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「すずめの戸締まり」英語版は日本ルーツのニコール・サクラが声を担当。役に“近い”キャストは積極化?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ニコール・サクラの鈴芽役を伝えたDEADLINEのHPより

日本では143億円の興行収入(現在も上映中)の大ヒットを記録している新海誠監督の『すずめの戸締まり』が、まもなく4/14からアメリカでも公開される。タイトルは『Suzume』。同日にカナダやイギリス、アイルランド、さらに前日の4/13にオーストラリアとニュージーランドでも公開。日本語での英語字幕版に加え、英語による吹替版がお目見えするわけだ。

『すずめ』は先のベルリン国際映画祭でも上映され、日本以外でもますますファンを増やし続けている新海誠監督。

これまでの北米での興行収入は

君の名は。3579万ドル

天気の子805万ドル

となっているが、このところの日本アニメの話題作での北米での記録が

劇場版「鬼滅の刃」無限列車編4950万ドル

劇場版 呪術廻戦 03454万ドル

ONE PIECE FILM RED1277万ドル

と好調が続いているので『すずめ』の数字にも期待がかかる。

配給を手がけるクランチロールは、すでに昨年のカンヌ国際映画祭で『すずめ』のアジア以外での権利を獲得。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントなどと提携して、今後もラテンアメリカやヨーロッパ各国に公開が広がっていく。

今回の英語吹替版で、主人公の鈴芽(すずめ)の声を担当したのが、ニコール・サクラ。その名前から察せられるように、日本にもルーツを持つアメリカ人俳優。母親が日本人で父親がアイルランド人。ニコールはサンフランシスコ生まれの33歳で、南カリフォルニア大学で演劇を選考し、2010年から俳優のキャリアをスタートさせた。

2012年のコメディ映画『プロジェクトX』で注目され、2015年からはNBCのコメディシリーズ「Superstore」のメインキャストで活躍。演じたシャイアンのスピンオフ作品もできるなど人気を得た。当時はニコール・ブルームという芸名だったが、現在はニコール・サクラという本名で活躍。名古屋の親戚を訪れるなど、たびたび日本にも来ているそうだ。

声優としての仕事も多いニコールなので、今回のすずめ役も順当なキャスティングと言えるが、何より、日本にルーツをもつ俳優を起用したことがポイント。

ここ数年、映画界ではアメリカを中心に、さまざまな側面で「当事者が演じるかどうか」が議論され、それはアニメの声優に話が及ぶこともある。ディズニーのアニメ作品などでは、キャラクターの人種に声優の人種を合致させることが“常識化”。2020年にはNetflixの人気アニメシリーズ「ボージャック・ホースマン」でベトナム系のキャラを長年演じ続けていた白人の俳優アリソン・ブリーが、後悔と謝罪のコメントを発表したりも

「声の質」という微妙なニュアンスで、演じる人種が異なると違和感を指摘されるケースがあり、こうした流れを考えれば、ニコール・サクラの起用は必然だったと感じられる。『すずめ』の英語吹替版では、鈴芽が愛媛で出会う千果役もアジア系のロザリー・チアン(母が台湾、父がシンガポール出身)が担当。チアンは『私ときどきレッサーパンダ』の主人公、中国系カナダ人のメイの声も務めた。

千果の声を担当したロザリー・チアン
千果の声を担当したロザリー・チアン写真:REX/アフロ

ちなみに過去の新海作品での英語版の声は

天気の子

帆高:ブランドン・イングマン

陽菜:アシュレー・ボーッチャー

君の名は。

瀧:マイケル・シンターニクラス

三葉:ステファニー・シェー

で、このうちシェーが台湾系のアメリカ人。他は白人。シェーは「NARUTO」「BLEACH」「涼宮ハルヒ」など数多くの日本アニメで英語吹替を務めており、上記のキャストは声優としてのキャリアも十分。前述の謝罪したアリソン・ブリーも『天気の子』で夏美の声を担当している。

『鬼滅の刃』の英語版吹替では、炭治郎が白人のザック・アギラーで、我妻善逸はベトナム系のアレックス・リーが担当。『ONE PIECE FILM RED』は(そもそも物語からして無国籍でいいのだが)ルフィ、ウタ、シャンクスらメインキャストは非アジア系。『呪術廻戦』も同様。

このように日本アニメの英語吹替版で、多くのキャラクターを日系、あるいはそれに近いアジア系の俳優に任せることは、現実的に不可能である。しかし今回のニコール・サクラのように、明らかに国籍が重要なメインのキャラクターに対して、その人物に“近い”声優を起用することは、今後も積極的に行われていくのではないか。

「鬼滅」の炭治郎、ザック・アギラーはこんな素顔
「鬼滅」の炭治郎、ザック・アギラーはこんな素顔写真:REX/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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