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アカデミー賞受賞で一年の代表作になった「エブエブ」。誰もが素直に楽しめる作品じゃないので要注意?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
7個のオスカーを獲得した「エブエブ」チーム(写真:REX/アフロ)

3/12(現地時間)に行われた第95回アカデミー賞授賞式で、作品賞など7部門を制した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』。

その長いタイトルの言いづらさも、アカデミー賞作品では異例であり、日本では「エブエブ」、英語圏では「EEAAO」などと呼ばれる。

『エブエブ』のこの結果は、大方の予想どおりではあった。メインキャストはアジア系。コンビ監督の一人、ダニエル・クワンも中国系のアメリカ人。他の受賞作やノミネートの顔ぶれも含め、今年のアカデミー賞は「アジア系の躍進」などと讃えられ、『パラサイト 半地下の家族』作品賞の3年前の記憶と重なった。

現在、日本でも公開中の『エブエブ』には、さらに幅広い層から関心が集まるのは確実。アカデミー賞作品賞、しかもアジアテイスト濃厚だし、これは心から楽しめる映画なのではないか……と、身を任せたくなる気持ちもよくわかる。

ここ数年のアカデミー賞で作品賞に輝いたもの並べると

2022年 コーダ あいのうた

2021年 ノマドランド

2020年 パラサイト 半地下の家族

2019年 グリーンブック

と、意外なまでに“素直に楽しめる”作品が多くなっているという感触。『ノマドランド』は社会派テーマも濃厚だが共感しやすい作りだし、『パラサイト』も過激な展開ながらエンタメとして面白かった。『コーダ』や『グリーンブック』は、過去の作品賞に比べても、わかりやすい感動、ストーリーテリングが魅力。この2作は当初の大方の予想に反し、逆転で受賞したこともあり、近年のアカデミー賞の傾向を示していた。「誰からも愛される」作品が栄誉に輝くと。

この流れで『エブエブ』を観ると、一見、エンタメ的に楽しそうだが、ちょっと予想と違って面食らう人もいるので、要注意だ。

3/3に公開が始まって、すでにその時点でアカデミー賞最有力だったこともあり、『エブエブ』は劇場の入りも好調。しかし、こんなツイートも散見されるように。

日本の映画館で、途中退場する光景を見かけるのは珍しい。基本的に作品に乗れなくてもラストまで行けば、何かが待っている、と期待する人は多いし、入場料を払った分、その時間は映画に捧げるという考えが一般的だから。『エブエブ』の場合、実際に退場しなくても「しようと思った」という書き込みや感想もちょこちょこ見かける。

一方で、楽しんでる人は、とことん満喫している様子。ここ数年のアカデミー作品賞がわりと万人向けだったのに対し、『エブエブ』は激しい振れ幅で観客を選ぶ作品と言ってよさそう。

映画祭とのFilmarksの評価は3.9とまあまあだが、Yahoo!映画のレビューでは2.9という低評価(ともに3/14現在)。

とくにアカデミー賞の後には、「多様性のために受賞しただけでは?」という批判をいくつも見かける。

ダメだった人の多くが語っているのは、生理的に苦手なネタがあったこと。そしてあまりに混沌、カオスとなる世界観についていけなくなること。

主人公のエヴリンがマルチバース(われわれの宇宙=ユニバース以外の世界がいくつも存在するという概念)を体験し、現在とは違った人生に一瞬でジャンプする。そのマルチバースがたくさん出てくるわ、とんでもない世界になってるわ……で、許容範囲を超えてしまう観客が多いのも納得できる。また、アカデミー賞で監督賞・脚本賞も受賞したダニエルズは、もともと中学生レベルのギャグや、シモネタに近い笑いが大好きで、そのセンスを惜しげもなく投下。アカデミー賞からイメージされる品行方正さとは真逆の作風を、今回も『エブエブ』でも炸裂させる。

こういう奇妙な世界が次から次へと……
こういう奇妙な世界が次から次へと……

そのあたりをすんなり受け入れる人、また好む人は、カオスとも呼べる世界に身を任せて楽しむことができる、というわけ。

そして、懸案部分をクリアしていけば、作品に秘められたテーマに感動することも可能。「人生の岐路での選択」「家族との深いレベルでの絆」「さまざまな価値観を受け入れること」など、新たな次元で思わぬ喜びを味わえる。1回観ただけでは理解不能でも、作品のノリが好みなら、2回、3回と観たくなるのも事実。

多様性への忖度などとは別に、アカデミー会員がそんな『エブエブ』の“斬新さ”を好きになったのは間違いない(自分は評価してなくても、まわりの雰囲気や流れが投票に影響するのがアカデミー賞でもある)。いずれにしても、SF的で、おバカな面も多いアクションコメディが、アカデミー賞作品賞に輝いたことは画期的であり、時代を反映したと受け止めたい。

ちなみにアメリカでは『エブエブ』は一般観客にも広く愛されている。過去5年の作品賞受賞作と、北米の興行収入、および映画批評サイト、ロッテントマトでの観客の満足度と比べても優秀な数字と言える。

エブエブ 7378万ドル 88

コーダ (配信のみ) 91%

ノマドランド 370万ドル 82%

パラサイト 5336万ドル 90%

グリーンブック 8508万ドル 91%

シェイプ・オブ・ウォーター 6385万ドル 72%

そして2014年まで遡って、作品賞の日本での興行収入を振り返ると

コーダ 6.9億円

ノマドランド 4.3億円

パラサイト 47.4億円

グリーンブック 21.5億円

シェイプ・オブ・ウォーター 8.9億円

ムーンライト 3.5億円

スポットライト 4.4億円

バードマン 4.3億円

それでも夜は明ける 4億円

このように韓国映画の『パラサイト』は別にして、近年、『グリーンブック』はまあまあだったが、日本では思いのほか「当たらない」とされるアカデミー賞作品賞。かなり特殊な作品である『エブエブ』が、アカデミー賞効果とともにどこまで受け入れられ、愛されるか、見守りたい。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中

配給:ギャガ

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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