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「もののけ姫」のモロの君の声を「日本のドラァグクイーンが演じていたのか!」と、いま感激する海外の反応

斉藤博昭映画ジャーナリスト
Out MagazineのHPより

自国以外のアニメーション作品を観る場合、日本では、オリジナルの言語で、日本語字幕で観る習慣は残っている。たとえば『トイ・ストーリー』では、オリジナル版のトム・ハンクス(ウッディ)とティム・アレン(バズ)の声がしっくり来て、日本語吹替版の唐沢寿明所ジョージのバージョンを観ていない人もいる。ただ近年は、吹替版のシェアが拡大。「ミニオンズ」シリーズの怪盗グルーの声は、日本では笑福亭鶴瓶で定着し、オリジナルがスティーヴ・カレルであることを知らない人も多い。

しかし日本以外では、海外のアニメ作品、とくにメジャーな映画であれば、母国語の吹替で観るのは「当然」のこと。世界レベルで人気の高い映画には、英語の吹替バージョンはもちろん、各国語のバージョンが作られてきた。オリジナルの日本語版が観られる機会は少なめで、鑑賞もマニアなファンに限られたりする。

長年、世界中で多くのファンに愛され続ける宮崎駿作品も、もちろん吹替版がメインで鑑賞されている。第75回アカデミー賞で長編アニメーションを受賞した『千と千尋の神隠し』など、その作品は各国で圧倒的に高い評価を得ているのだが、オリジナル版の日本語の声が賞賛を受けるというのは、ほとんど聞かない。先日、あえて「発見」され、その驚きを伝えたのが、Out magazineの記事だった。

そのタイトルは「スタジオジブリで最も印象的なキャラクターは、日本のドラァグクイーンが演じていた」というもの。『もののけ姫』の犬神、モロの君(きみ)、美輪明宏のことである。

ジブリ作品は海外でも大きなマーケットをもつことから、英語版には有名な俳優がキャスティングされる。『風立ちぬ』のヒロインは『クワイエット・プレイス』などのエミリー・ブラント。『ハウルの動く城』はクリスチャン・ベール、ビリー・クリスタル、ローレン・バコールなど豪華共演だ。『もののけ姫』の場合、アシタカはビリー・クラダップ、サンはクレア・デインズ、ジコ坊はビリー・ボブ・ソーントン、そしてトキは、今年のアカデミー賞の平手打ち事件で話題になった、ジェイダ・ピンケット=スミスが担当している。

英語版でモロの声を演じたのは、「X-ファイル」シリーズでおなじみの、ジリアン・アンダーソンだ。

公開から25年を経て、なぜかSNSで『もののけ姫』の舞台裏を描くドキュメンタリーが話題になり、オリジナル版の美輪明宏の演技が絶賛されている。美輪が表現するモロの笑い声に背筋がゾクゾクするという記載とともに、恐ろしくも美しいこのキャラクターを、どのような人物が演じているか。それを知れば、さらにキャラクターの本質を知ることができると記事は解説する。

モロの笑い声を演じる美輪明宏の姿に感動するツイートには、7万以上の「いいね!」が付き、「ミヤザキのこんな笑顔は初めて見た」「信じられないほどマジカルな瞬間」など、興奮を抑えられない書き込みが相次いでいる。

Outの記事では、美輪明宏が『もののけ姫』以外でもジブリ作品『ハウルの動く城』の荒地の魔女を演じていると紹介。「日本のカリスマ的な歌手であり、ドラァグクイーン」と、その功績と立ち位置を説明する。日本のわれわれが、美輪明宏をドラァグクイーンと表現することはあまりないので、新鮮でもある。

さらに日本での美輪明宏のキャリアに詳しい人が、「日本の歴史におけるクィアのアイコンであり、第二次世界大戦の際に長崎の原爆を体験した」と説明。三島由紀夫と共演した映画『黒蜥蜴』や、現在に至るまでの日本エンタメ業界での活躍を細かく記述している。

近年、アメリカでも「鬼滅の刃」「呪術廻戦」「ドラゴンボール」の劇場版が大ヒットをとばし、日本アニメの人気はますます加速している。これらも、もちろん現地では主として英語吹替版で観られているわけだが、今回のようにオリジナル日本語版の声が注目され、評価されることで、日本における「声の演技」の文化への興味が広がり、そのクオリティの高さがますます再認識されることに期待したい。時を経ても「本物」は残り続けるのだから。

1997年、『もののけ姫』公開時の宮崎駿監督。本作はジブリ作品の海外展開を考え、ディズニーと提携した後、初めての作品だった。
1997年、『もののけ姫』公開時の宮崎駿監督。本作はジブリ作品の海外展開を考え、ディズニーと提携した後、初めての作品だった。写真:ロイター/アフロ

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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