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なぜか今、ロバが出てくる映画がプチブーム? 名監督も打ち明ける、ロバの瞳の効果

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『EO イーオー』イエジー・スコリモフスキ監督とロバの“名俳優”タコ

2ヶ月前のアカデミー賞で、人間以外で授賞式のステージに上がった動物がいた。それは、ロバ。

作品賞など8部門9ノミネートを果たした『イニシェリン島の精霊』で、重要な役割を果たしたロバのジェニーが、司会のジミー・キンメルに連れられて登場し、会場を盛り上げた。『イニシェリン島』のジェニーは、主人公パードリック(コリン・ファレル)に飼われているロバで、家畜やペットというレベルではなく家族同然として愛されていた。そんなジェニーが、まさかあんな運命に……と、作品を観た人に強烈なインパクトを与えたわけで、『イニシェリン島』=「ロバ映画」と言ってもいいほど(やや大げさですが)。

ジミー・キンメルとともにアカデミー賞に登壇したロバのジェニー。本物のジェニーかどうかは真偽不明ですが…
ジミー・キンメルとともにアカデミー賞に登壇したロバのジェニー。本物のジェニーかどうかは真偽不明ですが…写真:ロイター/アフロ

そして同じく今年のアカデミー賞で作品賞など3部門ノミネートの『逆転のトライアングル』。カンヌ国際映画祭でも最高賞パルム・ドール受賞の同作は、セレブや金持ちたちが乗る豪華クルーズ船が沈没。サバイバルが描かれるドラマだが、後半の重要なシーンでロバが登場している。そしてここでも、ロバは悲惨な目に遭う役回りだった。『逆転のトライアングル』は「ロバ映画」とまではいかないものの、ロバの存在は印象深い。

また、アカデミー賞とは関係ないが、同賞の直前、2/10に日本で公開された中国映画『小さき麦の花』でも、貧しい農家の夫婦を主人公にしたストーリーながら、彼らと一緒に働き続ける一頭のロバが重要なキャラクターとなっていた。夫婦が結ばれたきっかけなど、その人生にロバは深く関わっており、本作はまさに「ロバ映画」だった。

再びアカデミー賞に戻り、もう一本。しかもこれこそ「ロバ映画」というのが、国際長編映画賞にノミネートされた、ポーランド映画『EO イーオー』(5/5公開)。なぜロバ映画かといえば、主人公がロバだから、である。ポーランドのサーカスで飼われていた一頭のロバが、さまざまな人間、他の動物たちと出会い、遠くイタリアにまで辿り着く物語。そうは言っても、たとえばディズニー作品のような動物を主人公にしたファンタジーではなく、リアルなロバの人生がつづられる。すべては、「イーオー」という名(鳴き声から命名された)のロバの目線で展開。イーオーが見る夢のシーンなどもある。

ロバが主人公の作品といえば、映画ファンには1966年の『バルタザールどこへ行く』が有名。フランスの名匠、ロベール・ブレッソン監督の代表作で、一頭のロバが何人もの飼い主の元を転々とし、最後は悲痛な結末へと至る。

『イニシェリン島』『逆転のトライアングル』と同様に、ロバという動物には、こうした悲劇が似合うのか……。

その瞳は、どこか純粋で無垢。つねに何か耐え忍んでいるような雰囲気で、自己主張はほとんどしない(ように見える)。どんな苦難に遭っても淡々と受け入れる姿は、まるで殉教者のよう。そして、その佇まい、馬よりも重心の低い肉体には、観ていて癒される効果も。

『EO イーオー』でも、たとえばロバのイーオーが馬に対して明らかに羨望を感じているシーンなどがあり、他の動物では不可能なほど、ロバには映画で観客を“共感”させる特殊能力があると実感する。

『EO イーオー』より
『EO イーオー』より

この点について、なぜロバを主人公に選んだのか。監督のイエジー・スコリモフスキに聞いてみた。

「作り手として、その動物と一体感を得られるかどうかが決め手でした。私の場合、ちょっぴり憂鬱でメランコリックなロバの瞳に魅せられたんです。私が世界や人々に向ける猜疑心や批判精神が、そんなロバの瞳に重ねられました。性格的にも、動物の中でロバが私にいちばん近いのだと確信したのです」

もともと『バルタザールどこへ行く』が「唯一、映画館で涙を流した映画」だというスコリモフスキ監督。しかし意外なほど多くの人が、ロバと自身の性格を重ねやすいのかもしれない。

とはいえ、ロバに“演技”をさせるのは簡単ではない。『EO イーオー』はドキュメンタリーではないので、その動き、人間や他の動物との関わりは、すべて演出されている。このロバの演出法について、スコリモフスキ監督は舞台裏を次のように明かした。

「イーオー役には6頭のロバを使いましたが、メインで演じるタコという名のロバは、すでにCMなどの出演経験があり、カメラや照明に慣れていたのです。そこが起用のポイント。さらにロバを撮る際に重要なのは“パートナーとの強い愛情”という性質です。タコは雄で、パートナーの雌がいると撮影がうまく進みました。A地点からB地点へ移動させたいときは、B地点に雌を待たせておけばいいのです。

 ただし、遠くのロケーションへ移動させるのだけは大変でした。ロバ輸送専用の車を用意し、できるだけ静かに走っても、わずかな揺れが続くことでロバはかなりのストレスを抱え、数十分の移動で撮影には使い物にならないほど疲労してしまいます。そういう場合は、行き先のロケ地で別のロバのカップルを見つけておくわけです。そうして結果的に6頭のロバが必要になりました」

習性をうまく生かし、きめ細やかなケアをすることで、ロバは名優と化す。人間の名優がセリフも語らず、その表情で感情を伝えるように、ロバの瞳は観ているこちらに何かを強く訴えかけてくるのであった。

『イニシェリン島の精霊』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたコリン・ファレルも、「(ロバの)ジェニーに主役を奪われた」と語っているほど、ロバは映画で感情移入させるうえで最高の動物なのだろう。

こうしてロバの映画が続いているのは、もちろん偶然かもしれない。しかしどこか不安定さが加速する現代社会を客観的に見つめる視線、または傷つき苦悩した心を癒す効果という点で、ロバが人々に求められる時代とも受け取れる。そんなロバ映画の真髄として、『EO イーオー』をぜひ体験してほしい。

『EO イーオー』

5月5日(金・祝)よりヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、

ヒューマントラストシネマ有楽町他にてロードショー

配給:ファインフィルムズ

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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