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トランスジェンダーを当事者が演じて俳優賞に輝く。今後の賞への影響は?【サンダンス映画祭】

斉藤博昭映画ジャーナリスト

1/29(現地時間)に閉幕したサンダンス映画祭。昨年、アカデミー賞作品賞に輝いた『コーダ あいのうた』が、この映画祭のグランプリ受賞をきっかけに知れ渡ったように、今年のインディペンデント系の注目作を“予告”する役割を果たしている。

そのサンダンスで今年の「俳優賞」に輝いたのが『Mutt』だ。

ニューヨークに暮らすフェーニャは、トランスジェンダー男性で、かつての名前はフェルナンダ。そんな彼の劇的な一日を描く物語。フェーニャはテストステロンの投与を始め、上半身の手術を受けたばかり。名前の変更による公的機関での苦労や、初めて会った相手が「下半身はどうなってるの?」などと尋ねてくる無神経さ……。そんなエピソードに妹や両親のドラマが重ねられ、フェーニャに過酷な試練が待ち受ける。

この『Mutt』で最もフォーカスされるのが、フェーニャと元カレ、ジョンの関係。フェーニャが手術を受けることで疎遠になっていた2人が久しぶりに会い、最初は戸惑っていたジョンだが、やがて過去を思い出したかのようにおたがいの心は燃え上がってしまう。両者にとって複雑な心情が、丁寧に誠実に、そして切なさも伴って描かれるのが、本作の魅力だ。

フェーニャは元カレのジョンに素肌を見られることを躊躇する。
フェーニャは元カレのジョンに素肌を見られることを躊躇する。

本作が初の長編映画となるヴァク・ルングロフ=クロッツ監督は、主人公のフェーニャに自身を投影している。そしてフェーニャを演じたリオ・メヒエルもトランスジェンダー男性である。メヒエルは俳優、映画製作者、美術系のアーティストとして活躍しており、『Mutt』で観る者の心をわしづかみにするパワフルな演技をみせた。その肉体も含め、トランスジェンダー男性の生々しいまでのリアリティも表現しようとした使命感さえ伝わってくる。

近年、ハリウッドを中心に、とくにトランスジェンダーの役に関して「当事者の俳優が演じるべき」という論調が強いが、その趣旨にメヒエルのキャスティングはぴったりハマり、しかも大成功した例となるだろう。

サンダンス映画祭でもその点が評価されたわけだが、同映画祭の俳優賞は「女優」「男優」と分けずに1人を選出するシステム。このパターンは、たとえばベルリン国際映画祭が2021年から演技分野の賞を性別で分けることをやめて「最優秀主演俳優賞」「最優秀助演俳優賞」に変更。ロサンゼルス映画批評家協会賞も2022年から男女のカテゴリーを廃止し、主演賞、助演賞を各2名ずつ選ぶようになったりしている。この動きには賛同も多い一方で、逆に「どちらかの性に受賞が偏る」など反発の声も上がったりして、他の映画祭や映画賞がこれからどんな対応にしていくのか、まだまだ不透明だ。

『Mutt』のリオ・メヒエルの場合はトランスジェンダー男性なので、もし今後、性の区別のある映画賞に絡む場合、「男優賞」の枠でノミネート、受賞となるだろう。しかし同時に、ノンバイナリー(どちらの性自認もない)の俳優が今後、映画賞でどう扱われるか……など再び論議を大きくするきっかけを作るかもしれない。

セルビア生まれのヴァク・ルングロフ=クロッツ監督
セルビア生まれのヴァク・ルングロフ=クロッツ監督

写真はすべて courtesy of Sundance Institute

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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