モーニング娘。卒業から7年。鞘師里保がソロ2年目で辿り着いた“本当の自分”
モーニング娘。の絶対的エースから17歳で卒業し、ニューヨーク留学を経て、昨年ソロデビューした鞘師里保。3作目となる5曲入りEP『UNISON』をリリースする。全曲でグローバルに活躍する作家陣を迎え、グルーヴィーなダンスミュージックに特化。これまでの作品と大きく変わったが、「やっと本来の自分に辿り着いた」という。
小さい頃から洋楽を聴いていたのが反映されました
――先行配信のヒップホップチューン『WE THE ONES』から、食らわされた感じがしました。今回の『UNISON』は今までと変えようと思ったのですか? あるいは、やりたいことをやったら変わったのですか?
鞘師 どちらかと言うと、やりたいことをやったら……という感覚のほうが強いです。でも、3枚目というのはタイミングとして、何か展開しなければと思うところもあって。オーガナイザーのカミカオルさんの後押しも大きくて、5曲とも自分が聴いて育ったようなダンスミュージックにしました。
――小さい頃からそういう音楽を聴いていたんですか?
鞘師 はい。邦楽よりも洋楽を聴いていました。母親の影響なんです。当時だと、ビヨンセやジャスティン・ティンバーレイク、ブリトニー・スピアーズが流行っていて。そういうエッセンスを感じる曲を聴くと、魂が踊り出すような感覚になります。そんな私の好みが今回はより反映されています。新しいところを見せながら、より私自身に寄っていて。
――モーニング娘。時代も、家で聴くのは洋楽だったんですか?
鞘師 邦楽を聴かないわけではなくて、モーニング娘。の曲も元から好きでしたけど、聴くほうの中心は洋楽でした。
――ニューヨーク留学中にさらに深まったり?
鞘師 それはありました。もともと聴いていたのが2000年代のR&Bやヒップホップ中心だったのが、留学がきっかけでもっとトレンドを聴くようになりました。ダンスレッスンで先生が流すのが、リリースされたばかりの楽曲ということも多くて。その影響が一番大きかったです。
――最近聴いているのは、どんな曲ですか?
鞘師 チャーリー・プースとかザ・ウィークエンドとか。あと、K-POPもBTSやBLACKPINKなどを聴いています。
置いてけぼりにした過去の自分を連れて
――ルーツ的な音楽に取り組むのが今だったのは、自分の中で盛り上がるものがあったのですか?
鞘師 曲を作るときはずっと、ライブで自分のイメージ通りに踊れることが必要だと考えてきました。今の自分なら、こういう曲で踊れると思ったんです。
――スキルが高まったから?
鞘師 スキル的なこともありますけど、心の持ちようですね。チャレンジできる自信、自分への信頼が湧いてきたんです。音楽活動を始めた1年前だったら、これをやるのは合わなかったでしょうね。今はこういうテイストの楽曲で、本来の自分に辿り着くような感覚があります。少し前までは、本当の自分のちょっと後ろに実物の自分がいて、距離がある感じがしていて。それがこの1年、音楽活動をしてきた結果、ピントが合ってきた気がするんです。
――「過去の自分の手を取り自由を求めて歩き出す」というコンセプトも最初からあったわけですか?
鞘師 そうですね。以前は今に集中しないといけないから、過去を見ないようにしていたところもありましたけど、自分を信頼できたら余裕が出てきて、過去を振り返られるようになりました。置いてけぼりにしてきた昔の自分を「もう大丈夫だよ」と連れてきて、一緒に未来に進んでいく。それが今回のEPのテーマになりました。
――過去の自分があって、今の自分がいると。
鞘師 それをちゃんと伝えられるようになったと思います。
踊れる曲の土台があってサウンドの完成度が高くて
――楽曲はすべて、ViiiVさんら海外でも活躍されている作家陣が制作に加わっていますが、作り方も今までと変わりました?
鞘師 今までは、私が歌詞を書くのと同時に作曲してもらう手法が多かったんです。今回はダンスミュージックを歌うことに集中するため、カミさんが「こういう曲調はどう?」と聞かせてくださった候補から5曲を選んで、意見交換しながら制作しました。
――トラックメイカーなどに関して、鞘師さんからの希望もあったんですか?
