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プーチンを間近で撮った映画監督「ロシア国境に立てば即逮捕される」。日本との領土問題の希望も語る

斉藤博昭映画ジャーナリスト
映画『プーチンより愛を込めて』公式HPより

ロシアのウクライナ侵攻から一年が経過し、いまだにまったく先の読めない情勢が続いているが、未来を左右するのは、ロシア側の最高指揮官、ウラジーミル・プーチン大統領であることは間違いない。

ニュース映像や、これまでも多く作られてきたドキュメンタリーからも、その素顔はなかなか伝わってこないプーチン。しかし映画『プーチンより愛を込めて』(4/21公開)では、監督が間近でプーチンにカメラを向け、直接インタビューする映像なども収められ、プーチンとはどんな人間なのか、垣間見ることができる。限られたシーンだが、その本質が鋭く迫ってきて、ちょっと背筋が寒くなる瞬間がある。「愛を込めて」というのは、あくまで日本公開用のタイトル。映画の原題は「プーチンの証人」だ。

ただし監督がプーチンに肉薄したのは、今から20年以上前の2000年前後である。2000年1月、ボリス・エリツィンによって大統領代行(首相)に指名されてから現在に至るまで、プーチンは事実上、最高位でロシアの実権を握り続けている。本作は、やや古い映像ではあるが、なぜ今、このような状況になっているかの大きなヒントにもなっている。

2000年大統領選の結果を待つプーチン。選挙対策本部責任者のメドヴェージェフと
2000年大統領選の結果を待つプーチン。選挙対策本部責任者のメドヴェージェフと

ヴィタリー・マンスキー監督はウクライナ出身。2000年当時、ロシアの国立テレビチャンネルのドキュメンタリー映画部の部長だった。それゆえにエリツィン元大統領とも懇意の関係にあり、エリツィンやプーチンの間近でカメラを回すことが許されたのだ。しかし2014年にロシアによるクリミア併合が始まり、マンスキー監督はロシアからラトビアへの移住を決意。「他国の領土を占領するような国に住むのは不可能だと強く感じた」と振り返る。2000年前後に撮った映像のほとんどが未公開だったため、その権利を処理し、編集して本作の完成にこぎつけた。

「この映画で使われた映像は、すべて私が撮ったものです。そして権利は私自身のカンパニーが所有しています。さらに本編には使われなかったもので、プーチンに対して批判的な映像もあるにはあります。作品で表現したかった流れに沿わなかったので入れなかっただけです」

2016年に取りかかった『プーチンより愛を込めて』は、2018年に完成。監督が権利を所有する映像とはいえ、かなり辛辣にプーチンを見つめた側面もある。映画を製作することに躊躇はなかったのか。そしてラトビアで暮らす監督とその家族は、身の危険を感じることもあったのではないか……。

「もちろん製作するうえでロシア側からの圧力は感じました。ただし、そのようなプレッシャーに屈したら、私自身の人生が非常に苦しみに満ちたものになる可能性もあります。自由な人間でいるために、リスクは考えないようにしました。しかしながら、いま私には、本作を作ったことでロシアから捜査令状が出されています。ロシアとの国境に立っただけで逮捕されてしまうでしょう。つまり私にとってロシアは“閉ざされた場所”になったということです」

エリツィンの自宅でカメラを回すヴィタリー・マンスキー監督(中央)
エリツィンの自宅でカメラを回すヴィタリー・マンスキー監督(中央)

映画監督としての表現の自由。そして使命感ーー。「この映画によって、ロシアだけでなく、ロシア以外の人に目を覚ましてほしいと願っています。私個人の身の安全以上に、それは重要なことなのです」。マンスキー監督の言葉と信念に揺るぎはない。

気になるのは、一般のロシア国民の感覚だ。映画の中では2000年当時、ロシアに暮らしていたマンスキー監督とその家族が、政権に対して批判的な視点をもっていたことも描かれている。

「エリツィンからプーチンへの政権移譲は、大統領選のPR、選挙活動も含めて入念に準備されたもので、当時の一般のロシア国民は目の前で何か起こっているのか、よくわかっていなかったのです。そして現在、ウクライナ侵攻の前と後でも、国民のプーチンに対する考え方はあまり変わっていないようです。ニュースソースへのアクセスが限られたままなのですから。テレビやラジオ、新聞、インターネットという情報源は100%、ロシア政府が管理しており、FacebookやInstagramなどのSNSはテロ組織だと認定されているほど。ですからロシアに暮らす友人や親戚との連絡も制限されています。公式にコンタクトをとることは不可能ですし、連絡が途絶えてしまった人も多勢います」

20年前とはいえ、素顔のプーチンに接していたマンスキー監督は、今回のウクライナ侵攻がどのような結末を迎えると考えているのだろう。

「今回の戦争で、ロシアは10年、いや100年、時間が巻き戻ってしまったように感じています。そしてどのような形で終結するか、私自身も予想はつきません。ただ希望としては、ウクライナの勝利で戦争が終わることを信じています。ウクライナ復興のためにロシアが戦後賠償を負担してほしい。そしてこの先、ロシアが他国へ侵攻することがないよう、法的措置がとられるべきです。その時、ロシアは法的にも地理的にも、国の有り様が大きく変わると思います。ロシアが今回の戦争に敗北したら、もしかしたら日本が北方領土を取り返す可能性も出てくるのではないでしょうか」

北方領土に関するコメントは、おそらく日本のメディアの取材ということで発せられたわけだが、2018年に作られた『プーチンより愛を込めて』が、ロシアのウクライナ侵攻によって新たな“意味”をまとっていることを、ヴィタリー・マンスキー監督は自覚しているのだろう。

プーチンとは、どんな人間性なのか。その片鱗をうかがい知るうえで、「いま観るべき映画」なのは間違いない。

ラトビアに暮らすヴィタリー・マンスキー監督 (c) Robert Tappert
ラトビアに暮らすヴィタリー・マンスキー監督 (c) Robert Tappert

『プーチンより愛を込めて』

4月21日(金)よりアップリンク吉祥寺、池袋シネマ・ロサほか全国順次公開

(c) Vertov, GoldenEggProduction, Hypermarket Film-ZDF/Arte, RTS/SRG, Czech Television2018

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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