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ジブリ新作と同日公開。18禁の「ハイジ」映画でクララ役を任されたのは、日本にルーツをもつ彼女だった

斉藤博昭映画ジャーナリスト
父がスペイン人、母が日本人。クララを演じたアルマル・G・佐藤

この彼女が、実写の映画でクララを演じている──。

「アルプスの少女ハイジ」。1974年に「カルピスまんが劇場」で放映された、あの高畑勲や宮崎駿によるアニメは、現在もTVのCMで使われるなど、日本人のDNAに染み込んだと言ってもいい永遠の名作。

アルプスの美しい山々。天真爛漫なハイジのキャラ。ペーターやクララとの友情。ヨーゼフやユキちゃんといった動物との交流。都会に連れてこられてからのロッテンマイヤーの厳しい教育……。それらが今も鮮やかに甦ってくる人は多いはず。

そのハイジの世界を新たに映像化したのが、原作を生んだスイス出身の監督たち。しかし、完成した『マッド・ハイジ』は、タイトルから想像されるように、われわれが親しんだアニメの世界とは真逆……。24歳のハイジが体験する物語は、ここであえて触れない方がいいだろう。言えるのは、この『マッド・ハイジ』が、過激な描写を詰め込んだエクスプロイテーション映画(タブー的な過激な描写やテーマをメインにした映画)ということ。そしてペーターやクララ、おじいさんなど、おなじみの名前のキャラクターが、まったく違うイメージで登場すること。

この『マッド・ハイジ』、奇しくも「アルプスの少女ハイジ」に寄与した宮崎駿監督の新作『君たちはどう生きるか』と同日の7/14、日本公開となる。

一見、アニメ版とも似たような世界だが、おじいちゃんが持っているのは……
一見、アニメ版とも似たような世界だが、おじいちゃんが持っているのは……

ここで注目したいのが、作り手たちが日本のアニメ版の人気を重視していたという事実。日本へのアピールも込められたのが、クララ役のキャスティングだった。選ばれたのはアルマル・G・佐藤。父親がスペイン人、母親が日本人。スペインで生まれ、8歳から16歳まで日本で過ごした後、再びスペインに戻った彼女は、モデルから俳優となった。

「クララ役は絶対に日本人に演じさせたいという意向があり、ヨーロッパで英語も話せる日本人を探したそうです。私もオーディションを受けたところ、数ヶ月かかってクララ役に決まりました」

そう語るアルマルだが、『マッド・ハイジ』は物語も、クララのエピソードも、ここでは書けないほどバイオレントで強烈。演じるうえで戸惑いはなかったのだろうか。

「日本のアニメ版は、日本に住んでる頃に親と一緒に見てたので、今回もそういう物語なのかと思って脚本を読んだところ、あまりにクレイジーでびっくり(笑)。ただ、こういったゴアコメディに出演したことがなかったので、逆に楽しみで仕方なかったんです」

ゴアとは、血も大量に流れる残酷映画を指す。劇中でのクララの運命は観てのお楽しみだが、アクションなど過激なシーンも用意されている。

「撮影前にスタント担当の方と3日くらい特訓しました。もともと私はクロスフィットをしてるので動き自体は問題なかったのですが、カメラの前で衝撃をどう見せるべきかなどを練習したわけです。(投げ飛ばされたりする激しい瞬間も)画面に映っているのは、すべて私。撮影中のケガもなく、まだ元気に生きてます(笑)」

(※クロスフィット=実用的な動作で構成されたフィットネスの名称)

筋骨隆々の相手とレスリングのような格闘を強いられるクララ
筋骨隆々の相手とレスリングのような格闘を強いられるクララ

その他にも「チーズを2時間くらい食べ続けなければいけなかった」など過酷ながらも撮影を楽しんだというアルマル。映画を観ると、どこか薄幸で悲しげなイメージが漂っている。

「監督からは『クララは100%、か弱さを出して。強がったりとかはしないで』と言われました。これって私の今の性格とは正反対。子供時代の自分を思い出したりして演じたんです。ですから家族や友人が『マッド・ハイジ』を観たときも、『えっ、これって本当にアルマル!?』という反応が多かったですね」

『マッド・ハイジ』のセリフは基本的に英語。撮影現場でのコミュニケーションも英語だった。アルマルは母国語がスペイン語。日本語と英語も話すトライリンガル(トリリンガル)である。

「24時間、英語だとさすがに疲れちゃいました。ただハイジ役のアリス(・ルーシー)がスペイン語も話せたので、疲れた時はスペイン語で会話してもらい、それが心の支えになりましたね。今の私は英語と日本語のレベルが同じくらい。でも仕事で英語を使う機会が多く、日本語は聞き取るのは問題ありませんが、こうして話すときは、ちょっとおどおどしちゃう。今日のインタビューも直前まで日本語のポッドキャストを聴いて耳を慣らしていました(笑)」

クララ(左)とハイジがなぜこんな状況になっているのか?
クララ(左)とハイジがなぜこんな状況になっているのか?

このインタビューが行われたのは6月。現在の仕事を尋ねると「まだタイトルは秘密ですが、ディズニープラスの作品の撮影に参加しています。ファンタジー色もあるサスペンスドラマです」とのこと。さらに「9月から別のドラマの撮影があるので、これから演技コーチとの準備が始まります」と、スペインを起点にした俳優業は順調のようだ。

もし日本の作品からオファーがあったら……と聞くと「もちろん100%出たいです」と即答。スペインで生活しながら、日本映画もよくチェックしているとアルマルは話す。

「ちょうど先週、『百花』を観て、主人公と母親の複雑な関係に心が痛み、大泣きしてしまって……。マドリードにはアジアの映画を専門に上映する映画館もあって、最近では『すずめの戸締まり』も観ました。今は亡くなったおばあちゃんから、よく地震の話を聞いていたので、その思い出とつながって『あぁ、おばあちゃん』と感動してしまいました」

アルマルにとって母国のひとつで、現在は母親が暮らしている日本。今回の『マッド・ハイジ』の劇場公開で、彼女を観た日本の監督やプロデューサーが興味を示す可能性もある。俳優としての夢は「『ゴーン・ガール』のような作品で主演を務めること。日本語でなんと表現していいのか……クレイジーな役をやりたいんです」というアルマル。

その夢が日本映画でかなう日が、もしかしたら近い将来、訪れるかもしれない。

ハイジを中心に総決起する仲間たち。左手前がクララ
ハイジを中心に総決起する仲間たち。左手前がクララ

【ストーリー】

チーズ製造会社のワンマン社長にしてスイス大統領でもある強欲なマイリは、自社製品以外のすべてのチーズを禁止する法律を制定。スイス全土を掌握し、恐怖の独裁者として君臨した。それから20年後。アルプスに暮らす年頃のハイジだったが、恋人のペーターが禁制のヤギのチーズを闇で売りさばき、見せしめにハイジの眼前で処刑されてしまう。さらに唯一の身寄りであるおじいさんまでもマイリの手下に山小屋ごと包囲されて爆死。愛するペーターと家族を失ったハイジは、邪悪な独裁者を血祭りにあげ、母国を解放することができるのか!?

『マッド・ハイジ』

(c) SWISSPLOITATION FILMS/MADHEIDI.COM

配給:ハーク/S・D・P

公式HP:https://hark3.com/madheidi/#modal

7月14日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館、池袋シネマ・ロサほか全国ロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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