鞘師 初めに楽曲を聴かせていただいたときは、どなたが作ったか知らなかったんです。結果的に選んだものがバラバラの顔ぶれでなく、チームみたいなまとまりのある形になりました。私の好みだったんでしょうね。
――グローバルで活躍する方たちのセンスも感じました?
鞘師 踊れる曲という土台があって、サウンドの完成度が高かったですね。私が慣れ親しんできた洋楽のエッセンスが強いのが、今回の全然違うところかなと思います。
――すべて共作の作詞に関しても、鞘師さんの関わり方は変わりました?
鞘師 テーマは私が全部「こういうことを言いたいです」と出させていただきましたけど、曲ごとに歌詞の世界の軸を作る担当を決めました。カミさんだったり、私だったり、シンガーソングライターのおかもとえみさんにお願いしたりで、適材適所というか。それで最終的には、みんなで意見を言い合いながら仕上げていった感じです。
日本語の詞でもダンス曲の雰囲気を変えないように
――『WE THE ONES』の歌詞は日本語と英語がゴチャ混ぜになっています。
鞘師 この曲はもともと、ViiiVさんの書かれた全部英語の歌詞が付いていたんです。それが今の私の心境にピッタリで。せっかくだから、これを活かしたい。でも、日本人のリスナーさんに伝えたいから、半分英語、半分日本語の形になりました。
――難しい作詞作業でした?
鞘師 日本語でどういう言い方にすると、英語とのギャップがなくなるか。テクニックも必要で、すごく苦戦しました。
――サウンドとしての言葉の響きも意識されていますよね?
鞘師 耳で楽しんでほしくて、聞こえ方はとても大事にしました。こういうダンス曲に日本語の詞を付けると、雰囲気を変えてしまうことがあって。自分の価値観を混ぜつつ、ちゃんと踊れる。その両立ができるバランスをすごく考えました。
――歌詞カードを見て面白かったのは、<共同empire>とか<滅裂じゃ困難>とか、洋楽テイストの中で硬質な語感の漢字の熟語が出てきて。
鞘師 それは私が書いたフレーズです。サビはパッと聴いてわかりやすい単語を使いたいというのがもともとあって、意外と書きやすかったです。むしろAメロとか他の部分が難しくて、カミさんに助けてもらったり、レクチャーを受けて勉強しました。
できるか怖かったラップもリズム感を活かせました
――歌いこなすうえでは、すぐモノにできました?
鞘師 私、ダンスではリズムに対して溜めて踊るんです。トンという拍の中にも幅があって、どこを切り取って踊るかで個性が現れますけど、私は遅取りというか、拍のギリギリ後ろを狙って踊るのが好きなんです。
――コンマ何秒の違いでしょうけど。
鞘師 そうです。それで、今回の5曲は『WE THE ONES』にしても拍と拍の間がすごく大きくて、歌い方はあまりツッコんだらいけなかったんです。でも私が歌うと、表現したいリズムより少し先走りしがちなことが、レコーディングで発覚しました。ダンスは後ろ取りをするのに、歌は逆に前に押してしまうクセがあって、リズムの取り方が違っていたんです。ダンスに合う楽曲を選んだのなら、歌い方ももっと研究しないといけないと実感しました。
――ラップはカッコ良くキマっています。
鞘師 初めてでしたけど、意外とスムーズにいきました。もともとラップをやりたい気持ちはありつつ、できるか怖かったんです。でも、リズム感が活かせて「いいね」と言ってもらうことが多くて、自信が付きました。メロディを乗せるフロウみたいなところも気持ち良かったです。
パッと出てきたフレーズから方向性が定まって
――EP1曲目の『MERGE』も“ひとつになって”といったテーマは、『WE THE ONES』と共通していますかね?
鞘師 『UNISON』というタイトルの核心を、より描いている楽曲ですね。『WE THE ONES』が“意見”で、『MERGE』が“意志”みたいな。1曲目に着手しようとしていた時期に、EPのテーマを「そろそろ」と催促されていて、追い詰められてパッと同時に出てきた言葉が“UNISON”と“MERGE”だったんです。それで『UNISON』をEPのタイトルにして、『MERGE』が方向性をガッと定めるフレーズになりました。
――“MERGE”は“融合させる”とか“統合する”という意味ですね。
鞘師 混じり合う、という。“UNISON”もふたつ以上のものが同時に動いていくという意味があるので、融合して、そこから新しい始まりの予感もある『MERGE』を1曲目に置きました。
――こちらでも<没入>という硬質な熟語が使われています。
鞘師 <キミと没入したら自由になれたね>とあるのは、過去の自分を<キミ>と呼んでいて、今の自分と一緒になるというコンセプトを表現しているんです。2人のようで1人。もちろん2人のこととしても聴いてもらえますけど、そういう仕掛けがあります。
理想の歌い方に合わせて歌詞を変えてもらいました
――その2曲でガンガンいって、3曲目のクールなトランス系の『Stupid』は、バランスを取って入れた感じですか?
