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AKB48卒業から10年。女優・前田敦子の独立と子育てとクズ男を引き寄せる役のこと

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/松下茜

クズ男にハマった4人の女性のブチ切れ恋愛バトルを描いた映画『もっと超越した所へ。』が公開された。主演は前田敦子。国民的アイドルグループだったAKB48の絶対的エースから卒業して、今年で10年になる。代わりのいない個性的な役を演じ続け、昨年からは事務所を離れて独立。3歳になる息子の母親でもある。そんな前田が今、考えていることは?

過去の自分を覚えているタイプではありません

――前田さんは以前、映画評の連載をされていましたが、最近もよくご覧になっていますか?

前田 全然観られてないです。子育て中なので。最後に映画館で観たのが確か『パラサイト 半地下の家族』で、もう2年くらい行ってないかもしれません。

――配信で観る時間もない感じですか?

前田 映画を1本きちんと観る時間はなかなか取れないですね。最近は、移動時間に1時間で終わる韓国ドラマをNetflixで観たりしています。

――AKB48を卒業して今年で10年になりますが、昔の出演作を観る機会もないですか?

前田 自分が出たのは観返さないですね。

――自分の中で特に手応えが大きかったとか、そんな作品はありますか?

前田 作品との出会いには感謝していますけど、自分で評価するものではないので。「これは完璧だった」とか思ったことは一度もありません。

――逆に、すごく苦労した作品や演技的にハードルが高かった役もありませんでした?

前田 物理的に寒い中で撮ったりはたくさんありましたけど、イヤな思い出で終わったことはないですね。毎回、壁にぶち当たって苦労はしています。でも、あまり過去の自分を覚えているタイプではないんです。でないと、やっていけないと思います。

人生経験はお芝居に絶対出ると思います

――自分の中で得意な役柄や難しい役柄も、あまりないですか?

前田 そうですね。自分が何が得意なのか、わかりません。

――変わり者とか屈折した役がハマる印象はあります。

前田 そういう役をいただくことは多いですね。でも、苦労しない役なんてないです。

――この10年の間に、演技に対する考え方が変わった部分は?

前田 人生経験は10年で積み重ねてこられているので、そういう意味では変わった部分もあるかもしれません。自分で意図的に何かを変えたというより、経験したものはお芝居に絶対出るので。いろいろ経験して、厚みのある人間に成長していきたいです。

――現場で監督か誰かに言われた何かが、演技の指針になったりはしませんでした?

前田 目の前にいる監督や演出家さんが言うことは、間違ってないと考えるタイプです。いろいろなやり方を教えてもらえるなら、やってみたいと思っています。

当面は子どもと向き合う時間を優先しようと

――この秋はミュージカル『夜の女たち』で地方も回られていますが、この2年は舞台に力を入れていたんですか?

前田 舞台との出会いは多くなりました。長い期間、キャストの皆さんとほぼ毎日一緒にいるので、家族みたいになれますし、深い話やアドバイスをしていただけて、毎公演が勉強になります。今は『夜の女たち』で何だかひと区切りつける気がしていて。

――舞台から離れるということですか?

前田 また突然の素敵な出会いがあるかもしれないので、断言するわけではありませんが、子どもと向き合うプライベートな時間も優先して、大切にしたい気持ちが大きいです。

――舞台は稽古も含めて、時間は取られますからね。

前田 大変なのは映画やドラマも全部同じでも、舞台は毎日の向き合う力をより必要とします。子どもの成長と共に、きちんと仕事に向き合う時間を作りながら、また何を生み出せるのか考えていきたいです。その時間の中で、新たな発見や成長をしていけたら。

――去年は野田秀樹さん主宰の『NODA・MAP』にも出演されて、舞台を経て身に付いたこともありました?

前田 私にとって、本当にすべてが新しい経験という感覚でした。みんなで作っていった舞台に立つ楽しさも、これでもかというくらい教えていただきました。もっといろいろ経験したい欲を持てて、今の自分に繋がっていると思います。

――生の芝居で瞬発力が磨かれたりもしました?

