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開幕も閉幕も「平日」で、海外大物が少なめはやはり寂しい。「あれ」の無修正上映に驚き…。東京国際映画祭

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(c) 2022 TIFF

11/2に閉幕した第35回東京国際映画祭。通常のロードショーで観ることができない世界各国の個性的な作品が数多く上映され、例年通う映画ファンを満足させた。とはいえ、世間一般的には大きな注目を集めたとは言い難い。それも例年どおり……ではあるのだが。

昨年の第34回からメイン会場は六本木から日比谷・銀座地区に移された。昨年は移動したばかりとあって、会場が散り散りになって「映画祭」としてのひとつの盛り上げに欠ける印象もあったが、今年は近隣のシネコンや大手映画会社の劇場も一部で会場を提供。より広がりをみせた。

ただ、今年新たな会場となった館のうち、TOHOシネマズ日比谷の2スクリーンと、丸の内ピカデリーは、会期中の10/24(月)〜27(木)の4日間。つまり平日のみだった。週末は通常の興行が優先されるのか、と感じてしまう。後半の代替会場となった、よみうりホールは昨年もメイン会場の一つだったが、映画上映が専門ではないので、スクリーンがやや観づらいのが難点。

平日といえば、そもそも映画祭の開幕が10/24(月)で閉幕が11/2(水)。オープニングセレモニー&レッドカーペット、そしてクロージングセレモニー&グランプリ発表が、ともに平日となったのは、なんとなくではあるが、静かな印象。過去の東京国際では、やはり両日が平日というパターンもあったが、少なくともどちらかが土日・祝日というのも多かっただけに残念。せめてあと1日、11/3まで延ばしてくれれば祝日だったのに。

レッドカーペットで挨拶する『ラーゲリより愛を込めて』の主演・二宮和也と監督の瀬々敬久 (c) 2022 TIFF
レッドカーペットで挨拶する『ラーゲリより愛を込めて』の主演・二宮和也と監督の瀬々敬久 (c) 2022 TIFF

そしてオープニング作品の『ラーゲリより愛を込めて』こそ丸の内ピカデリー(客席数623)という大きめの会場で上映されたものの、クロージング作品の『生きる LIVING』は角川シネマ有楽町(客席数233)、TOHOシネマズ シャンテのスクリーン1(客席数224)に分散して上映。ちょっぴり可哀想な感じ……。

『生きる LIVING』はクロージング作品としてプロデューサーが来日したが、脚本を担当したノーベル賞作家のカズオ・イシグロや、主演のビル・ナイが会場に来ることができたら、映画祭閉幕に花を添えたであろう。彼らは上映に際してビデオメッセージを寄せた。

コロナが一段落したことで海外からのゲストは大きく増加したが、『生きる LIVING』に象徴されるように知名度の高い人はごくわずか。台湾のツァイ・ミンリャン監督や、オスカー監督のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥあたりが、いわゆる“大物”。それゆえにオープニングのレッドカーペットでも、マスコミ報道は日本人の俳優たち一色に染まった。

たとえばオールスター共演の『アムステルダム』あたりで、誰か一人でも来日があればうれしかったが、上映時のゲストがこがけんで、出演キャストのラミ・マレックのモノマネをしました……とニュースに流れるのが、国際映画祭としてどうなのか。この点も、なんとなく寂しい。

受賞結果でも、グランプリと監督賞、男優賞の3冠となった『ザ・ビースト』よりも、稲垣吾郎主演の『窓辺にて』が観客賞を受賞したニュースの方が目立った(この「観客賞」も東京の場合は、全上映作品が対象ではない)。まぁこの流れも、例年どおりだが……。映画祭の意味とは、いったい? 25年前、『タイタニック』が東京国際映画祭でワールドプレミア(!)となり、レオナルド・ディカプリオジェームズ・キャメロン監督が華々しく来場。ここから世界的大ヒットの伝説が始まった、という過去の“遺産”が懐かしく、遠い目になってしまう。

ミッドタウン日比谷での屋外無料上映。平日はやや閑散としていた。(撮影/筆者)
ミッドタウン日比谷での屋外無料上映。平日はやや閑散としていた。(撮影/筆者)

映画祭のムードを盛り上げるため、ミッドタウン日比谷、入り口前のステップ広場での屋外無料上映は今年も賑わっていた。ただ、同広場で行われたオープニングのレッドカーペットでは、周囲の人々から見えないように急遽、黒幕で遮断されるという事態がニュースにもなった。広場内にはクラウドファンディングで資金に参加した人のための、つまり特別席が用意されていたので、有料/無料の差別が必要だったわけだが、街全体の映画祭としての盛り上がりには水を差すようなムードになり、このあたりは今後の課題になりそう。

映画会社/関係者の間でも東京国際映画祭に対しては微妙な温度差が感じられる。その例と言っていいかどうか、映画祭期間中に、今後公開される話題作『すずめの戸締まり』、『ブラックアダム』のマスコミ披露試写会が行われた。たまたま時期が重なっただけとはいえ、映画祭よりもそちらの試写会を重視するマスコミ関係者は多かったりも。

『鬼火』より (c) Films Boutique
『鬼火』より (c) Films Boutique

今年の映画祭で大きな話題にはならなかったが、ちょっと画期的だったのはポルトガル/フランス映画の『鬼火』。消防士2人の恋をミュージカルシーンも使って描く不思議な作品で、ラブシーンでは2人の勃起した男性器、および射精の瞬間が映し出された(おそらく“作り物”だが、限りなく実物に近い)。かつて東京国際映画祭では1991年『美しき諍い女』を無修正で上映する際に注目が集まったが、それから約30年。現在の日本の映倫審査では明らかに修正が必要とされる描写も、国際映画祭らしく作品重視で上映されたことは、当然とはいえ喜ばしい。

ここ数年、東京国際映画祭の方向性については各方面で論議が続いているが、3年目となる交流ラウンジ(監督らが語り合うトークセッション)、映画界における女性たちの活躍に焦点を当てた「ウーマン・イン・モーション」など、ひとつひとつの企画は充実を見せているので、結果がその後、大きな影響をもたらさないコンペティション(これを止めると映画祭のランクが落ちるとされるが)や、どこか表面上の盛り上げのためのレッドカーペットなど、改めて再考の余地を感じずにはいられない第35回だった。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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