鞘師 むしろ「これだけは絶対歌いたいです!」と言った曲です。デモでひと聴き惚れしました。曲調も私の好きな1990年代のR&Bとレトロなエレクトロニックダンスを掛け合わせた感じだったし、「ステージでこう踊りたい!」とイメージできたんです。今まで歌ってきた中では大人っぽい曲ですけど、イメージできたならチャレンジできるなと。
――完成形が見えていて。
鞘師 辿り着きたいところが頭に浮かびました。私のチャレンジには、できるかどうか不安が伴うことが多いんです。でも、この曲は難しくても絶対乗り越えると決めて歌いました。
――他と違って静かめなこの曲で、踊るイメージが浮かんだんですか?
鞘師 音数が少ない分、自分の声がスパイスになっていて、ビートもしっかり効いています。振付を楽しみにしていてほしいです。
――ヴォーカルは抑えめで、ミックスボイスを使っているようですね。
鞘師 ウィスパーみたいな声も入れて、ミックスっぽい感じになっています。歌い方にもすごくこだわりました。カミさんに書いていただいた歌詞の第一稿がカラッとした少年っぽい感じで、プリプロでさわやかに歌ったら、私が思っていたものと違うなと。カミさんも「何か違うね」となって、試行錯誤の中で「こういう声で歌いたい」というものが見えて、歌詞を直してもらいました。
――感情の流れるままに……というような夜っぽい詞になりましたが、できた歌詞に合わせて歌うのでなく、歌い方に合う歌詞にしたわけですね。
鞘師 そうです。この曲なら自分のこの声が出せる、と想像していた通りに仕上げていただきました。
冬が好きになったと伝える曲は詩的に
――4曲目の『Melancholic Blvd.』は冬の並木道と未来への道が重なって染みます。他の曲はリズムを大事に言葉選びがされた印象がありますが、これは歌詞そのものがスッと入ってきます。
鞘師 ちょっと胸がキュンとなりますよね。ずっと季節感のある曲を出したくて、今回はリリースが11月で、この曲はピッタリだと思いました。冬は色彩が他の季節より少なくて、12月になると華やぎますけど、11月はくすんでいて。
――都会の街並みもそうですね。
鞘師 自分の気持ちも同化してしまうし、寒いし、私はあまり好きな季節ではなかったんです。でも、人生の中で良い思い出がこの時期にできるとアップデートされて、淀んだ季節も好きになってきた。そういうことを言いたかった曲です。そこを真っすぐ伝えるために他の曲より詩的にしたくて、おかもとえみさんに詞を書いてもらいました。
――1stから打ち出している自分の内面の反映でもあるわけですか?
鞘師 これは完全にそうですね。直接的に冬とは出していませんけど、落ち込むと「私の人生なんて……」と思ってしまう時期でもあったんです。でも、それも楽しんで意味のあることを残していこう、という考え方に変わってきました。
――<辛い日々も音に乗せて変われたら>というフレーズがあります。
鞘師 まさにこの通りで、今は落ち込むだけでなく、全部をエネルギーにしています。プラス、この時期に思い出が生まれると、季節のせいではないんだなと。人と接して、どんな出来事が起こるかで変わっていくので、自分の行動次第だと思いました。
――そして、<焦らずに行こう 先はまだまだ長い>というのもいいですね。
鞘師 道を歩いている情景が伝わればと。5曲のバランスを固めていく中で、英語をどれくらい入れたらいいか、みんなで迷いました。おかもとさんも第一稿から「ここは英語でも言えます」というパターンも用意してくださって。いろいろな言葉を探しながら日本語が多くなって、最後にカミさんのアイデアで『Melancholic Blvd.』というタイトルが付きました。
コーラスを録るのに10時間かかりました
――ラストの『DOOM PA』はニューヨーク感が満載です。
鞘師 歌詞にBrooklyn bridgeが出てきて、花火がひとつのテーマになっています。私はブルックリンの友だちの家のビルの屋上で、独立記念日に花火を見た思い出があるんです。
――7月4日だから、夏ですね。
鞘師 でも、これは「花火は夏だけじゃないよ」という曲になりました。「日常で湧き上がる気持ちをひとつひとつ、花火が上がるように大きく咲かせよう」と、『UNISON』の中で一番ポジティブに歌っています。曲調の展開もすごく多いので、聴き応えを感じていただけたら。この曲はコーラスを録るのに10時間かけました。1日で終わらなくて、2日目もあって。
――より完成度を求めて?
