日本代表とベスト8進出をかけて対戦するベルギー代表のエンブレムと「赤い悪魔」の由来

「赤い悪魔」ベルギー代表の中心選手であるデ・ブルイネとルカク(右)(写真:Shutterstock/アフロ)

 7月3日未明、ロシアで行われているサッカーワールドカップ(W杯)で、「サムライブルー」ことサッカー日本代表は、決勝トーナメント1回戦でベスト8進出をかけてベルギー代表と対戦する。「赤い悪魔」ことベルギー代表と言えば、2002年の日韓ワールドカップで2-2と引き分け、日本が初めて勝ち点を得た相手としても知られるが、エンブレムや愛称の由来を紹介したい。

◇FIFA発足以前からサッカー協会を持つ伝統国

 ベルギー王国は西ヨーロッパに位置する立憲君主国で、現在の国王はアルベール2世の息子フィリップである。人口は約1132万人で、国土は約3万5000平方キロメートルと日本の12分の1ほどの小国だ。EU第2の港アントワープがあることから貿易が盛ん。また地理的にもEUの中心に位置する首都ブリュッセルは、EUの政治的中心となっている。

 現在、世界ランキング3位と優勝候補の一角に数えられるベルギー代表はヨーロッパ予選H組首位で通過し、W杯には2大会連続13回目の出場となる。エンブレムの下記にあるとおり、1904年のFIFA(国際サッカー連盟)設立以前の1895年にベルギーサッカー協会が発足しており、1930年の第1回から出場している。強豪ひしめくヨーロッパにおいて堅実なプレーを持ち味として1986年大会では4位にも入賞した伝統国だ。

◇エンブレムは国の成り立ちにちなんだデザイン

 ベルギーのエンブレムは国の成り立ちを表したデザインとなっている。ベルギーの起源は隣国オランダと密接な関係がある。1648年、スペイン・ハプスブルク家の統治に対して、当時のオランダとベルギーにあったネーデルラント17州のうち7州が、ユトレヒト同盟を結んでオランダとして独立。残りの10州は独立せずにスペインの支配下に残り、その後、紆余曲折して1830年に独立し、翌年にドイツのザクセン=コーブルク=ゴータ家から王を招聘しベルギー王国となった。

 そのため、1982年W杯時から使用しているエンブレムの上部にある王冠は王国を表すモチーフであり、周囲は勝利を意味する月桂樹で飾られている。ユニフォームの色である黒、黄、赤はもちろん国旗の色でありエンブレムの背景にも使用されているが、もともと、国の紋章の中央に位置する盾にちなんだもの。この盾は18世紀までベルギー北部にあったブラバント公国の紋章で、黒地に赤い爪を持ち、赤い舌を出す金(黄色)の獅子が描かれている。なおベルギー代表も1948年から1980年まではこの獅子のモチーフをエンブレムに使用していたほどだ。

 またベルギーにはベルギー語がなく、大きく分けて北と南で使用言語が分かれており、北部のフランデレン地域ではオランダ語、南部のワロン地域ではフランス語が話されており、首都ブリュッセルでは両言語が併用されている(一部はドイツ語も話されている)。そのため、エンブレムの中央にも「ベルギーサッカー協会」を意味する言葉の頭文字が併記されている。URBSFAはフランス語のUnion royale belge des societes de football associationの頭文字であり、KBVBはオランダ語の Koninklijke Belgische Voetbalbondの頭文字である。

◇「赤い悪魔」の起源は1904~05年の戦いぶりから

 それでは、いつからベルギー代表は「赤い悪魔(Diables Rouges/ Rode Duivels)」と呼ばれるようになったのか。ベルギーは100年以上の歴史の中で、白の時代もあったが、ほとんどが赤いユニフォームで戦っている。そんなベルギー代表は1904年にフランスと初めて国際試合を戦い、1905年には、現在では「低地国ダービー(Low Countries derby)」として知られるオランダ代表と2度対戦し、見事、3連勝を達成した。

 

 オランダ代表戦でのベルギー代表選手の数人のプレーをある記者が「悪魔のようなプレーぶりだった」と称した。その後、他の記者が見事に3連勝したベルギー代表を赤いユニフォームにちなみ「赤い悪魔」と表現し、それが協会の広報誌などでも使用され次第に定着していったという。

 FWロメル・ルカク、FWエデン・アザール、MFケビン・デ・ブルイネといったまさしく「悪魔のような」タレントを擁する赤い軍団ベルギー代表の攻撃を日本代表は食い止めることができるか、そして史上初めてベスト8に進出することができるか。キックオフは日本時間7月3日のAM3:00だ。