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抜群のセンスでタイ映画を世界に届ける監督。青春モノ、BLのタイでの人気の実情も語る

斉藤博昭映画ジャーナリスト
バズ・プーンピリヤ監督

「タイ映画」と聞いて、多くの人はどんなイメージを思い浮かべるだろう。トニー・ジャーの超人的アクション、アピチャッポン・ウィーラセタクンのアート志向、近年の流行になっているBLドラマ……。

そんなタイ映画界で、いま最も活躍がめざましい監督が、バズ・プーンピリヤなのは間違いない。

2017年、女子高生が試験でのカンニング計画をビジネスにするという『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』がアジア各国で大ヒット。タイ映画史上、海外マーケットで最も成功した作品となり、日本公開時にも話題になった。そのプーンピリヤ監督の最新作『プアン/友だちと呼ばせて』は、サンダンス映画祭などで絶賛を受けるなど、またも国際的に注目。男2人のこのロードムービーは、映像や音楽など、あらゆる要素で監督の「センスの良さ」を感じさせ、クールな青春映画の傑作を観ている感覚で満たされていく。

その類い稀なセンスの源をプーンピリヤ監督に尋ねると、日本語で「アリガトウ」と優しい笑顔で応える。

「僕のセンスがいいかどうかは、さすがに自分で分析できませんが、僕にとっての映画作りは自分を知る作業だと思っています」

NYのバーで働くボスが、かつての友人、ウードが白血病で余命わずかと知り、バンコクに戻ってウードの最後の願いーー元カノとの再会ーーを叶えてあげようとする『プアン/友だちと呼ばせて』。NYとバンコクという2つの場所での物語が、「タイ映画」という枠を超えて、青春ムービーとしてアピールするわけだが、タイの若者にとってNYでの生活はリアルなのか、それとも夢物語なのか。つまりこの物語は、どこまで日常と地続きなのだろうか。

「もちろん誰もが簡単にNYへ行くことはできませんから、この映画の主人公たちには“憧れの存在”という一面があります。ボスのように裕福な人はともかく、ウードのように努力を重ねてNYへ行く人もいる。僕もウードと同様、ものすごい努力の末にNYへ渡り、デザインの勉強をしました。マンハッタンのタイレストランで働いていた経験も本作に生かされています。一方で現在のタイで、僕の知っているほぼすべての人は、国外へ出たいと考えているんじゃないでしょうか。一般の市民は現在の政権への反発が強く、国から脱出したい欲望が高まっていると感じます」

全編に漂うウォン・カーウァイのテイスト

『バッド・ジーニアス』を観たウォン・カーウァイ(左)がプロデューサーを買って出た。脚本段階では1年にも及ぶやりとりがあったが、撮影はプーンピリヤ監督にすべて任された。
『バッド・ジーニアス』を観たウォン・カーウァイ(左)がプロデューサーを買って出た。脚本段階では1年にも及ぶやりとりがあったが、撮影はプーンピリヤ監督にすべて任された。

なるほど、『プアン』にはタイの若者の潜在的欲求が表れているのかもしれない。その点で興味深いのは、ウォン・カーウァイがプロデューサーを務めている点。カーウァイの代表作のひとつ『ブエノスアイレス』では、地球の反対側のアルゼンチンへ向かった香港人が描かれた。そうした設定だけでなく、この『プアン』には、『恋する惑星』『天使の涙』などカーウァイの1990年代の作品のテイストが感じられる。それは、キャラクターが「そこに自然に生きている」感覚。プーンピリヤ監督は今回、俳優たちの即興演技を重視した。

「たしかに即興を取り入れた演出は、伝統的ではないです。でもウォン・カーウァイを意識したというより、俳優たちの実力のおかげですね。僕はプロジェクトに合わせて、演出のスタイルを変えることにも柔軟だと思います。ただ、カーウァイとの仕事を経験したからといって、海外を意識して映画を撮るわけではなく、今後も語りたいストーリーを重視していくつもりです」

『バッド・ジーニアス』も『プアン』も、その「語りたいもの」が、若者たちが主人公のストーリーになったわけだが、タイでは2021年、最大のヒット作が低予算の青春映画だったりする。観客が求めているものを、プーンピリヤ監督も意識しているのか。

「映画館へ行くことが、以前より日常化しているのは事実でしょう。とくに若い世代では、週末に食事をしてその後、映画で締(し)める……なんていう流れが一般的になってきました。映画は生活のサイクルの一部なんです。この状況から、青春映画だけでなく、多くのジャンルに広がっていくことが望まれ、(2作、青春映画が続いた)僕もそうした広い視点での製作を目指そうと思っています」

ボスとウードがタイの各地を巡る。後半には、思わぬ秘密も明らかに……
ボスとウードがタイの各地を巡る。後半には、思わぬ秘密も明らかに……

早くから多様性を受け入れてきた文化

そしてタイといえば、ここ数年、日本でもタイのBLドラマへの人気が過熱している。実際にタイでは、どんなブームなのか? 映画の製作者として、プーンピリヤ監督はその人気をどう捉えているのだろう。

「タイのBLドラマが日本で人気なのは知っていますし、日本以外の数カ国で流行っている現状もよくわかっています。こうした反響は、じつに喜ばしいのではないでしょうか。僕自身はこれまでBL作品を手がけたことはありません。ちょっと年齢が行きすぎちゃってるせいかな(笑)<注:監督は1981年生まれ>。現在、タイではBLドラマが若者向けという範疇に収まらず、意義のあるものに変化している気がします。BLドラマの中に、人生の哲学や政治的テーマが潜むようになっているからです。もともとタイの長所といえば、性の多様性を早くから受け入れていること。映画でも『アタック・ナンバーハーフ』(2000年)など、以前からいくつもありましたから」

今やタイを代表する国際的な映画監督となったバズ・プーンピリヤ。「いやいや、僕よりも経験豊富な監督がたくさんいますから」と謙遜する彼だが、現在の自身が、子供時代に思い描いた姿だったことは、うれしそうに打ち明ける。

「大学で映画を専攻したわけではないですが、映画はよく観ていました。親戚がレンタルビデオ店を経営していて、サッカーをするより、映画が好きな少年だったのです。ですから8歳か9歳の頃、監督がどんな仕事なのかわからないのに、漠然と将来は映画監督になりたいと感じていました。その情熱が無意識にキープされ、NYからタイに戻って、助監督、CMやミュージックビデオの監督などを経験し、幸運な運命で現在に至っています。最近は忙しくなって“映画オタク”と言えるほど本数を観られなくなりましたが……(笑)」

人生の時間があとわずかになった友人に、何をしてやれるのか。そして、自分の人生が短いと知ったら、周囲の人々に何を残すことができるのかーー。

『プアン/友だちと呼ばせて』の主人公たちは、映画を観た人のその後の人生を少しだけ変えるかもしれない。そんな映画の持つパワーについて、バズ・プーンピリヤ監督はインタビューの最後にこう締めくくった。

「映画が誰かの人生を変えられるか、そこまで本気で考えたことはありません。でも映画を撮ることで、僕もまわりの人を見直し、人生の方向が変わっていったのは事実です。もし『プアン』を観て、同じように未来が変わる人がいたら、僕はその人に心から『ありがとう』と言いたいですね」

『プアン/友だちと呼ばせて』

8月5日(金)全国ロードショー

配給:ギャガ

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映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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