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覚悟をもって来日したイスラエル俳優「一般市民はどう対処すべきか途方に暮れている」 #東京国際映画祭

斉藤博昭映画ジャーナリスト
東京国際映画祭で来日したイスラエルの俳優レヴ・レイブ・レヴィン(撮影/筆者)

開催中の第36回東京国際映画祭には多くの海外からのゲストが集まっているが、その中にイスラエルの俳優もいる。「アジアの未来」というカテゴリーで上映されたイスラエル映画『家探し』で主演を務めた俳優、レヴ・レイブ・レヴィンだ。

いま日本も含め世界のニュースで連日トップで報道されているのが、パレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスとイスラエル軍の戦闘。各国ではイスラエルの攻撃を巡って大規模なデモも起こり、事態のさらなる悪化が懸念されている。

そのような状況のなか、イスラエル在住のレヴィンは映画祭のために来日を果たした。映画祭の参加に躊躇はなかったのか。そんな質問を向けると、彼は真剣な表情で思いを吐露する。

「じつは当初、母と一緒に日本に来る予定でした。しかし現在の状況で、彼女のパートナーである僕の義父をイスラエルに置いていく選択はとれず、僕一人で来日しました。『家探し』の監督(アナト・マルツ)と、共演者のヴィクトリア・ロソフスキーは二人とも子を持つ母親で、やはりイスラエルに留まりたいということでした。僕だけは独り身なので、作品を代表して何とか来ようと決意したのです。日本に来ることは本当に楽しみだったので…」

実際にイスラエルで生活している立場から、現在の状況をどう感じているのか。レヴィンの顔はさらにシリアスになり、ひとつひとつ言葉を選びながら、説明し始めた。

「現在起こっていることに、イスラエルの一般市民すべてがショックを受けています。何に、どう対処するべきなのか途方に暮れている状況です。おそらくイスラエル政府も混乱していることが、現地にいると伝わってきます。(ガザ攻撃の)計画の詳細や真意はわかりませんが、僕からすれば単に復讐と報復の連鎖に見えます」

今回の一連の出来事が勃発した時期、レヴィンはイスラエルにいなかったという。そして仕事先からイスラエルへ戻った彼は、人々の“異変”に衝撃を受けた。

「僕はジョージア(グルジア)での撮影に参加していました。その間に今回の事態となり、何度も友人たちと連絡をとり、実際に爆撃の被害に遭った町に住む友人は『本当に恐ろしい夜を過ごした』と明かしていました。時間が経つにつれ、彼らがどんどん疲弊していく様子も感じられ、イスラエルに戻ると急に髪が真っ白になった知り合いがたくさんいたことにショックを受けたのです。ジョージアへ行く前に比べると、だいたいみんな2倍くらい白髪が増えていて…。僕が想像した以上の心労だったわけです。そして今、まともなイスラエル人なら誰もが捕虜の帰還のみを祈っているでしょう。そのうえで、ハマスを一掃しようという意見、戦争をすぐ止めようという意見で分断され、さらに戦争にかかるお金の問題などで、イスラエルのほとんどの人が疲れきっているのが現状です」

撮影/筆者
撮影/筆者

今回、上映された『家探し』は主人公のカップルが、大都市のテルアビブから、夫の実家のある人口の少ないハイファへの転居を決め、新居を探す物語。妻は出産を間近に控えるが、夫は安定した収入がない、いわゆる“ダメ男”。そんな彼らの変わっていく関係が、イスラエルの日常とともに描かれるが、レヴィンによると映画の制作現場には明るい光明もあったという。

「この『家探し』はスタッフの半分がユダヤ人で、残りの半分はアラブ人。イスラエルにおける最高の共存風景が実現されていました。おもな撮影場所となったハイファでは、われわれ映画のクルーがまるでキャンプをしているような楽しい一体感があったのです。僕が演じたアダムという男は、たしかにダメ男な一面もありますが、人生で本当に大切な何かをつかむプロセスを表現することができ、本当に誇りに感じる作品になりました」

『家探し』の前に出演したイスラエルのTVシリーズでは、イスラエルとパレスチナの一触即発の関係も描いているとのことで「フィクションで描いたはずのことが、いま現実になっている」と語るレヴィンだが、「楽観的…と言われるかもしれないが希望は持ち続けたい」と強調する。

そしてイスラエルで俳優が政治的発言をすることに話を向けると、レヴィンは毅然とした表情で次のように答えた。

「イスラエルは民主的国家ですから、たとえば僕の発言が政府によって判断されてはいけないと思います。一方で何かを言って、国民に裁かれるのは仕方ありません。そこを覚悟できるなら、つまり自分の意見を信じていれば、政治的発言をするのは当然のことでしょう」

日本には11/4まで滞在するというレヴ・レイブ・レヴィン。映画祭が終わって彼がイスラエルへ帰国する頃、事態が少しでも好転していることを祈るのみだ。

2022年、カンヌ国際映画祭でのレヴ・レイブ・レヴィン
2022年、カンヌ国際映画祭でのレヴ・レイブ・レヴィン写真:REX/アフロ

『家探し』(英題:Real Estate)は2023年の東京国際映画祭で2回公式上映されたが、劇場公開や配信は未定。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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