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その設定が『怪物』と比較される『CLOSE/クロース』。どう受け止められるかについて監督が本音を吐露

斉藤博昭映画ジャーナリスト
今年のアカデミー賞授賞式でのルーカス・ドン監督(写真:ロイター/アフロ)

カンヌ国際映画祭グランプリ、米アカデミー賞ノミネートなど、数々の賞賛を経て日本で7/14に公開される『CLOSE/クロース』は、監督自身の経験から生まれたストーリーだからこそ、切実に迫ってくる。

ルーカス・ドン監督は小学校時代、こんな不安に襲われていた。

「男女それぞれが別の行動をとり、僕はいつも自分がどのグループにも属していないと感じていた。女の子っぽい僕はからかわれることも多く、同性の男の子との交友関係に不安をもつようになった。男の子と仲良くなることは、僕のセクシャル・アイデンティティへの周囲の思い込みを裏付けてしまうようで……」

友情や親密さに対する恐怖、男らしさについての悩みから生まれた『CLOSE/クロース』は、13歳の少年レオが主人公。彼は家族同士も仲の良い幼なじみのレミといつも一緒に過ごし、その時間を心から楽しんでいた。しかし中学に入るとレオとレミの親密な関係は周囲からからかわれ、レオはレミを突き放すようになる。一方のレミは、レオの急変した態度に戸惑い、ある悲しい事件が起きる。

この『CLOSE/クロース』の設定は、およそ1ヶ月前に公開された『怪物』にもリンクする。『怪物』には11歳の少年2人がメインキャラクターとして登場。その関係性が作品の重要パートであり、大きなテーマでもあった。

『怪物』は脚本家の坂元裕二がストーリーを編み出し、是枝裕和監督がそれを演出したわけだが、少年2人の関係はあくまでも客観的な目線で描かれたとされる。一方で『CLOSE/クロース』はルーカス・ドン監督の“当事者”的な視点が込められているのは明らか。

映画を観る側にとって、どこまで主観的で、どこまで客観的か、気にする必要はないかもしれない。しかし、それが自身の切実な過去を重ねたものだと知って観れば、受け止め方も異なるのではないか。

ちょうど日本で『怪物』が公開されたタイミングでもあることも伝え、そのあたりをルーカス・ドン監督に聞いてみると、こう答えた。

「僕はできる限り自分の思いを正確に、そして慎重に作品に込め、観る人に委ねました」

13歳の頃の思いを正確に表現しつつ、たしかにこの『CLOSE/クロース』は、少年のセクシュアリティを想起させる設定でも、そこを描くうえで慎重さも要求されたことだろう。このあたりが『怪物』と比較したくなるポイントだ。

「この『CLOSE/クロース』には2人の少年が抱き合っているシーンがあり(実際にそのカットが作品のメインビジュアルとして使われている)、それを目にした僕たちは、この2人が同性愛の関係なのではないかと想像してしまいます。つまり、僕たち社会は、そのように関係性を無意識に“レッテル貼り”してしまう。そこへの提言こそ、本作の目的で、テーマなのです。人と人の親密な関係を、セクシュアリティというフィルターを通して判断していいのか。そのレッテル貼りを世界が放置した結果、特定の人たち、つまり子供たちが悲しい現実に直面していることを訴えたい。それが僕がこの作品を送り出した理由のひとつです」

セクシュアリティのフィルターを通して、主人公たちの関係性を捉えるべきか。あるいは、そうするべきではないのか。これは『怪物』にも当てはまるが、観る人によって、この基準は大きく変わりそうでもある。はたして作り手の意図は正確に伝わるのか。そのあたりについても、ルーカス・ドン監督は次のように語る。

「僕ら作り手はコントロールできること、コントロールできないことの両方を抱えています。自分では完全に理解し、それを映画に結実させたとしても、すべては観る側の判断に託されるからです。そこに僕は関与できません。それはたとえば自分の子供を世界に放ち、その子が何をしようがコントロールできない感覚でしょう。映画には、観る人それぞれの人生経験が重ねられます。ある人がその映画を観て、強く心を動かされても、別の人は真逆の反応になる。こうしたケースは多い……というより日常的であり、それこそが映画の存在意義だとも信じます」

ルーカス・ドン監督が自分の思いに「正確さ」を期し、なおかつ少年たちの関係性に「慎重さ」を心がけた『CLOSE/クロース』を、われわれ観客はどう受け止めるのか。『怪物』からの流れで観ることで、受け止め方はさらに深く、多様になるはずで、その意味で最高のタイミングでの公開と言えるだろう。

『CLOSE/クロース』は7月14日(金)より全国にて公開

(c) Menuet / Diaphana Films / Topkapi Films / Versus Production 2022

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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