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AKB48で2代目総監督を務めた横山由依。夢のミュージカルまでの道と澄んだ歌声が物語るもの

斉藤貴志芸能ライター/編集者
撮影/伊藤智美

AKB48グループで高橋みなみを継ぎ、2代目の総監督を務めた横山由依。昨年12月に卒業し、本格的な女優展開を図っている。現在、念願だった初のミュージカル『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』に出演中。稽古に入った頃は「めちゃめちゃ高い壁が目の前にあります」と話していたが、本番でのヒロインぶりには目を見張るものがあった。

できないことを乗り越えるのを楽しんで

 横山は高校生だった2009年にAKB48の9期生オーディションに合格。研究生時代はバイトを掛け持ちしながら、地元の京都から週末の東京でのレッスンに片道8時間の深夜バスで通ったエピソードが知られている。2015年に2代目の総監督に就任したとき、心掛けたのが「時間を守る。着替えを一番早く。掃除用具を最初に取りにいく」と初心を自ら示すことだったという、真面目な性格だ。

 芸能界を目指したきっかけは小学生の頃に観たCHEMISTRYのコンサートで、もともとはアーティスト志向。レコード会社などのオーディションを中心に受けていたが、「高校生のうちに上京できなければ芸能界でやっていけない、という親の謎の教えがあって(笑)」と、高2でAKB48に応募した。

「アイドルを目指していたわけではないんですけど、AKB48は自分に合っていました。目の前にどんどん壁が現れて、越えたら、また次の壁が……というのが楽しかったんです」

 できないこと、初めてのことに挑むのが好きなタイプ。女優志向になったのは、舞台出演の経験が大きかったという。

「AKB48のドラマで、普段の自分と違う人間になるのが楽しい感覚はありましたけど、私は不器用で覚えるのが遅くて。稽古をして丁寧に作っていく舞台のやり方がしっくりきたんです」

 2019年から外部の舞台に相次ぎ出演。そして、旅番組『アナザースカイⅡ』でロンドンを訪れた際、『マンマ・ミーア!』を観劇。「英語がわからなくても、音楽と演技の力でグッと引き込まれて」と、ミュージカルへの憧れが芽生えた。

撮影/河野英喜
撮影/河野英喜

声の小ささから1音ごとに課題が

 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は2002年に映画が公開。スティーヴン・スピルバーグが監督を務め、主役の天才詐欺師をレオナルド・ディカプリオ、彼を追うFBI捜査官をトム・ハンクスが演じた。ミュージカル版は2009年にシアトルにて初演。2011年にブロードウェイに進出し、トニー賞で主演男優賞を受賞したほか、ミュージカル作品賞など3部門にノミネートされた。

 今回はハンサムな詐欺師のフランク・ジュニア役が岩本照(Snow Man)、FBI捜査官のカール役に吉田栄作。横山はヒロインの看護師、ブレンダ役。医者になりすましたフランクと恋に落ちる。

 待望のミュージカル。AKB48内では歌唱力に定評あった横山だが、稽古が始まった頃の取材では「歌はずっと大好きでしたけど、ミュージカルの歌は違うというのが、まず発見でした」と話していた。

「音程は付いていても、ブレンダとして発する言葉が歌になっているので。今までになかった、めちゃめちゃ高い壁が目の前にあります」

 細かい指導を受けて「私の楽譜の1音1音、メモがないところがないくらいです」とも。

「そもそも私は声が小さいところから、課題になっています。海外のブレンダ役の人の歌を聴くと迫力がすごいし、それでいて、やさしさもあって。私は昔から『淡々としている』と言われることが多いんです。ああいう大らかさを手に入れたいと、すごく思います」

 毎日「できなくて悔しい」「こう歌えるようになりたい」と思いながら、そんな状況こそ、横山は燃えるそうだ。

「悔しいとか、少しできるようになって嬉しいとか、1コ1コ感じられるのが幸せです。AKB48時代は忙しさの中で、ワーッと通り過ぎてしまった部分があるので」

撮影/伊藤智美
撮影/伊藤智美

純粋さを体現した歌で感情を豊かに表現

 そして開幕した『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』。横山のブレンダが本格的に登場するのは第二幕から。小切手を偽造し、パイロットになりすまして世界を旅していたフランク・ジュニアが、今度は偽医者になってER室長として勤め始めた病院で、テキパキと看護師の仕事をこなしていた。

 病院で一番若いナースで一番しっかり者という役柄通り、運び込まれた患者への処置を矢継ぎ早に仰ぐ。実は医者でなくてうろたえるフランク・ジュニアを引っ張る、白衣姿が凛々しい。

 そんなブレンダに「運命の人」とひと目惚れしたフランク・ジュニア。ベッドでのやり取りでは、プレイボーイ然とした彼に「どうして私なの?」などと尋ねるブレンダは、病院とは違うかわいらしさをのぞかせた。そこで横山が岩本とデュエットするのが『世界の七不思議』。

 <世界の七不思議と比べても 君ほど素晴らしい出会いはない>と歌い掛けられて、疑心暗鬼から最後は<満たされる あなたがいれば>と愛を誓い合う。岩本の甘い歌声に、横山がブレンダの純粋さを体現した澄んだ歌声を交わすハーモニー。会見で吉田栄作が「本当に素敵。キュンとなる」と評していた通りだった。

 フランク・ジュニアはブレンダにプロポーズ。詐欺師稼業から足を洗い、温かい家庭を築こうとするが、カールの捜査の手が迫る。クライマックスが近づく中、横山がソロで『Fly, Fly Away』を歌った。

 希望と癒しをくれたフランク・ジュニアへの想いを歌い上げるバラード。透き通るような歌声が伸びやかに響く。そして<だから待ち続ける あなたを>と、サビには熱い情感が籠っていく。まさにミュージカルらしい、歌での感情表現となっていて聴き入らせた。

撮影/伊藤智美
撮影/伊藤智美

年齢を重ねるごとに女優として開花の予感

 アイドルグループを卒業して、女優を目指す者は多い。横山のツイッターによると、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の2日目には、1期下の後輩だった川栄李奈が観に来たそう。

 朝ドラのヒロインにまで上り詰めた彼女は、最大の成功例と言えるだろう。そうしたドラマでの活躍はわかりやすい指標になるが、横山は本人が話す通り、じっくり稽古に取り組む舞台に向いている気がした。

 AKB48時代から地道な努力を重ねてきた堅実派。今回のミュージカルでも、当初挙げていた歌の課題をしっかりクリアしてきた。今年12月には30歳を迎える横山由依。年齢を重ねるほど、女優としての資質が花開いていくのを予感させた。

ミュージカル『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』 

~9月4日/東京国際フォーラムホールC

9月9日~15日/オリックス劇場

公式HP

撮影/伊藤智美
撮影/伊藤智美

芸能ライター/編集者

埼玉県朝霞市出身。オリコンで雑誌『weekly oricon』、『月刊De-view』編集部などを経てフリーライター&編集者に。女優、アイドル、声優のインタビューや評論をエンタメサイトや雑誌で執筆中。監修本に『アイドル冬の時代 今こそ振り返るその光と影』『女性声優アーティストディスクガイド』(シンコーミュージック刊)など。取材・執筆の『井上喜久子17才です「おいおい!」』、『勝平大百科 50キャラで見る僕の声優史』、『90歳現役声優 元気をつくる「声」の話』(イマジカインフォス刊)が発売中。

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