前田 そうですね。舞台が一番勉強になるとは本当に思います。

役作りをするより瞬発力で飛び込んでいって

劇作家・根本宗子の原作・脚本で、クズ男を引き寄せてしまう4人の女性の恋愛模様と、彼女たちの意地とパワーを描く『もっと超越した所へ。』。前田が演じたのは衣装デザイナーの岡崎真知子。中学の同級生でバンドマン志望の朝井怜人(菊池風磨)にSNSで話し掛けたことから、交流が再開。真知子のアパートを訪れた怜人は、強引に「しばらくここにいるわ」と寝泊まりするようになる。

――『もっと超越した所へ。』は根本宗子さんの舞台作品の映画化ですが、もともと根本さんの舞台はご覧になっていたそうですね。

前田 観ています。根本さんの舞台は本当に大好きで、皆さんに観てほしいなとも思っています。根本さんにしか書けないもの、出せないものが詰まっているので。女性としてのパワーをすごく持っている方で、ほぼ女性が主役の作品の中でウソがないのが好きです。女性ならではのものが確実にあって、言葉では表しにくいので、映画で根本さんを知った方も舞台にぜひ足を運んでほしいです。

――演じる側になると、根本さん脚本ならではのものはありましたか?

前田 私がやらせてもらった真知子は、舞台で根本さんが演じていた役で、脚本の時点ですごく面白くて。「これって何なんだろう?」みたいになることはありませんでした。

――怜人がアパートに転がり込んできて、流されるように一緒に暮らし始める役ですが、前田さんなりの色付けを考えたりはしました?

前田 たぶん役作りをする世界観ではないんです。個人でなくカップルの話なので。1人で役を作って何かを見せるというより、目の前にいる相手との瞬発力が必要とされていて。ひとつひとつを決め込んでいたら、爆発的なものに繋がらないと思っていました。だから、ちゅうちょしないで、どんどん飛び込んでいく感じでした。

自分の脚で立ってないで甘える男性は違うかなと

――この作品に限らず、前田さんは事前にいろいろ役作りはしないほうですか?

前田 お医者さん、弁護士さん、警察官とか技術的なものが必要な役なら、前もって勉強しないといけないことはたくさんあると思います。私はそういう特別な職業というより、個人のプライベートな部分を中心に描かれた役が多くて。現場で細かい部分を考えて、作っていくことのほうが多いです。

――今回、怜人については、前田さん目線でもクズ男だと思います?

前田 甘え方がちょっと違うんじゃないの? とは思いますね。自分の脚で立ってないのはどうかと。

――でも、真知子が惹かれる部分もあって?

前田 かわいいと思うのは、風磨くんが演じているからじゃないですか(笑)。目の前に本当に怜人くんがいて、好きになるかと言われたら、ちょっと難しいですね。客観的に見ている分には面白い人ですけど。

(C)2022『もっと超越した所へ。』製作委員会
(C)2022『もっと超越した所へ。』製作委員会

男女の喧嘩で「絶対言わない」ことはないので

――さっき出たように、真知子の言動について「何で?」と思うことはなかったと。

前田 今回はまったく思わなかったです。

――前田さん自身の感覚と近いものがあったんですかね?

前田 というか、カップルの喧嘩って「こんなこと、絶対言わないでしょう」みたいな言葉はひとつもないと思うんです。自分に近いかどうかでなく、男女で何を言い合おうが「そういうことね」というだけ(笑)。

――それにしても、「毎日生きて生活していくことって、もっと楽じゃないことだから!」などと感情を爆発させるシーンは、役に入り込んで相当エネルギーを使った感じですか?

前田 まあ、そうですね。さっきもお話ししたように、喧嘩のシーンってひとつひとつを考えて積み重ねて、「ここに行きます」みたいなことをやってしまうと、全部が予定調和でウソになってしまうと思っていました。たぶん監督も、互いをさらけ出した爆発みたいなものを大事にしていて、みんなもそうやって挑んでいた感じがします。

――ニュアンスは違いますが、去年公開の『くれなずめ』でも、やたら怒る役でした。

前田 あの映画では「怒るところはしっかり怒って、6人の男の子に1人で勝てる女の子でいてほしい」という演出を受けました。

――怒る演技、泣く演技、笑う演技でどれが難しいとか、ありますか?

前田 ピンポイントで言われると、全部難しいです(笑)。

――でも、現場で演じると入れるわけですね。

夜は10時より前に寝るようになりました

――この2年は充実されていたと思いますが、体力的にはキツい部分もありませんでした?

前田 30歳になったのと同時だったので、ちょっとキツかったですね。ガムシャラにやってきて、ひと段落つくところが見えてからは、「やっぱり疲れていたんだな」と体に向き合ったりはしています。

――20代の頃と同じようにはいかない面もあると?

前田 そうですね。今年は舞台をたくさんやったり、仕事量が多かったこともあると思いますけど。後になって体にくるものは、30代になって大きくなったかもしれません。

――舞台の疲れが溜まると、朝起きられなくなったり?

