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「君たちはどう生きるか」トロント映画祭「観客賞3位」が意味すること

斉藤博昭映画ジャーナリスト
curtesy of TIFF

第48回トロント国際映画祭で注目の観客賞(ピープルズ・チョイス・アワード)が発表され、受賞作はコード・ジェファーソンの初監督作『アメリカン・フィクション』に決定。2位にアレクサンダー・ペイン監督の『ザ・ホールドオーバーズ』、そして3位に宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』が選出された。

トロントでは毎年、短編も含め400本近い作品が上映される。今年は是枝裕和監督の『怪物』や濱口竜介監督の『悪は存在しない』といったカンヌやベネチアの受賞作も含まれており、その中からの観客賞トップ3は、まさに“選りすぐり”の作品。大いなる栄誉である。

トロントの観客賞が、その後のアカデミー賞に至る映画賞レースで重要な意味をもつことは過去の受賞作から明らか。『グリーンブック』などは前評判には上がっていなかったのに、いきなりトロントで観客賞に輝き、アカデミー賞作品賞へとつながった。『スラムドッグ$ミリオネア』『英国王のスピーチ』『ラ・ラ・ランド』『フェイブルマンズ』など、過去20年くらいの観客賞受賞作のほとんどがアカデミー賞でも本命の作品になっている。

「観客賞」とあるとおり、批評家や映画人の投票ではなく、あくまでも観客、映画ファンの好みが反映されたもの。映画業界としては、観客に愛される作品を見極める、ひとつの指針でもある。

注目なのは、この観客賞が3位まで発表されること。1999年までは1位のみだったが、21世紀に入ってからトップ3が発表され(4位、5位までの年もある)、3作品それぞれが賞レースで飛躍したりもする。

2位や3位の作品は、以下のようにアカデミー賞でも受賞した。

2002年 2位ボウリング・フォー・コロンバイン』→アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞

2005年 4位ブロークバック・マウンテン』→アカデミー賞監督賞

2012年 2位アルゴ』→アカデミー賞作品賞

2015年 3位スポットライト 世紀のスクープ』→アカデミー賞作品賞

2018年 3位ROMA/ローマ』→アカデミー賞監督賞

2019年 3位パラサイト 半地下の家族』→アカデミー賞作品賞・監督賞

2020年 3位パワー・オブ・ザ・ドッグ』→アカデミー賞監督賞

その他にもベスト3作品がアカデミー賞作品賞ノミネートへ至るケースは数多い。

4年前の『パラサイト』はそれ以前のカンヌでの評価があったとはいえ、トロント観客賞3位で、そこからアカデミー賞に結びついたことを考えれば、『君たちはどう生きるか』の今後の快進撃にも期待が高まる。

このまま『君たちは〜』の高い評価が続けば、おそらくアカデミー賞での長編アニメーション賞ノミネートを射程に入れるはずだ。国際長編映画賞は日本の代表が別の作品(ヴィム・ヴェンダース監督の『PERFECT DAYS』、これも今年のトロントで上映)に決まっているので、『君たちは〜』が入る可能性はない。ただ、その年の最高栄誉である作品賞は、一応、アニメーションでも入ることはできるので(2010年度は『トイ・ストーリー3』が作品賞ノミネート)、現実的には難しいものの希望の光は灯る。

ちなみに日本映画で過去のトロント観客賞受賞は、2003年、北野武監督の『座頭市』のみ。当時は、そこまでトロント観客賞とアカデミー賞の密接なリンクはなかった。観客賞ベスト3に日本映画が入るのも、『座頭市』以来ということで、『君たちは〜』がいかに観客に受け入れられたがよくわかる。もともとトロントの観客には、日本アニメのファンも多く、4年前の新海誠監督『天気の子』も熱狂的に迎えられたが、同作が観客賞に絡むことはなかった。やはり宮崎駿作品は、特別なのであろう。

観客賞1位の『アメリカン・フィクション』は黒人小説家が、あえて黒人らしい作品を書いて人気を獲得してしまうシニカルなドラマとのこと。2位の『ザ・ホールドオーバーズ』は、『サイドウェイ』や『ファミリー・ツリー』などアカデミー賞にも絡む秀作を送り出してきたアレクサンダー・ペイン監督が生徒と教師の関係を描いた物語。

この2作とともに『君たちはどう生きるか』の今後の賞レースでの躍進に注目したい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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