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「自分のやりたい作品は限られてくる」。残りの役者人生も見据え、役所広司は原発事故の再現に挑んだ

斉藤博昭映画ジャーナリスト
Netflixの「THE DAYS」で福島第一原発の吉田所長を演じる役所広司

円熟期を迎えたと言っていい俳優は、どんな思いで出演作に挑むのか。その問いに役所広司は次のように答えた。

「作品への出演を決めるということは、その時間、他に何もできない、ということです。そして、そのひとつひとつの時間が年々大事になってきています。僕自身、これからそんなにたくさん、自分のやりたい作品に出会えるのか、もう数は限られているのではないか。そんな風に思うようになってきました」

2023年に入っても、宮沢賢治の父を演じた『銀河鉄道の父』や、ドイツの巨匠、ヴィム・ヴェンダース監督の最新作でカンヌ国際映画祭を賑わせる『Perfect Days(原題)』など、話題作が途切れない役所広司。「数は限られている」という言葉は、ちょっと意外だった。そんな役所が「作品に参加している」という感覚を味わったというのが、Netflixで6/1から配信が始まる「THE DAYS」である。

2011年、東日本大震災によって引き起こされた原発事故を、現場の目線で克明に再現した「THE DAYS」で、役所広司は当時の福島第一原発、吉田昌郎所長をモデルにした主人公を託された。

人類にとっても未曾有の事故、および今は亡き吉田所長の思いを、2023年にどう伝えるべきか。その使命感を役所は担ったわけだ。

「人間が造ったものが事故を起こす。それはあり得ることだと思います。ですから吉田所長の役を借りて、もう一回、あの事故を振り返ることは無駄ではない。われわれドラマや映像に携わっている者にとって、何かの機会に時間をかけてあの日を表現することは、ひとつの役割だと感じます」

ドラマ的な表現を削ぎ落とすことに誠実に

2011年3月11日からの数日間。日本国内はもちろん、世界の人々が、全電源を喪失した原発がどのような危機を迎えるのか、固唾を呑んで見守るしかなかった。もしかしたら日本という国の未来も失われるかもしれない──。そんな深刻な事態の可能性すらあった。福島第一原発、その現場の人たちは、どのような心境だったのか。吉田所長はどんな思いで現場を指揮したのか。

「全電源喪失など吉田所長にとっても、世界にとっても初めての経験であり、最終的には原子炉を冷やすために水を入れるしかなかった。ではなぜ収まったのか? 今もわかりません。同時に、この恐るべき事故はまだ収束していません。ですから吉田所長が何かを理解し、リーダーシップを発揮していたわけではありません。所長自身は免震重要棟という比較的、安全な場所で、部下たちに危険なことをやってもらうという立ち位置。その決断をする厳しさ、葛藤などは想像を絶するものがあったと思います」

もちろん演じるにあたって、役所は原作(「死の淵を見た男ー吉田昌郎と福島第一原発」)のほか、多くの資料や映像を参考にしながら、吉田所長をモデルにした役にアプローチした。

「吉田所長のことを研究していくと、彼があのポジションでリーダーシップをとったことが、結果的に正解だったのではないかと思います。チームをまとめる力があり、部下に信頼されていた。ですから部下たちは彼についていった。そうした部分が画面から伝わるといいなと思いました。『人間だったら、こう反応するだろうな』と演じた部分もあります。演じながら、ふと『これは作り物だ』と冷静になったりもしますが、作品を観る人に『あっ、これはドラマだったんだ』とできるだけ気づかせないためにはどうすればいいのか? それはドラマ的な表現を削ぎ落とすことであり、今回の場合はそこに誠実に向き合うことが大事だと感じました」

原子炉建屋の爆発など、あの原発事故が生々しく再現された映像には息をのむばかり。
原子炉建屋の爆発など、あの原発事故が生々しく再現された映像には息をのむばかり。

地球環境の危機も改めて実感

すでに12年なのか。まだ12年なのか。この「THE DAYS」を観れば、次から次へと危機的な状況が起こり続けた当時の記憶が甦ってくる。なんなら忘れたままでいた方が良かった、という人もいるかもしれない。しかし「忘れないこと」が重要だと、役所は真剣な面持ちで語る。

「やはり今、日本だけではなく世界の人たちが、エネルギーについて真剣に向き合う時期なのではないでしょうか。原発事故の直後には意識していた『節電』もすっかり忘れ去られています。しかし地球の環境がどんどん変化し、人間の力ではどうにもならない事態が起こるかもしれないなか、地球上のエネルギーをどう守り、どう使うのか。もっと考えていく必要があると、この作品に関わって改めて感じましたね」

その意味で「THE DAYS」という作品を、われわれも真摯に受け止める必要がありそうだ。

かつて役所広司は俳優業の喜びについて「演じる場所を与えられ、スタッフや共演者と何かが通じ合った瞬間、奇跡が起こることもある」と語っていた。今回の「THE DAYS」は原発事故を食い止めようと一丸になる人々が描かれるわけで、そのチームワークも重要だったようで「作品の意義を感じ、参加した人たちのチームだったので、完成した作品を観て、自分以外のシーンで『みなさん、こんなに頑張っていたんだ』と心を動かされました」と告白する。

「THE DAYS」でも俳優業の喜びを実感したであろう役所。今後について聞くと……。

「コロナ禍のこの3年間、どこか空虚感も味わったりして、年々、自分の引退に向けて進んでいる感覚も受け止めるようになりました。自分の年齢でできるもの。そんな企画がどれだけあるかと聞かれたら、それほど多くはないと思うのです。その少ないチャンスを逃さないためにも、まずは体を空けておくしかない。そう考えています」

役所広司から「引退」という言葉が出ることには驚くが、この先の俳優業への並々ならぬ覚悟と使命感とも受け取ることもできる。ゆえに「THE DAYS」のように、その出演作からは彼の強い意思も伝わってくるのだ。

カンヌ国際映画祭でも注目を浴びた役所広司。この「THE DAYS」も世界配信され反響を呼びそうだ。
カンヌ国際映画祭でも注目を浴びた役所広司。この「THE DAYS」も世界配信され反響を呼びそうだ。

『THE DAYS』は6月1日(木)よりNetflixにて世界独占配信

Netflix作品ページ:https://www.netflix.com/title/81233755

ワーナー・ブラザース公式サイト:https://warnerbros.co.jp/tv/thedays/

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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