 異物混入」で検索すると、次の様な異物が混入したと伝えられていました。

・ビニール片

・金属片

・プラスチック片(機械部品)

・毛

・針

・ゴム手袋の一部

・ビニール状異物

・紙片

・歯

・鉄くず

・発泡スチロール

・金具

・虫

いろいろなものが混入したと伝えられています。これら伝えられた中で、マクドナルドでは、「異物混入に関するメッセージ(http://www.mcdonalds.co.jp/news/release_list_150106.html)」を公開しています。現在でも、いくつかのメッセージが掲載されています。

マクドナルドの対応

同社のメッセージでは、先日おこなわれた記者会見における「対応の不備」に関するお詫びと、今後の取り組みが(http://www.mcdonalds.co.jp/news/150114b.html)、社長名で掲載されています。また、3時間を越える記者会見(https://www.youtube.com/watch?v=HL-k9iHO_YM)がおこなわれました。

一連の経緯を確認し、問題発生時の対応の難しさの痛感し、なにやらそら恐ろしくなりました。私は食品・外食業界のバイヤではありません。しかし、いろいろな不具合には遭遇していますし、これまで対応してきました。そんな経験を持ってしても、現在マクドナルドの品質やサプライチェーンを担当する方の置かれた境遇は、想像の域を超えています。

まずインターネット上で伝えられた13種類の混入。まず、どこまでがマクドナルドが管理するサプライチェーンや、店舗でのオペレーションの中で混入したのか。

明確にマクドナルドがサプライヤを含めたサプライチェーン、店舗でのオペレーションの中に原因があったと報告しているのは1件、郡山で発生したプラスチック片のみです。それ以外は「混入経路の特定はできない」と結論づけています。結論は事実でしょう。この原因究明の過程で、なんらかの意図で事実をゆがめた事実判明すれば、日本におけるマクドナルドのブランドイメージには致命傷となるためです。

われわれが学ぶべき教訓

私たちがおこなっている日常業務も、マニュアルによっておこなわれています。マクドナルドほどの企業ですから、こういった異物混入の事態にも、マニュアルが整備され、記載内容に沿った対応がおこなわれていたと想定します。しかし、今回の事象は、マニュアルで定義された内容では対処できません。

財団法人食品産業センターが発行する「食品企業の事故対応マニュアル作成のための手引き」(http://www.shokusan.or.jp/index.php?mo=topics&ac=TopicsDetail&topics_id=415)を参照します。事故発生時の初期対応の中で、製品回収をおこなうかどうかを判断する基準がマトリックス表で記されています。事故の内容を3段階(クラス1~3)で分類し、それぞれに4つの要因を想定しています。

☆事故の内容

クラス1:事故が重篤な健康危害または死亡の原因になる恐れを有する場合

クラス2:事故が一時的または治癒可能な健康被害の原因となる可能性はあるが、重篤な健康被害の恐れは無いと考えられる場合

クラス3:通常は、危害発生の可能性がない場合

☆4つの要因

・物理的要因

・化学的・生物的要因

・表記の誤記

・その他品質不良

このマトリックスに照らし合わせると、もっとも重いクラス1にあたる事故は、郡山の店舗で発生したプラスチック片と、川越の店舗の針の混入です。早急な製品回収が必要な事故に該当します。クラス1との判定基準は、FDA(アメリカ食品医薬品局 Food And Drug Administration) のSECTION 555.425(http://www.fda.gov/ICECI/ComplianceManuals/CompliancePolicyGuidanceManual/ucm074554.htm)に規定されています。

食品中の異物による物理的危害(身体の損傷等)で、通常摂取前に除去作業がおこなわれない食品で、7~25mmの長さの硬質異物が含まれているものは不適格と記載されています。マクドナルドからは「長さ2~3センチ」と発表されており、郡山市の保険所からけが人の年齢と性別が発表されています。異物の性質、大きさ、そして保健所に届け出をしている点も、手引きに記載されている通りです。

プラスチック片と針以外の異物が、すべてマクドナルドの管理下で混入されたと仮定しても、ご紹介した手引き書ではすべてクラス2以下で、回収が必須とは定義されていません。そして、対処法として原則「当事者間で解決」と明記されています。

ここまでお伝えした内容から判断して、マクドナルドはマニュアル通り、適格に判断し、対処をおこなっていたと判断できます。しかし、ここまで大きく報道され、原因が定かでないものも含め、全国各地で次から次に異物混入が伝えられています。なぜ、このような事態へと陥ってしまったのでしょうか。答えは「異物混入に関するメッセージ」にあります。お詫びの内容について、全文を引用し、問題点(→以下)を「食品企業の事故対応マニュアル作成のための手引き」から引用します。