前田 夜寝るのが早くなりました。起きていられなくなって。

――10時ごろには寝てしまうとか?

前田 もっと早いです(笑)。だから、夜にやらないといけないことがたくさんあると、大変ですね。

――AKB48時代も超ハードスケジュールだったと思いますが、また違う大変さですか?

前田 あの頃は10代だったので。卒業したときが21歳だったんです。アイドルは一番元気だった7年間にやれていたので、元気ハツラツだったと思います。

――今は元気や活力を付けるために、していることはありますか?

前田 睡眠が一番大切かな。あとは、何でも話せる人がいることが、精神的にすごく大きいと思います。

――話を聞いてもらうだけでも違うと?

前田 そうですね。30代に入って、「この人には話せる」という相手はどんどん絞られてくるのは感じます。でも、片手に足りなくてもいいんです。本当の親友が1人か2人いたら、それだけで心のすき間は全然埋まります。

独立してから充実感が大きくなって

――AKB48を卒業したときに思い描いていた女優人生は、今送れていますか?

前田 そういう実感は、独立してからのほうが大きいかもしれません。

――この2年ということですか。それまでは物足りなさも?

前田 そういうわけではありませんが、仕事に向き合う感覚が変わりました。今は自分も1人の大人として、イチからエージェントさんと一緒に考えて、決めさせていただいています。独立してからのほうが、ひとつひとつ自分で納得しながらできているので、充実感は大きいのかもしれませんね。いっそう冷静になったら、「まだやってなかったことがこんなにたくさんある」と、この2年ですごく感じたんです。

――なるほど。演じる部分だけでなく、自分の脚で歩いている感覚があって。

前田 そうですね。いろいろ考えながら、やっています。

――経理とかの事務作業も自ら携われているとか。

前田 ちゃんと全部把握はしています。好き好んでというわけではないですけど、1人でやっているからこそ、そういう責任も持たないといけないので。

自分を縛る固定観念は持ちません

――女優としての自分のあり方みたいなことでも、先まで見据えているんですか?

前田 そういうことは自分で決めようとは思っていません。こういうキャラクターを演じたいとか、私はこれが強みだと打ち出すのは、逆に自分を狭めてしまいそうなので。出会いを大切にしていきたくて、自分を縛る固定観念は持たないようにしています。

――今までも、たとえばアイドルのイメージを払拭するために、何かを意識してきたようなこともなく?

前田 ないですね。もう私がアイドルだったことを知らない方も、世の中にたくさんいますから。そこは自然に流れていくものかなと、ずっと思ってやっています。

――前田さんが個性的な女優さんとして、良い仕事をされてきたこともあると思いますが。

前田 だといいんですけど、どうでしょうね? 出会いという部分では、すごくラッキーだったとは思います。

――『もっと超越した所へ。』ではクズ男を引き寄せる役でしたが、根本さんは「前田さんにはクリエイターを引き寄せるものがある」とコメントされていました。

前田 何をそんなに面白いと思っていただけているのかは、自分では定かではないです。でも、そう見られ続けてもらえたらいいなと思います。

撮影/松下茜

Profile

前田敦子(まえだ・あつこ)

1991年7月10日生まれ、千葉県出身。

2005年にAKB48のオープニングメンバーオーディションに合格し、2012年に卒業。2007年に映画『あしたの私のつくり方』で女優デビュー。2011年に映画『もし高校野球の女子マネージャーがドラッガーの「マネジメント」を読んだら』で初主演。主な出演作は映画『もらとりあむタマ子』、『イニシエーション・ラブ』、『旅のおわり世界のはじまり』、『葬式の名人』、ドラマ『Q10』、『毒島ゆり子のせきらら日記』、『民衆の敵~世の中、おかしくないですか!?~』、『逃亡医F』、舞台『フェイクスピア』、『夜の女たち』など。公開中の映画『もっと超越した所へ。』で主演。12月16日公開の『そばかす』、2023年1月13日公開の『そして僕は途方に暮れる』に出演。『ポップUP』(フジテレビ)で水曜コメンテーター。

『もっと超越した所へ。』

TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー

監督/山岸聖太 原作・脚本/根本宗子

出演/前田敦子、菊池風磨、伊藤万理華、オカモトレイジ、黒川芽以、三浦貴大、趣里、千葉雄大ほか

配給/ハピネットファントム・スタジオ

公式HP

(C)2022『もっと超越した所へ。』製作委員会
(C)2022『もっと超越した所へ。』製作委員会

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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