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国葬中継を5分で切り上げ、テレ東があえて放送する映画『ベートーベン』とは?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
テレビ東京HPより

テレビ東京の“安定”の選択が、また話題になっている。安倍元首相の国葬の時間に、他の地上波とあえて異なるスタンスで、「午後のロードショー」が通常どおり放映される。国葬の番組は13時40分から、わずか5分のみで、その後は映画『ベートーベン』が流れるのだ。

他の局がどれも似たような風景となる中、一服の清涼剤(?)になるかもしれない。

しかも『ベートーベン』というのが、なかなかユルく、愛すべきチョイスである。

『ベートーベン』は、もちろん偉大な作曲家の伝記映画ではない。ベートーベンという名のワンちゃん、セントバーナードが巻き起こす大騒動を描くファミリームービー。平日の午後にダラーンと観るには、ある意味、最高の一作。ペット泥棒から逃れたセントバーナードの子犬が、ある一家に入り込む。犬が大嫌いな父親を他の家族が説得し、ペットとして受け入れられるも、泥棒は犬を取り戻そうとする。なんとなく展開も読めるので、安心して身を任せられるエンタテインメント。その命名の理由は、ベートーベンの「運命」に反応したから。

1992年の12月にお正月映画として日本で公開された『ベートーベン』は、犬好きの観客を集めて大ヒット……と期待されつつ、そこそこのヒットにとどまった。年間(1993年度)で洋画の30位という、微妙、というか残念な成績ではあった。本国アメリカでも年間30位。

しかしその後のレンタルビデオ、TV放映などで愛された作品でもある。子犬時代の超かわいさや、ベートーベンの予想不能な行動を観ているだけで、癒されるのは間違いない。

注目は脚本家。ジョン・ヒューズである。この2年前に『ホーム・アローン』の脚本を手がけており、たしかに『ベートーベン』も似たテイストで、ファミリー作品としてのツボを得た構成。ジョン・ヒューズといえば、1980年代の青春映画の旗手。監督作の『すてきな片想い』『ブレックファスト・クラブ』『フェリスはある朝突然に』など、今もそのセンスが模倣され、受け継がれているのは、映画ファンにはおなじみ。大作『スパイダーマン:ホームカミング』から、ホラーコメディ『ザ・スイッチ』までオマージュを捧げられた映画は数限りない。2009年、59歳という若さでこの世を去ったのが惜しまれる。

そして『ベートーベン』は、キャストにも意外な発見がある。人間側の主演、チャールズ・グローディン(2021年、86歳で逝去)は、犬嫌いの父親を超コミカルに演じ、間違いなくキャリアでの代表作になったが、ペット泥棒役でスタンリー・トゥッチオリヴァー・プラットという、後に実力派スター、個性派スターとして認められる2人が怪演。犬のベートーベンと悪戦苦闘する投資家役のデイヴィッド・ドゥカヴニーも、「X-ファイル」のモルダー捜査官役でブレイクする前の姿である。

また、『(500)日のサマー』『ダークナイト ライジング』などで大スターとなる、ジョセフ・ゴードン=レヴィットにとって『ベートーベン』は映画デビュー作。スクールバスに乗り込む緑色の服を着た少年役でちらっと登場する(地上波放映でカットされてませんように!)。

そしてもちろんベートーベン役の犬の名演技も忘れてはいけない。金魚が泳ぐ金魚鉢から水を飲んだり、ハードルの高い動きにも挑んでいるが、シーンによっては実物ではないロボット、俳優の着ぐるみも使われている。

早くも一年後には同じメインキャストによる続編『ベートーベン2』が公開され、2000年には新たなキャストによる『ベートーベン3』(こちらはビデオ&DVDスルー)も製作された。すべてセントバーナードが主人公である。

国葬中継の合間に一瞬だけチャンネルを変え、そのシーンだけ楽しむにもうってつけ。『ベートーベン』は偶然にも最高のセレクトになったのでは?

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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