1.混入の要因がお客様にあるかのような誤解を与える記者の方々との質疑応答がありました。これは、お客様の心情に対する配慮を欠いた発言であり、大きな誤りでした。私たちは、常に自らの責任を追及すべき立場にあり、それがお客様の側にあると誤解されかねない表現でお伝えしてしまいました。

→社会や消費者の視点に立って公表する内容を検討する

これは、昨年8月に発生した「歯」の混入に関しての述べられていると推測します。マクドナルドのホームページで伝えられる内容には「2014年8月26日に、「ビッグマックセット」をドライブスルーでご購入いただいたお客様がご自宅でお食事され、翌27日にポテトより固いものを感じ口から取り出したところ、プラスチックのような硬いものだったとのお申し出が電話でありました」とあります。

購入の翌日に食べたポテトに異物の混入が発覚したことになります。私は「消費者が購入してから食べるまでの時間、どこかで混入したんじゃないの」と思いました。こういった考えは間違いです。明らかに消費者の視点でなく、提供者の視点です。事実、混入したポテトを食べたとされる消費者は、ニュース番組のインタビューに応じ、その内容はマクドナルドには不利な内容でした。

2.皆様に対して、異物混入の原因と私たちの今後の取り組み姿勢を十分にお伝えすることができませんでした。

→異物混入の発生件数を答えなかった点が、隠蔽(いんぺい)体質の企業と印象づけた

何度もご紹介している「食品企業の事故対応マニュアル作成のための手引き」でも、次のように書かれています。

「加工食品は、農畜水産物を原料としていることもあり、ある種の異物混入は避けられない面もあるが、消費者に対して安全な食品を常に提供できるよう、微生物、化学物質、鋭利なガラス片等の異物混入のリスクを最小限にする努力を払う必要がある」

今回混入されたとされる異物の中でも、注目すべきは針、金具です。マクドナルドのレジの後ろに見えるキッチンを思い起こしても、なにかが混入する可能性はゼロにはならないと容易に想像できます。

3.マックフライポテトの工場でのマスク着用義務に関して、米国工場でのマスク着用があったという誤った情報をお伝えしてしまいました。

→事故の事実関係の掌握とそれに必要な対応を迅速におこなっていると理解してもらう

記者会見に際しては、まず広報担当者に情報を集中させ、すべての情報を元に会見内容を判断しなければなりません。情報を正しく把握していなかった点で、不信感を増す結果になりました。

マクドナルドに残された道は、インターネットでマスコミだけでなく、個人から発せされる異物混入を疑われる個々の事象に対応し、明らかになった事実を明らかにしていくしかありませんでした。「異物混入」と伝えられている内容が、すべてマクドナルドに責任があるかどうか、事実はわかりません。しかし、すべてに地道かつスピード感をもって対処するしかなかったのだろうと思います。

最後に、そういった地道な対応をおこなっても、今のマクドナルドに残る問題点を指摘します。マクドナルドのホームページ上の「お客様へのお詫びとお知らせ(http://www.mcdonalds.co.jp/news/150114b.html)」に、商品への異物混入に対する3つの分野を明記しています。明記された順番に以下に引用します。

1)サプライヤの製造管理

2)店舗の調理オペレーション

3)お客様へのお問い合わせ対応

この順番で「サプライヤの製造管理」がトップになっています。この順番が、問題の大きさや優先度を表すわけではありません。しかし「サプライヤ」がトップに来ている部分から「みずからの責任と思っていないのか」と感じてしまいます。

仮にサプライヤの製造工程に代表される自社以外のサプライチェーンの問題であっても、最終的に消費者に届ける企業との責任意識があるのかどうか。私は、1から3の並びが、逆であるべきと考えます。調達・購買部門では、サプライヤの問題であっても、社内に対してはいかに「当事者意識を持てるか」どうかが問われます。

世間で話題になる、ならないでなく、これは当事者として客様の立場に立った、問題の解決に当たれるかどうか、その姿勢が問われているのです。そして、マニュアルは絶対ではない、しかし、初期対応、基本的な対応は、正しくおこなわないと、混乱を招いてしまいます。マニュアルは、疑いながらの活用が必要であり、マニュアルに記載されていない事象にこそ、対処の本質が表れるのです。

マクドナルドでほぼ毎週のように「てりやきマックバーガーセット」を食べている私がささやかに申し上げました。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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