鞘師 基本的に録る量が多すぎて(笑)。今回、他にも音数が少ない曲が多くて、コーラスなど声で厚みや華やかさを出していますけど、『DOOM PA』ではたとえば2番のBメロで、主メロの裏で「アー」「ハー」と全然違うメロディを歌っているんです。しかも、その「ハー」にもハモリの「ハー」が付いたり。メインの後ろに何コもハモリが入るのを、全部丁寧に録っていった結果、10時間かかりました。
――ハモも全部、鞘師さんが歌ったんですか?
鞘師 全部自分の声です。楽しかったんですけど、何が待ち受けているのかわからなくなるくらい、すごく仕掛けが多くて。主メロ、コーラス……と集中して聴く部分を変えるだけで、聞こえ方が全然違います。ガヤみたいなものもたくさん入っていて、耳を澄ませないと聞こえない音量だったりもしますけど、努力の結晶です(笑)。
ニューヨークの思い出が浮かんで自分の歌だなと
――歌には都会っぽさも出した感じですか?
鞘師 アーバン感があって、スキップして歌ってそうですよね。明るい未来へ背中を押してくれる曲でもあるので、引っ張ってもらっている感覚があって。コーラスを10時間レコーディングしてヘトヘトでしたけど(笑)、この曲を歌えて良かった、報われたと思いました。
――ニューヨークの光景も思い浮かびました?
鞘師 自転車のシェアが日本より前から、ニューヨークにはあって。私も自転車を借りて、ブルックリン橋を渡ったことがあるんです。電動の機能が付いてなかったんですけど、橋だから行けると思ったら、入口からすごい坂を登らないといけなくて。距離が長すぎて、脚がパンパンになりました。ニューヨークの思い出というと、それが浮かぶので、これは自分の歌だと感じられました。
やりたいことを実現できて自信になりました
――このEPを引っ提げてのツアーは、ダンス曲メインになると、より体力も要りそうですね。
鞘師 本当に体力強化合宿をしないといけないくらいで、焦っています(笑)。その分、見応えのあるライブにしたいです。ライブハウスツアーなので、近くでダンスを見てもらえるのがすごく嬉しくて。どの場所、どの席からでも楽しんでいただけるステージにできればと思います。
――体力を付けるために、していることもありますか?
鞘師 歩くことから始めています。考えをまとめたり1日を振り返るために、夜に散歩することは多いんですけど、最近は毎日2万歩くらい歩いていて。なかなかのものですよね(笑)。あとは、たまにジムで1時間くらい、ランニングマシーンで走っています。
――『UNISON』を作り上げて、アーティストとして得たものは大でしたか?
鞘師 大きいですね。たくさんの方の力をお借りしながら、自分のやりたいことが実現できている実感がより強くなりました。制作中からワクワクしていて、「こういうことを見せたい」と思っていた通りの1枚が完成したのは自信になります。小さい頃から憧れていたところにも近づけて。パフォーマンスをする立場として、これからのお守りになると思います。
Profile
鞘師里保(さやし・りほ)
1998年5月28日生まれ、広島県出身。
2011年にモーニング娘。の9期メンバーオーディションに合格してデビュー。2012年よりセンターを務め、2015年に卒業。2021年にソロアーティストとして1stEP『DAYBREAK』をリリース。3rdEP『UNISON』を11月16日に発売。
「RIHO SAYASHI 2nd LIVE TOUR2022」
11月21日 Zepp Haneda
11月30日 名古屋DIAMOND HALL
12月1日 心斎橋BIGCAT
12月10日 仙台PIT
12月17日 Skala Espacio
12月18日 BLUE LIVE HIROSHIMA
12月29日 Zepp Haneda